■治療学・座談会■
増加する肥満にどう対応すべきか
出席者(発言順)
(司会)白井厚治 氏 東邦大学医療センター佐倉病院内科
宮崎 滋 氏 東京逓信病院内科(内分泌・代謝)
井上郁夫 氏 埼玉医科大学内科学内分泌・糖尿病内科部門

■社会全体が肥満に向かっている

白井 最近,肥満の増加が世界的な問題になっております。 対応策を考えるにあたり,初めに今なぜ増加してきたのかという点からご意見を伺いたいと思います。 宮崎滋先生,いかがでしょうか。

宮崎 食事などの摂取エネルギーが運動などの消費エネルギーを上回ると,当然体重が増えてきます。 単純に言えば,食べ過ぎで運動不足の状況が長く続けば,肥満するということになります。

 しかし,自然界では,その状態が長期間続くことはないのですが,現在われわれが住んでいる社会は別で,食べ物には不自由しません。 至る所にコンビニエンスストアや自動販売機があり,簡単に食べ物が手に入り,コマーシャリズムなども影響して,食欲に対して誘惑も受けやすい。 また,運動面からみると,私たちは労働をしなくて済むようになりました。職場でも家庭でも, 電化,モータリゼーション,IT 化……と,一日ほとんど座ったままで仕事が済んでしまうような状況です。

 ということは,エネルギーを使わず,反対に非常にためこみやすい生活になったといえます。 ちなみに,日本で最も肥満の人が多い県は沖縄,北海道,徳島といわれていますが, 共通点は,公共の交通機関が少ないため移動に自動車を使うことで,この傾向は日本全体にも当てはまります。 肥満増加の原因は運動不足,活動不足が大きいわけです。

 すると,現代は肥満しやすい社会であって,それに抗して生きるのは非常に難しい。唯一それに反抗しているのが,日本の若い女性です。 彼女たちだけが,不思議なことにどんどん体重が減ってきている。ですから肥満については,若い女性に学ぶところがあるのかもしれません。 良い意味においても悪い意味においても,私はそう考えております。

白井 いわゆる過食と運動不足が社会的に助長されていることは,考えさせられる問題です。 また,最近は人間関係が変化して,精神的な問題の処理がうまくいかないことが原因で肥満になっているケースもみられます。 井上郁夫先生は臨床でのご経験からどう思われますか。

井上 患者さんを診ていますと,ストレスをかかえている方が実際に非常に多いと思います。 親の介護で睡眠不足であったり,単身赴任で苦労していたり。われわれが医療を提供する以前の問題として,たいへんなストレス社会だなと感じます。

白井 ストレスを解消する手段として,食べることからの満足度にかなり安定作用があるわけですね。 いま団塊の世代が定年を迎えており,退社後 3 ヵ月から半年経つと,生活リズムの乱れから肥満が増えてきます。 そういうことからも,現代社会が全体に肥満に向かわせている,と認識されなければいけないのではないでしょうか。

■疾患構造の転換期を象徴するメタボリックシンドローム

白井 肥満のとらえ方についての考え方を,ご説明いただけますか。

宮崎 まず,肥満をとらえるときに,日本肥満学会の判定基準では,BMI(body mass index)25 以上を肥満とすると定めています。 その際,肥満と判定すると,治療が必要な肥満症であるかを診断することになります。 肥満は脂肪組織の分布異常が問題となります。内臓脂肪がたまるタイプと皮下脂肪がたまるタイプがあり,健康障害が異なってくるわけです。

 皮下脂肪がたまるタイプ,すなわち脂肪細胞の量的異常による肥満症は,体重の負荷によって関節障害や腰痛,女性は月経異常を起こしやすく,睡眠時無呼吸症候群の原因にもなります。

 内臓脂肪がたまるタイプは,脂肪組織の質的異常による肥満症,あるいはメタボリックシンドロームタイプと称しており, 動脈硬化を起こしやすく,心筋梗塞,脳梗塞を非常に発症しやすい。 さらに 2 型糖尿病・耐糖能障害,高血圧,脂質異常症,あるいは脂肪肝,高尿酸血症・痛風などの合併症を起こしやすいのです。 この内臓脂肪の蓄積したタイプが,心筋梗塞,脳梗塞を招きやすい肥満ということで注意が必要となります。

井上 日本の疾患構造の変化としては,1965 年くらいまでは感染症の時代で,肺結核,肺炎で亡くなる方が多く,それ以後は脳出血でした。 ところが現在は,がんを筆頭に,脳梗塞,心筋梗塞という慢性疾患で亡くなる方が多くなりました。

 65 歳以上の人口が 5 人に 1 人となった今,このまま少子化が続けば,2055 年には高齢者が 40.5%になると仮定されており, 宮崎先生がお話しされたように,特に脳梗塞,心筋梗塞,なかでも動脈硬化性病変が増加すると予想できます。 今こそ動脈硬化に関しての対策は急務なのではないでしょうか。“メタボリックシンドローム”という“食べ過ぎ症候群”ともいわれる概念が出たことは, わが国の疾患発症パターンが変わる時期になったからではないかと私は考えますし,現在,タイムリーな時期と思います。

白井 肥満がさまざまな代謝異常をもつことが問題なようですが, メタボリックシンドロームという病態は遺伝子が解析されたりもしていますが,現状ではなかなかこれといった原因が解明できないでいます。 これはある特別な病態ではなくて,だれもが肥満になれば起こりうる病態で,一部には起こしにくい人もいるくらいに理解していたほうがよいと思われますね。

■脂肪細胞の防御機構が招く肥満

白井 肥満がなぜ多くの健康障害を起こすのか,脂肪細胞がなぜそこまで悪さをするのか考えますと, ひとつはインスリン抵抗性の作動があって,インスリンが効かなくなるために,糖が取り込まれないことから糖尿病が発症する。 また,脂肪細胞からアンジオテンシノーゲンが出て,周囲の血流を途絶えさせ,栄養補給を断つ。結果として全身には高血圧が起こる。 また,中性脂肪を取り込むリポ蛋白リパーゼという酵素の分泌が低下,血中では中性脂肪高値になる。全体として,まさに栄養補給量を脂肪細胞として一生懸命途絶しているわけです。

 それが糖尿病,高血圧,脂質異常症といった症状として現れ,そうした病態は一方で酸化を促進していると思われます。 簡単に言えば,蛋白,脂肪,DNA も含め酸化変性を起こしている病態として位置付けられているのではないかと考えられます。

宮崎 今のお話は核心をついているのではないかと思います。脂肪細胞がこれ以上肥大・増殖しないよう, 防御機構を発展させたために全身的にはマイナスの作用が生じた。それがメタボリックシンドロームと考えると非常にすっきりした概念になります。 今後どうやって証明していくかですが,たいへん興味深い考えです。

井上 最近,私も内臓脂肪は過剰に蓄積する前には,逆に防御の働きももっているのではないかと考えています。 過剰に全身にいく脂肪酸,中性脂肪を,たとえば肝臓で考えるなら,肝臓に過剰に供給させないために食べたものを一度取り入れて防御している。

白井 まさにそうです。

井上 その貯蔵量がある限度を越えると,脂肪は全身に広がってしまう。 浸潤というのはそういうことではないだろうか。 おそらく内臓脂肪はオプティマルな量は身体全体に良いけれども,その状況を越えると,まさに内臓脂肪症候群,メタボリックシンドロームになると。

 ただ異常に過食すれば,防御しきれないほどの供給となり,その貯蔵量は民族や個人によって違いが出ます。 そこでオプティマルな内臓脂肪量をどうやって評価するか。脂肪細胞から出てくる液性因子,アディポサイトカインの量でオプティマルな量を表現できるのかどうか。 そこが今後興味深いところです。

白井 内臓脂肪の測定には,腹囲径などに加えて CT が基準ともいわれていますね。 余談かもしれませんが,腹膜の真下,正中部にある腹膜前脂肪厚が超音波エコーでわかります。将来的には確立すると超音波でみられるようになるかもしれません。

井上 内臓の脂肪をためこめない病気もあります。ASP(acylation stimulating protein)という蛋白のレセプターに異常があると, 脂肪が脂肪組織に取り込めず,過剰な脂肪が肝臓に取り込まれてメタボリックシンドローム様の症状を示す。けれども必ずしも太らない。 そういう病気もありますので,内臓脂肪は良いものでもあって,過剰にたまるところが問題なのではないでしょうか。 ですから,白井先生のおっしゃったエコーなどの手軽なやり方で,その人の内臓脂肪の診断をやってみたいですね。

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