小川 本日は“急性冠症候群治療の現状”というテーマで座談会をさせていただきます。 まずはプライマリケアにおける急性冠症候群(ACS)の診断のポイントについてお話しいただきたいと思います。 特に発症時の注意点など,種々のご経験をお持ちだと思いますので,石井秀樹先生,いかがでしょうか。
石井 診断時に胸痛が持続していれば,心電図変化の有無が重要だと思います。 特に不安定狭心症(UAP)などは,受診時に症状がすでに軽減していたり,心電図が正常だったりしますので, それを念頭に置く必要があります。また,典型的な虚血症状かどうかも判断材料のひとつです。
小川 おっしゃるように来院時に発作がまだ持続していれば,心電図変化も症状もあるので診断できますが, 時間が経過し,心電図変化や症状が少し軽減している場合には難しいですね。
石井 そうです。特に回旋枝領域の虚血では,ST 変化が出にくいこともありますから。
小川 石原正治先生,ご追加いただけますか。
石原 非 ST 上昇型の ACS の診断は専門医でも非常に難しいので, 実地医家の先生方はとにかく見落としがないようにすることが重要かと思います。 言い換えれば,空振りの三振は許されるけれど,見逃しの三振は許されません。 ある意味,過剰診断になってもかまわないという気持ちが必要です。 「紹介して間違っていたら恥ずかしいな」などとは夢にも思わないでほしいと,プライマリケアの先生方にはお願いしたいと思います。
小川 宮内克己先生,いかがでしょうか。
宮内 私も,診断は見逃すよりは,重症に診断するほうが無難と考えます。ACS は元来広いスペクトルをもつ病態で,1 秒を争う ST 上昇型心筋梗塞(STEMI)から入院の必要がない UAP までを含んでいます。
その際のポイントは 3 つあって,症状,心電図変化,そしてバイオマーカーです。 症状からは“新規狭心症”,“安静型狭心症”,それから“増悪型狭心症”の 3 つを認識しておく必要があります。安静型狭心症は非特異的なこともありますが, “胸痛が 20 分以上続く”という持続時間が長いことが重要です。新規狭心症は 2 週間以内に発症した安静時胸痛と 2 ブロック,つまり 100 m 以内の歩行で狭心症症状が出現する場合です。 また,今までに経験のなかったことが起こる,たとえば今までは坂道で症状が出たのに平地でも現れる,狭心症の頻度が明らかに増加する, あるいはニトログリセリンの舌下使用頻度が増えるというのは増悪型狭心症です。この症状に心電図変化やバイオマーカーの変化があれば, UAPとして入院の適応となります。
それから,リスクの層別化として TIMI(Thrombolysis in Myocardial Ischemia)リスクスコアが最近は重要視されています。7 項目のリスクの有無で評価し,(1)65 歳以上,(2)3 つ以上の冠危険因子(3)以前に施行された冠動脈造影で 50%以上の狭窄, (4)ST 低下,(5)24 時間以内に 2 回以上の狭心症発作,(6)7 日以内のアスピリンの内服歴,(7)生化学マーカーの上昇,のうち,項目数によって死亡, 心筋梗塞のリスク評価を行うもので,項目数が 0 または 1 でのリスクが 4.7%であるのに対して 6 または 7 ではリスクは 40.9%と発生率が上昇し, このような層別化も入院の重要な判断材料となります。
小川 バイオマーカーは,実地医家の先生方はどの程度まで導入されているのでしょうか。
石原 私たちが導入する以前から,先生方が「ラピチェックも市販されていたのだ」といったように話題にされています。 ですから,プライマリケア領域のほうが客観的な診断方法を求めている。それは,バイオマーカーで少しでも異常が見つかれば,即座に紹介しようという気持ちがあるからだと思います。
小川 最近は「心電図変化がなくて症状も不明瞭ですが,とにかくトロップ T が陽性だから送りました」という先生もおられます。
宮内 循環器を主にされている先生方はだいたいお持ちです。
小川 ラピチェックなども,驚いたくらいに実地医家の先生方は導入が早かったです。 しかし,バイオマーカーは発症直後では変化が出ないので,やはり症状と心電図変化が少しでもあれば,特に症状があれば,二次の医療機関に送ってもらいたいですね。