■治療学・座談会■
急性冠症候群治療の現状
出席者(発言順)
(司会)小川久雄 氏(熊本大学大学院医学薬学研究部循環器病態学)
石井秀樹 氏(名古屋大学大学院医学系研究科循環器内科学)
石原正治 氏(広島市立広島市民病院循環器科)
宮内克己 氏(順天堂大学医学部循環器内科)

冠動脈インターベンション治療のタイミング

■保存的治療か侵襲的治療か

小川 経皮的冠動脈インターベンション(PCI)治療を行うタイミングについて,いかがでしょうか。

宮内 薬物治療を中心とする保存的治療か,早期の PCI による侵襲的治療かの判断だと思いますが, これまでの成績からは入院期間の短縮という点では早期侵襲的治療が勝っていますが, 心血管事故などの予後ではむしろ侵襲的治療で予後は悪いという報告もあり,どちらがよいのか結論は出ていません。 しかし,これらの報告の多くはバルーン治療を主とした昔のデータであり, ACS でもステント治療が一般化しており,最近の成績では早期 PCI の有用性が明らかになりつつあります。

 ガイドラインでは内科的治療を十分に行い,それでも症状が安定しない場合にインターベンション治療を実施するとなっています。 われわれの施設では症状,そして心電図変化,または血清トロポニン値の上昇のどちらかが出ていれば, 早期に診断カテーテルを施行し,90%以上の狭窄があればステント治療を行っています。 また,患者さんの来院時刻によって対応が多少異なり,判断が違ってきます。 昼間のスタッフがいるときであれば何が起きても即座に対応できるので, 手薄な夜間になる前に早めに冠動脈造影(CAG)と PCI を実施しています。 一方,夜中に来院された場合には入院の必要性を判断し,ST 上昇型と進行中の虚血でないことを確認できる病態であれば, 翌日にCAG を実施しております。

小川 それが現実ですよね。

宮内 そうですね。原則的には症状プラス,バイオマーカーか心電図変化ということが,現在の指標ではないかと思います。

■ST 上昇型心筋梗塞の早期は 1 時間以内

石原 当院は基本的に早期に侵襲的治療を実施していますが, 早期といっても,ST 上昇型心筋梗塞と,非 ST 上昇型心筋梗塞(non STEMI)および UAP では早期の意味がまったく違っていて, STEMI の場合はそれこそ 5 分,10 分,せいぜい 30 分〜1 時間というレベルなのに対し,non STEMI や非 ST 上昇型 ACS は,「本日やりますか,明日ですか」というレベルです。

 そこを若い医師などは勘違いしていて,入院時,ST がたいして変わっていないのに T 波が少し下がっているだけで, 進行中の虚血などないのですが,クレアチンキナーゼ(CK)が上がっているという段階で,心筋梗塞だと右往左往してしまう。

 たとえば,夜中に患者さんが来院されても,心電図も症状もおさまっていれば,CK が上がっていても, 一晩,朝まで様子をみてもかまわない場合もあります。同じ心筋梗塞でも, ST 上昇型の本当に急がなければいけないものとは早期 early の意味が違うということ, リスクの層別化を念頭においておく必要があります。

■超重症例の鑑別

石原 もうひとつ忘れていけないのは,そうは言っても,数は少ないのですが超重症例,LMT(左冠動脈主幹部)や 3 枝病変の方がいらっしゃいます。 特に進行中で虚血が起きているような状態を,ST 上昇型ではないから軽症例だと勘違いしてゆっくりやっていますと, 心臓が止まり,あわてて心臓マッサージをしながらカテーテルということになりかねません(図 1)。

図1a 図1b 図1c
図1d
図1 50 歳代男性の症例
胸痛にて近医を受診し,心電図にて広範囲の誘導で ST 低下をみとめた(左図)。 非 ST 上昇型急性冠症候群と診断され広島市立広島市民病院を紹介されたが,救急車で搬送中に心肺停止となった。 心肺蘇生術を行いながら緊急冠動脈造影を行ったところ,左主幹部の完全閉塞をみとめた(右上図)。 経皮的人工心肺装置+大動脈内バルーンパンピング下に経皮的冠動脈インターベンションを行い再灌流に成功し,血行動態も安定した(右下図)。

 それこそ心電図で,たとえば aVRが上がっている,あるいは II,III,aVF,前胸部誘導の広範囲でST が下がっている。 そういう LMT や,本当に重症な 3 枝病変を疑わせるようなものを見落とさない。 それらは,ある意味ではSTEMI よりも緊急でやらなければいけない場合があるわけで, そういったもののリスクの層別化をしっかりしなければいけません。

小川 心電図変化をきちんととらえられていないと,よけい難しいですよね。

 ショックなどがあれば注意しますが,特に LMT の心電図変化について,注目すべき点など,ありますでしょうか。

石原 確かに虚血がその時点で消失していれば,心電図には現れないのですが, 虚血があるときには,同じ前胸部誘導の ST が下がるといっても,回旋枝などでしたら前胸部誘導だけで, II,III,aVFには変化が出ないことが多いです。II,III,aVF,下壁誘導と前胸部誘導の両方が下がって, かつaVRが上昇してくるようなものは注意しなければいけません。

 もちろん,それを全部 LMT だと大騒ぎすると回旋枝だったということもありますが, 先ほど言いましたように,空振りの三振は許していただきたい。広範囲,II,III,aVFと,あとV4,V5,V6あたりが下がって, しかも aVRが上がっていたら,これは超重症例の可能性として,即座に専門医に送っていただくとよいです。

小川 最もわかりやすいのは,ほぼ全誘導で ST が下がっているものですよね。 そういう心電図が1 回でもとらえられていたら,LMT を考えて即座に実施することです。

■リスクの層別化と手術までのケア

小川 何かご追加がありますか。

石井 リスクの層別化 risk stratification を石原先生はおっしゃったのですが,ACC/AHA の分類で高リスク,中リスク,低リスクと分けられます。そのなかで心電図変化に,バイオマーカーや症状, あるいは年齢,などのようなリスクファクターを換算して,ACC/AHA の分類は早期侵襲的治療にするのか,保存的治療にするかを決めています。 それは参考になる可能性があります。しかし,日本の状況は若干欧米とは違うところがあるので,分類するのはまだ難しいと思います。

小川 一般に,先生がおっしゃった重症であれば,石原先生の ST 上昇型は即座に行うのはもちろんですが,非 ST 上昇型は重症の度合いを見て,インターベンションにもっていくか,少し待てるかどうかを判断する。 たとえば,日中の絶好のタイミングだったら,少々早めに予防的に実施しているというのが日本の現状です。

石井 ただ,疑わしければ,アスピリンなどの薬物治療を十分に行っておくことはきわめて大事だと思います。

小川 7 割 5 分〜8 割は,薬剤治療を十分やっていれば,かなり保存的におさまってしまうという論文も確かにあります。 それに関して,石原先生はどのようなお考えですか。

石原 石井先生が言われたように,たとえば当日の夕方,あるいは翌日に行うにしても,それまでの間はしっかり薬物治療をする。 さらに,プライマリケア医の立場からすると,「本日,救命センターに送るほどではないから,近いうちに行きなさい」という場合でも, その間,当然アスピリンなどは投与しておいていただくことは大前提として必要です。

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