■治療学・座談会■
わが国における循環器救急医療と心肺蘇生法教育
出席者(発言順)
(司会)野々木宏 氏 国立循環器病 心臓血管内科・緊急部
源河朝広 氏 東海大学医学部附属八王子病院 循環器内科
瀬尾宏美 氏 高知大学医学部附属病院 総合診療部 森田 大 氏 大阪府三島救命救急センター

急性心筋梗塞の救命

■半分は院外心停止

野々木 急性心筋梗塞全体の死亡率についてお話しいただきたいと思います。

森田  野々木先生たちとともに 1998 年に北摂地域の心筋梗塞を扱う医療機関でアンケートをとりました。心筋梗塞の致命率を考える場合にはプレホスピタルでのケースも扱わないといけないということで図 3 を呈示します。  これは人口約 170 万人の大阪北摂地域で入院された方のデータですが,2 次,3 次を含めて,心筋梗塞全体の死亡率は 12%でした。ところが,院外心肺機能停止(CPA)では内因性の約 3 割が心筋梗塞というデータが出ておりますので,それを援用して病院に着くまでに心停止を起こした方も含めると,急性期患者の 26%が亡くなるという数字が出ました。つまり,病院に着くまでに 51〜52%の方が病院の外で心停止を起こしています。ですから,院外の患者をいかに救うかというところに目を向けていく必要があると思います。

図3
図3 地域における心筋梗塞の急性期致命率
1998 年大阪北摂地域 AMI を扱う医療機関アンケート調査(野々木宏ら:冠疾患誌 2000;6:61)

野々木 高知にそういうデータはありますか。

瀬尾 院外心停止のデータはないのですが,野々木先生が班長で私も参加させていただいた院外心停止の全国調査でも同じぐらいの数字が出ています。

野々木 そうですね。大阪の特殊な地域のデータではないかという指摘もありましたので, 北海道から沖縄まで全国のいくつかの地域を選び,1 ヵ月間,すべての心筋梗塞と院外心停止の調査をしたところ,まったく同じデータでした。 やはり,心筋梗塞全体の致命率が 22%で,半数は院外死でした。日本のデータでは,急性心筋梗塞で死亡する例の半数は院外で亡くなっている状況かと思います。

源河 急性心筋梗塞による全体の死亡率が 20〜30%,そのうちの半分ぐらいが院外ですでに心停止になっているということですか。

飛田 ぜひ,良い例になっていただきたいと思います。

野々木 そうです。米国のデータも,ほぼ同じです。日本の発症率は少ないのですが,死亡の状況はまったく同じです。

森田 起こったら,このぐらいの致命率になるということですね。瀬尾先生が院外心停止のデータがないと言われましたが,消防署が去年(2005 年)の 1 月 1 日から全国レベルで国際標準であるウツタイン様式を用いて,病院前救急体制検証のためのデータを集め始めています。心原性が中心となりますが,院外心停止を心原性,非心原性に分けて 1 ヵ月生存まで調べています。

源河 法律に基づいて公文書の開示を求める書類を消防署に提出したのですか。

森田 全国的に集積されたデータは,いずれ開示されると思います。別件で法的手続きで開示を求めることも可能かと思います。

■患者に対する啓発と医師に対する啓発

野々木 chain of survival(救急の連鎖)では,通報が重要視されています。急性心筋梗塞の発症あるいは心停止時に専門病院にたどり着くための連携が,わが国でできているのでしょうか。

源河 相反することなのですが,かぜでも救急車に乗って来る人が増えている一方,発症後 2 日もたってから外来に来る急性心筋梗塞患者もいるということです。一昨日も,発症から 12 時間たって痛みがなくなったので,歩いて外来に来たという方がいました。ここまで救急車を利用する体制ができていて,気軽に利用するという国民の意識があるにもかかわらず,なぜこのような方がいるのか。  テレビなどで健康番組が多いけれど,急性心筋梗塞に関しては「テレビで見たのと同じ症状だから来ました」という人は少ないですね。単に啓発が足りないだけなのでしょうか。どのように啓発をすればいいのでしょうか。

森田 入院した患者の話を聞くと「昨日も一所懸命仕事をして元気だった。突然そうなったので,何が起こったかわからない」という人が多くを占めています。その中でも 7,8 割の方は高血圧や糖尿病,高脂血症などのために服薬しているのですが,担当医は日常診療の中で「冷や汗をかくようなきつい症状が続くようなら,こういうふうに対応しなさい」という教育をほとんどしていないと思うのです。患者も元気だったら,非常時のことは考えません。ですから,たえず非常時を意識させるようにするのは医者の役目です。退院時指導の一つとして栄養指導などはしていると思いますが,ぜひとも BLS,AED などの指導啓発にも取り組んでほしいと思います。

■重症感の乏しい患者への対応

瀬尾 リスクファクターのある病気は慢性疾患ですが,通院していれば「治療をしているから大丈夫」と安心する心理が働きます。 慢性疾患と急性心筋梗塞という急性疾患のギャップがあまりにも大きいと思うのです。最近は情報が多いですから,基礎知識はもっているが,「自分は違う」という気持ちがどこかにあって, 「死ぬような病気で病院に行くのは怖いからもう少し我慢してみよう」とか,そういう人が意外といますね。

森田 その間に突然死する危険が発生する。

野々木 全国調査をしたとき,早く来院した症例のほうが死亡率は高いとわかりました。 つまり,重傷者は早く来院しますが,症状が軽い場合には,自分でたいしたことはないと思ってしまうのですね。 筋肉痛とか胃の痛みとか軽く考えるのは,最初あまり重症感がないからではないかと思うのです。

森田 たしかに血圧が下がっているとかゼイゼイいって呼吸がおかしいとかいうのは, 救急隊員にわかりやすい。すぐ高度施設あるいは専門病院に運びますが,症状が軽いと救急隊員は判断がしにくい。初期や 2 次に送って,それから 3 次へと最終収容病院へ搬送するのに時間がかかることもあると思います。

野々木 米国の学会ではテレビの悪い影響として「ハリウッド症候群」といっています。ドラマなどで激烈な急性心筋梗塞の発作を俳優に演じさせるでしょう。 そうすると,激烈な胸痛を生じるのが急性心筋梗塞だと思ってしまうわけです。軽い人,女性とか高齢者, 糖尿病のある人などはあまり典型的な症状が出ないので早期に来院してくれなくなっていると説明されていました。 そういう意味では,マスメディアをうまく利用した啓発は意味があるのではないかと思います。高血圧や喫煙などの危険因子がある中年男性には「上半身に突然,不快な症状があれば 119 番通報を考えてください」と。そういうキャンペーンが必要ではないでしょうか。

■担当医は患者に対して危機管理を

源河 われわれは高血圧などのリスクに対して治療するわけですが,治療したことでリスクは消えるのでしょうか。 通院していても治療が不十分な人もありうるのですが,われわれ医師自身が治療でコントロールされている場合, リスクを消していると思っているところがあります。それは開業医の先生方を含め多くの臨床医にいえることだと思います。

森田 リスクはたいして減っていない。でも,医者は「われわれはちゃんとコントロールしているからリスクを減らしている。発症しないだろう」という気持ちがあるのかもしれません。

源河 治療していながら「リスクは消えていません」とは患者さんに言いにくい。そうすると「先生,薬を飲んでいるのにこんなことが起きる可能性があるのですか」ということに……。

森田 通院していない 20〜30%に対してはマスコミを使っての啓発が必要でしょう。ところが,それ以外の 70〜80%,定期であろうが非定期であろうが通院している方に対しては,医者のほうから「リスクは決して消えていない」というアピールが必要かもしれません

源河 日本ほど保険医療が完備されている国は少なく,生活習慣病の受診率がすごく高い。そのなかで,こういう教育がなされることは非常に大きな意味をもつと思います。  糖尿病を診ている先生は「心臓が痛かったらすぐ循環器に行きなさい」と,高脂血症や高血圧を診ている循環器医こそ,「こういう症状があったらすぐ救急車を呼んでください」と外来のたびに患者に言う必要がある。  AHA の ACLS(advanced cardiovascular life support)トレーニング時に使うビデオがありますね。 開業の先生方が「こういう症状があったら,私ではなく救急車に電話しなさい」と言っていた。あれを聞いたとき,すごいなと思ったのです。

野々木 つい自分に連絡するように教育していますからね。

源河 そうなのです。自分は高血圧の患者にそういう話をしていないなと気づきました。でも,そうすると,自分の治療は何なのか,と矛盾が起きてしまいそうです。

瀬尾 たとえば,高脂血症の治療においても「有意にそのイベントが減りました」といってもわずかですから, 「確かに有意には減っていますが実際はこのぐらい危険がありますよ」というふうにきちっと説明しないと「治療しているから大丈夫だ」という解釈になってしまいますね。  患者には「よくなりますよ」と言い,医師には「これぐらいリスクが残っていますよ」という表現のほうが適当かもしれない。

野々木 啓発は一般市民にも必要ですが,リスクファクターのコントロールに携わっている医師が,患者の危機管理をきちんと指導することは非常に大事だと思います。

■順次搬送の時間の遅れ

野々木 急性心筋梗塞の予後をよくするためには 1 分でも早く適切な治療が必要ですが,搬送までにかなり時間がかかっているという現実があります。その解決のためにはどうしたらいいでしょうか。

森田 私どものデータでは,初期ないし 2 次経由で来られると,直接来た方に比べて約 3〜4 倍の時間がかかっています。直接なら中央値で発症から 70 分弱です。patient decision time(患者が医療を受けようと決心するまでの時間)はきちっと取れていませんが,他院を経由して来ると 250〜260 分かかっています。  ただ,「自分はあの病院にかかっているので連れて行ってくれ」という場合,救急隊はどのように対応するかということも大きな問題です。 非常に遠方であれば「そこまで行けないので,いったん近くの救急病院に入りましょう」というふうに言えますが, 「すでに電話を入れてあるので近くのかかりつけ病院に行ってほしい」と言われた場合,救急救命士がどう判断するかということが大きな問題だと思います。 専門医療ができずに,転送になることが薄々わかっていても連れていくのか,それとも説得するのか。それでも家族が「そこに連れて行ってくれ」というなら,希望が優先されるので難しい。救急症例を集中させられない初期,2 次,3 次順次搬送体制のネガティブな側面が現れるのです。

野々木 順次搬送は,昭和 30 年代に交通外傷を何とかしようということで 1 次,2 次,3 次という枠組みができた。それがそのまま疾病救急に利用されていますから,一見軽くみえる胸の痛みとかそういうものは,夜だったら 1 次の休日診療所に,そこの判断で,必要であれば 2 次あるいは 3 次というふうに順番に行きなさいということです。

森田 発生から 1 時間以内に急性心停止を起こす人が多くを占めることを考えると,循環器であれば直接 3 次に集中させ,そこで医師が「これは集中治療が必要」とか「これは虚血ではないから 2 次の病院」とか, その地域の救急事情を知った救急医がトリアージしていかないといけない。それが患者のためであり,安心・安全の救急医療体制であると,私は常々思っています。

野々木 いわゆる北米型 ER(emergency room)ですね。3 次であろうが 2 次であろうが,かぜだろうが急性心筋梗塞だろうが,そこへ行けば ER がすべての疾患を診る。そのためには,そこに集中してマンパワーを投入しないといけないですね。

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