島田 次に臨床的側面に移ります。 まず,RA 系阻害薬の使用法について,虚血性心疾患から始めたいと思います。いわゆる cardiovascular continuum という概念。 つまり,これは糖尿病,メタボリックシンドローム,高血圧などというハイリスクグループから徐々に LVH(左心室肥大)あるいは動脈硬化が進行し, 最後にイベントを起こして心不全になり死亡する,あるいは,途中で不整脈を起こして突然死するというものですが, そういう連続のなかで RA 系阻害薬はすべてに万能とされています。だとしたら,すべての患者さんに使わなければいけないということになるのですが。
小室 それは大変素晴らしいコンセプトだと思います。高血圧はいうまでもなく, 糖尿病の発症に関しても,今のところは ACE 阻害薬,ARB がもっとも新規発症を抑制する薬剤だといえるでしょう。 インスリン受容体に対する直接作用もありますし,膵β細胞に対する作用もあります。 さらには血流量を増やすことによる糖を消費する筋肉側への作用もあります。
最近,脂肪細胞から産生分泌されるさまざまなアディポサイトカインが注目されています。 AII には悪いアディポサイトカインをたくさん分泌させ,良いものを抑える作用があり,逆に ARB にはアディポネクチンのような良いアディポサイトカインの分泌を促進する作用があることから, 糖尿病の新規発症をもっとも抑制できる薬剤とされています。
初期の段階で ACE 阻害薬や ARB が,心肥大を抑制し,心筋梗塞後のリモデリングも抑制します。 心不全に対して良好な作用をすることも明らかです。 しかし,心筋梗塞の発症に対して ACE 阻害薬,ARB がどれだけ効くかという点はまだ疑問です。
島田 それらのデータから RA 系阻害薬を降圧薬として位置づけると,血圧降下が一つのキーエレメントとなります。 「血圧が下がり改善しているから,血圧の下がり方で説明できる」という Staessen の主張がありますが, いかにも統計学的な手法で,±2〜3 mmHg のなかですべてを説明しようとする非常に乱暴な意見ですね。
木村 Staessen のグループさえも最近こういうデータを出しています。 冠動脈疾患に対する相対リスク(RR)は血圧が 0 mmHg のときでも RA 系阻害薬だと有意に下げています。 CCB は血圧が 0 mmHg のときは 0 になります。つまり,RA 系阻害薬には beyond BP lowering 効果があることを示しています。
島田 先日の日本高血圧学会で,このデータに関しては,Staessen 自身は半信半疑のようなコメントを出していました(笑)。
木村 しかし,疫学データがこれを示している。
小室 それはイベントによるのではないですか。脳卒中などはやはり逆になるでしょう。
木村 脳卒中は CCB がいいとされ,ACE 阻害薬はニュートラルですね。しかし,最近 ARB は脳卒中に対して CCB より良好というデータが出ています。
島田 LIFE 試験や SCOPE14)14) SCOPE(Study on Cognition and Prognosis in the Elderly)試験でも高齢者が対象なので,脳卒中で差が出るということはよくあるのですが,それにしても MOSES15)15) MOSES(Morbidity and Mortality after Stroke, Eprosartan Compared with Nitrendipine for Secondary Prevention)は CCB とガチンコでやっています。
小室 ARB のほうが勝ってますよね。
島田 血圧の詳しい分析はしていませんが,やはり ARB が脳虚血イベントにおいて効果を示しています。 脳血管というのは特殊というか,その場合は AT2受容体を考察しているみたいなのですが,脳が虚血になると,著明にその役割を果たしている。 MOSES というのは 2 次予防ですからね。
島田 腎臓も微量アルブミン尿の進展,その後の蛋白尿あるいは顕性腎症,そして,一つの renal continuum と感じたのですが。
木村 腎臓はとても単純です。RENAAL16)16) RENAAL(Reduction in Endpoints in NIDDM with the Angiotensin II Antagonist Losartan)のサブ解析で,ARB は末期腎不全に至るまで使い続けてもよかったとされているので, 動物実験でも臨床でも continuum については間違いないと思います。 問題は,腎臓の場合は腎炎や糖尿病性腎症のように主に糸球体血圧を上げて腎機能を保持しようという疾患と腎硬化症や多発性嚢胞腎などのように, どちらかというと心臓から糸球体に至るまでの抵抗が高く,腎臓が虚血に陥って腎機能が廃絶していく二つのタイプがあります。 前者に対しては ARB や ACE 阻害薬を投与すれば,その腎症進行抑制に効果を発揮しますが,後者には大きな効果は認められません。
島田 ただ,高血圧性腎症の場合,hyperfiltration theory というのもあります。高血圧性腎症の進展を防ぐのに ACE 阻害薬,ARB はそれほど期待できないのでしょうか。
木村 これまでの大規模トライアルでも効果を得ていません。
島田 それは非常に困った問題ですね。
木村 しかし,もともと輸入(細動脈)が締まっているわけですから,糸球体,腎実質は血圧が高いことから,どちらかというと保護されています。 ですから,とくに RA 系阻害薬を使ったからといって,その進展抑制にはつながりません。
島田 高血圧性腎硬化症というのは非常に厄介な病気で,一生懸命血圧を治療していても,進展するものは進展していきますね。
木村 そこは非常に難しいところです。これを腎硬化症といっていいかどうか。 むしろ,両側の腎動脈が狭窄して虚血自体が深く進んで組織学的にも間質障害を中心として廃絶していくような病態。 あるいは,急性冠症候群のように血栓などがどんどん詰まってくるような病態。これらは実際は粥状硬化や虚血性腎症の可能性が高いといえるのではないでしょうか。
島田 そうすると,腎疾患では濾過する部分がまず病変を起こすという部分では RA 系阻害薬が有意に役立つけれども,腎血管に関してはまだ限界があるということですね。
木村 多施設共同研究ではネガティブです。
島田 心臓の場合は高血圧性,動脈硬化性,とくに虚血もあるのですが,臨床的に考えるときもう一つ重要なのは量の問題です。 あくまでも欧米のメガトライアルでは血圧とは関係なしに高用量を投与しています。 小室先生,「心不全なり,急性心筋梗塞後の虚血なり,高用量を使っておくべき」という考え方になるのでしょうか。
小室 動物実験では大量に使うほど効きますから,使ったほうがいいと思います。 まだ確証は得られていませんが,組織内の RA 系,とくに AII の濃度が非常に高いということがあるので, 血圧を下げる程度の ARB では組織の RA 系活性化は十分には抑制できない可能性があります。 AII 濃度は腎臓においてとくに高いようですが,血管でも高いですね。 心臓においてはどれだけ高いかわかりませんが,ARB の使用量に関しては“the more the better”というのが原則です。
ただ,臨床現場において,高血圧性心不全の方は血圧が高いので高用量を使えますが,拡張型心筋症などでは逆に血圧が低いので,大量には使えません。 また,心筋梗塞時の急性期にはバイタルサインが動揺しているので使いにくいところがあります。
島田 腎臓もやはりそうですか。
木村 腎臓は海外での報告では臨床例でみても,カンデサルタンは 96 mg まで,イルベサルタンも 10 倍量まで増量すると,蛋白尿が用量依存性に減少していました。 つまり日本の用量の 10 倍まで増量しても副作用はなく,むしろ腎保護作用が強く獲得されたという二つの有名な論文が出てきています。
島田 それにしては,実際にはあまり使っていませんね(笑)。それはやっぱり医療経済的な面もあるのでしょうか。
木村 そういうことですね。スタディとして組まない限り,日常臨床上で使える量ではないですね。
島田 あと,どういう時期に使うかという問題もありますね。 たとえば腎臓であれば,少し微量アルブミンのある状況,あるいはそのハイリスク,すなわちメタボリックシンドロームなどの状況から使っていくべきだということですか。
木村 腎臓について面白いのは,昔から多種強化療法がいわれていることです。ACE 阻害薬を投与して,さらには蛋白摂食を制限する。加えて糖尿病がある場合,頻回インスリン療法で HbA1cを 6.5%まで下げる。 そういう多種強化療法を行うと,顕性腎症で糸球体濾過量が半分以下になっていたのが回復することは古くからいわれていたのですが,信じられていませんでした。
ところが 1998 年,糖尿病性腎症の患者さんに対して,腎臓はそのままの状態で膵移植を行い, 血糖を完全にコントロールすると,5 年では回復しなかったのですが,10 年後に腎生検したところ,腎組織が完全に正常化していました。
島田 それがエポックメーキングとなり,「腎臓はゆっくりではあるが回復する」ことが広く認識されました。
木村 その後 2003 年,有名な Parving らの Steno−2 trial17)17) Steno−2 (Intensified multifactorial intervention in patients with Type2 diabetes and microal-buminuria)が始まりました。 多施設共同研究として多種強化療法を行うと微量アルブミン尿から顕性腎症になる 9 年間の累積発症率は 60%抑制されました。 そして対象の 30%は微量アルブミン尿さえ消失してしまい,完全に正常アルブミン尿になりました。 その消える確率を検討してみますと,微量アルブミン尿のレベルが低いほど消える確率が高かったのです。 それにプラス,RA 系の抑制が独立して約 3 倍の確率で微量アルブミン尿を消すチャンスを高めました。
ですから,腎臓については「早期に介入して RA 系を阻害すれば明らかに回復させることができる」という考えが主流になってきました(図 1)。
島田 その no return はどのあたりですか。
木村 そこはまだわかりませんが,糸球体濾過量が半分に低下した患者群で Remuzi がトライアルしています。高用量の ACE 阻害薬を投与すると,平均 3 年で蛋白尿が消えて回復し始めるというのです。 今まで考えられていた以上に比較的進んだ状態でも回復してくるのではないかと思います。
このような状況のなか,AHA(American Heart Association)は CKD(chronic kidney disease)分類を改訂し,しかも,それを心臓専門医たちにアピールしました。 今までは腎機能は 4 群に分類していたのですが,さらに,腎症は確かにあるけれども腎機能はまったく正常であるという群を第 1 期として独立させたのです。 その理由は,「そういう群にこそ回復させるチャンスがあるのだから徹底的に回復させるべき」であるからです。
同時に,腎症があれば,たとえ腎機能が正常であっても心血管事故の確率は非常に高まり,心筋梗塞などを起こしやすいので, 心血管リスクを除く治療法も徹底しなさいという啓蒙の意味も込めているのですね。
さらにその上に,0 期ともいうべき「腎機能も正常,腎症もまだないけれども,腎症になりやすいハイリスク群」を設定しています。 糖尿病,高血圧,あるいは家族歴があるとか腎毒性の薬を使っている方は「0 期,ハイリスク群」と考え, リスク軽減,プラス,少なくとも 6 ヵ月に 1 回は微量アルブミン尿をチェックし, プラスであればすぐに回復させる治療に取りかかりなさいといっています。
島田 さまざまなリスクを取り除くという,それほど RA 系を重視しているということですね。
木村 腎症があれば早期から徹底的に介入しなさい,同時に,腎機能障害が出てくれば「末期腎不全に至らせない」というスタンスに加えて,RA 系を抑制すれば腎症のない方と同じレベルまで心血管リスクを軽減させることができるのです。
島田 もちろん血圧もコントロールしなければいけないのでしょうが, それとは独立して,たとえ血圧が下がらなくても,きちんと治療するようにというメッセージですね。