白井 肥満の治療は,従来からエネルギーの制限と,運動促進にあることが大切とされていますが,まずどのようなエネルギー制限食があるかをご説明いただけますか。
宮崎 現在肥満している人については,体重を減らすのがいちばん有効な方法ですから, まずは摂取エネルギーを制限します。 それはあくまでもご本人が活動して消費しているエネルギーより少ない量でなければならないのが,糖尿病や脂質異常症の食事療法と大きく異なる点です。 1 日 2000 kcal 消費している場合なら 1800 kcal や 1500 kcal と,それより少ないエネルギー量の指示をしないかぎり,本当の肥満症の食事療法ではないと私は考えます。
そして次に,成分に何を摂り,何を減らすのか。やはり,脂質と糖質を減らすことがエネルギーの削減にいちばん役に立ちます。 蛋白質については,必要量である標準体重 1 kg あたり 1〜1.5 g の摂取という基本を守る。それができて,食事内容,食品構成を考えるべきではないでしょうか。
井上 やはり蛋白質は必要量のレベルを下回ってはいけないと思いますね。
白井 必須アミノ酸を十分摂らなくてはいけません。大豆などの植物性蛋白質のみでなく, 動物性蛋白質,卵蛋白質などもよく摂る。蛋白質は筋肉を保つ意味でも大事にすべき成分ですからね。
カロリー制限では,先生方はどのくらいで処方されていますか。
井上 私の場合,標準体重を出して BMI が 25 を超えていれば,まず管理栄養士に指示を出し,1 ヵ月で体重が 1 kg 減れば, ご本人と栄養士でやっていけると判断しています。 ただ実際には,1 ヵ月まったく減少しない人のほうが多く,その場合には 3 ヵ月,4 ヵ月とみてもらっても変化がありません。 むしろ血糖が下がることにより過食傾向になってしまうので,今までの栄養指導だけでは何か限界があるのではないでしょうか。
また栄養士を雇用できない施設も多くあり,その場合,具体的に指示するのは難しい状況にあると思います。
宮崎 今のお話のように各施設によって状況が違うのですが,病院で管理栄養士がいる場合には, スタート時はほぼ一律に,女性で 1200 kcal,男性で 1500 kcal と決めています。 理由は,体重を月 1 kg 脂肪組織を減らすことで減少させるためには,脂肪組織には 7000 kcal のエネルギーが含まれていますので, 摂取エネルギーと消費エネルギーの差を 250 kcal 程度つくらなければならず,活動量を女性 500 kcal,男性 1800〜2000 kcal と仮定して算出しています。
食事療法は長期にわたるという難しさがあり,栄養士がついていれば,何を食べているか何を減らせるか, 調理法なども統率できますが,3 食の配分から考えると,1 食フォーミュラー食を使うのも一方法かもしれません。
宮崎 私は食事療法は,初めはかなり厳しく取り組んだほうが効果が上がると考えています。 患者さんは病院に来られた当初はかなりモチベーションが高いので, 最初のひと月は「1200 kcal でやろう」と頑張れる。これは治療のテクニックになりますが,食事療法を徹底させると,脂肪が減る以上に水分も減る。 すると見かけ上だけでも体重は落ちますから,その錯覚を利用して,1 ヵ月後にお会いしたときに「ほら,体重が減ったではないですか」と励みになる言葉をかけるのです。 初期のモチベーションの高さを利用して次に誘導していきます。
特に内臓脂肪が多い方は,トリグリセライドが高い,血糖値が高いなどの明らかなマーカーがありますので,数値が良くなるのを利用し, 「増加していた数値が止まったではないですか」と,次につなげていく方法を試みています。
白井 やはり最初のイニシエーションが肝心でしょうね。私も先生のような, 最初に効果が出るような思い切った低エネルギー 1000〜1200 kcal/日減量食を指示しています。
井上 食事療法について,うまくいく人,いかない人と,最初から判明すれば対応がとりやすいのですが……。 事前にアンケートに類するものを行い,食事療法が効果的な人と事前にわかれば,使わなくて済む薬なども判断しやすいと思うのです。 薬は少なからず副作用がありますので,まずは食事療法が効くかが肝心ですね。
白井 私が試みている方法のひとつは,体重減少とともに代謝項目が良くなった人の値をグラフにしたものを患者さんに見ていただいていることです。 患者さんは具体的なもので理解できると,モチベーションが上がりますね。
食事記録については,記録を分析しても,正確度は 50%以上誤差が出るという結果が過去に出まして,書くのは良いことなのですが, 実際にはかみ合ってきません。デジタルカメラで写真に記録している施設があると聞きましたので試みていますが,良いようです。工夫し合う余地はあるのではないかと思います。
宮崎 食事記録については,正確性を期待するというより,私は記録によってその人の生活パターンがわかることが重要だと考えています。 いい加減な人なのか,まめなのか,食べた物を忘れる人なのかまで,生活のなかの情報提供として読み取るように心掛けています。
白井 井上先生はフォーミュラー食を使われているそうで,具体的にはどのように使用されていますか。
井上 食事療法が効く患者さんには,動脈硬化を抑制するために,どこまで食事療法を辛抱できるかというところが日々難題なのですが, 最近,島本和明先生らが発表された端野・壮瞥町研究での心イベント発生リスク(Kaplan−Meier 生存曲線)をみますと, メタボリックシンドロームのある人は,5 年間で 10 人中 1 人の割合で動脈硬化性病変を発症し, ない人はその半分だったというデータでした。注目すべきは,1 年間ですでに食事療法の効果に差が出ている点で, 食事療法が効かない患者さんに長く食事療法を強い,未治療のままで発症したらどうするだろうかと考えると, やはり放置できない問題になってきます。
そこでフォーミュラー食を,3 年ほど前から試している段階です。フォーミュラー食は日本人の必要とする栄養の, 最低限の 1/3 が包含されているもので,蛋白質を主に,必要最低限のミネラルやビタミン,もちろん糖質と脂質も含まれています。 それをやむをえず使ってみたところ,「気晴らし食いがなくなった」,「過食傾向が抑えられた」というデータが多く出てきており, 効果的な治療方法として,今,肥満を伴った糖尿病の患者さんなど,かなりの人に試みているところです。
白井 患者さん側のコンプライアンスも大事でして,動機付けとして栄養学的な知識を学んでもらうとか, さらに工夫の余地もありますね。うまくできれば,脂肪動因が良くなってケトン体が出ることで食欲を抑えるのではないかと。 このように代謝学的には大きな効果が期待されますが,無理してやることは精神的な負担を与えますから, 患者さんとよく相談し,メリット,デメリットの両側をみながら使っていけばよいかと思います。
井上 はい,私もそう思います。ところでひとつ,フォーミュラー食使用は自由診療のため, 経済的な点で問題があり,何かのバックアップ体制を構築しないと,先生方も臨床的に使いにくいのではないでしょうか。
白井 治療の原則として,食事制限と並び欠かせないのが運動です。太った人のなかには運動嫌いの方もおられますから,宮崎先生はどのように指導されていますか。
宮崎 運動といっても,まず「歩け」につきますね。もうひとつは,毎日の活動性を高めることが重要ですから, 「こまめに動いて仕事をしましょう」と提案いたします。 欧米のデータでは,肥満の人は痩せた人より,1 日の座っている時間が 160 分長いという報告もあります。座ったままじっとしていないことです。 足腰が痛い方には,週に 1 回,プールで水中を歩くことをお勧めします。
そうはいっても,肥満の人は基本的には体重を減らしてから運動をしたほうがよい。 特に関節痛のある方などは,運動ができない分,食事で体重を減らすしかないことを認識していただきます。まず痩せる。 女性であれば 5 kg 体重が減ると,膝に対する疼痛自覚度が 30 ないし 40%落ちます。 とにかくひとまず負荷を減らしたうえでの運動でないと,かえって膝を悪くする原因にもなります。
白井 われわれも統計をとってみますと,やはり 3〜4 kg 減量すると,急速に膝の痛みがなくなっていました。 そうした目標値を設定してやっていくのも効果的な方法でしょう。
井上 私のところにも膝に痛みのある肥満の患者さんが来られまして, 痛み止めを処方されて毎日飲んでいる,胃潰瘍も起こしていると。そこでフォーミュラー食を使い始めましたら, 3 ヵ月で体重が 5%減り,痛み止めに頼る必要がなくなったのです。そのような患者さんは多いのではないでしょうか。
宮崎 治療は,これまでこういう人たちに対して,どこまで痩せればよいかのゴールを示せなかったのが,ひとつ問題でしょうね。 以前は痩せるとなると,一気に標準体重をめざす治療をしていたので無理が出る。 ですから体重減少の目標はメタボリックシンドローム型の肥満でも 5%,膝の関節の悪い人でも 5〜10%ですから, 5 kg,7 kg 痩せればよく,そのためには何をするかという治療のターゲットとノウハウを教示することがポイントでしょう。
白井 体重の日常変動記録を付けることは,自分の代謝動態を客観化させるという意味では必要で,有効だと思いますが,先生方はどうなさっておられますか。
井上 私も体重記録などを使っています。坂田利家先生のように 1 日 4 回体重を計るのが理想的でしょうけれど, それが難しい患者さんについては起床時と就寝時に計っていただいています。
宮崎 私ももちろん使っていますが,計る状況を一定にすればよいので,あまり強要はしていません。 体重増減の記録は,脂肪組織の増減ではなく,食事をしたかしなかったかという一時的なものですから,生活判定度日記というようなものですね。 必要があればやっていただければよいと思います。