■治療学・座談会■
レニン・アンジオテンシン RA 系阻害薬の現状と課題
出席者(発言順)
(司会)島田和幸 氏 自治医科大学循環器内科
小室一成 氏 千葉大学循環病態医科学
木村玄次郎 氏 名古屋市立大学臨床病態内科

From Bench―ACE 阻害薬 vs ARB

■キマーゼがカギを握るのか

島田 このストーリーは ACE 阻害薬から始まったわけですね。 しかしながら,ARBが主張するのはキマーゼの存在で,「より完全な抑制」をいうのですが,現実に Bench の観点からでは, こういうリモデリングではACE 阻害薬と ARB だと ARB のほうが強い立場なのでしょうか。

小室 それも非常に難しいですね。キマーゼが本当に重要な作用をもっているのであれば, ACE阻害薬はキマーゼに対しては効かないはずですので,そこに ACE 阻害薬と ARB の差が大きくみえてきてもいいはずなのですが,あまりみえてきません。

 といいますのは,一般にキマーゼは肥満細胞中に存在しますが,それが破裂しない限り細胞外へ出てきませんから働きようがないのです。 ですから,組織のキマーゼ活性の測定法にも問題があると思います。

島田 少なくとも in vitro では「ARB のほうがすごく効果がありますよ」とはいえないわけですね?

小室 そうです。

島田 腎臓ではどうでしょうか。

木村 動物実験では 5/6 腎摘ラットから糖尿病性腎症まで各種の実験モデルで比較されていますが,まったくイコールです。 また,臨床研究でも ARB のテルミサルタンと ACE 阻害薬のエナラプリルを比較した DETAIL Study2)2)DETAIL(Diabetes Exposed to Telmisartan and Enalapril)Studyでは, テルミサルタンはむしろエナラプリルに負けているほどで,まったく同等であったということが明らかになっています。

■AT2受容体との関連

島田 もう一つ大事なのは血管内皮の NO 産生に対する影響,および最近ではインスリン抵抗性に対する RA 系阻害薬の役割という点です。 そこでの AII は酸化ストレスという形で有害に作用しているということになっています。 ARBの場合,それにプラスして AT2受容体だとか,AT1受容体とは別のものが対抗的に作用して,NO などに対して,いい作用をしています。

 血管内皮,動脈,代謝に対しては ACE 阻害薬と ARB に果たして差があるのかどうか,非常に興味があります。

小室 私も非常に興味がありますが,臨床スタディから差違はみえてきません。 理論的には,少なくともACE 阻害薬と ARB で大きく違うのはブラジキニンに関してです。 ブラジキニンの作用が大きければ,ACE 阻害薬と ARB で作用の違いがみえてきていいはずなのに, それがみえてきません。 いくつかの動物実験と小さな臨床試験をみますと,ブラジキニン受容体阻害薬により ACE 阻害薬の作用の半分ぐらいが切れています。 にもかかわらず,作用の違いがみえてこないのはなぜなのか,現時点では不明です。

島田 実験,臨床例も入れて,AT2受容体についてはどうでしょうか。

小室 脳の海馬と副腎など,成人においてはごく一部の組織にしか発現せず,通常の状態では AT2受容体が作用を発揮することはまずないと思います。

 AT2受容体は胎児期によく発現しているいわゆる胎児型蛋白です。肝臓のαフェトプロテイン, 心臓におけるβミオシンと同じように,胎児型蛋白はいずれも何か傷害が加わったときに出てきます。

 ですから,心筋梗塞や動脈が非常に傷害されたときに出てくるのは確かだと推測するのですが,それがどれほど重要な意味をもつのかはわかりません。 愛媛大の堀内先生は「AT2受容体のノックアウトマウスでは,血管の内膜肥厚などが普通のマウスよりも顕著である」というデータを出されていますので, AT1受容体の逆の作用をしている可能性が高いと思いますが。アメリカのバンダービルト大学の稲上正先生はまったく逆の結果を出されており, まだその点に関しても完全には解明されていません。

島田 逆の研究結果が報告されているのですね?

小室 「AT2受容体がないと心肥大が起こらないので AT2受容体は AT1受容体とほとんど同じような作用をする」と発表しています。 両グループともノックアウトマウスを使っているのですが, 独立してつくった異なるマウスのためなのか,反対の結果が出た理由は不明です。

■腎における ACE 阻害薬と ARB の相乗効果

島田 腎臓ではブラジキニンの関与,あるいは,AT2受容体の関与について何か報告はあるでしょうか。

木村 小室先生がおっしゃったように,ブラジキニンの阻害薬を使うと確かに ACE 阻害薬の作用は若干弱くなるのですが, 先ほど述べたように,同じモデルで ARB と ACE 阻害薬を対比するとまったく差がないというのが実情です。 ですから今のところ,臨床的にも実験的にも両者はイコールと考えています。

 ただ,違うのは併用したときです。ACE 阻害薬を単独投与すると,血中の AII が下がり AT1受容体がアップレギュレーションされる。 だから,基質は減少するが受容体が増えるので,なかなか切りにくい。 当然,ARBを投与すると AII が上昇するので,受容体は阻害しているけれども基質が増加してくる。 しかし,両者を併用すると,基質も受容体も切れるので相乗的に効く可能性があるのかもしれません。

 腎臓でも,実験,臨床両側面から,ACE 阻害薬にしろ ARB にしろ高用量のほうがよく,さらには,単独高用量よりも併用したほうがいいのかどうか,メカニズムの点からも興味深い。

島田 in vitro においても明確なブラジキニンあるいは AT2受容体の貢献度について,まだ controversial な部分が結構多いということですね。

小室 木村先生がおっしゃったように,相加効果,相乗効果がありそうだというのは, たとえば心臓の臨床試験で CHARM3)3)CHARM(Candesartan in Heart Failure Assessment of Reduction in Mortality and Morbidity)の追加試験であるとか, Val−Heft4)4)Val−Heft(Valsartan Heart failure trial)で出ています。

木村 両者の効果の違いが出てくる病態もあるかもしれませんね。 バルーン障害は ACE 阻害薬で予防はできないけれども,ARB では予防できるといわれています。 キマーゼがバルーン障害の再狭窄に顕著に効いているといわれたことがありましたが,どうなのですか。

小室 動物実験だと ACE 阻害薬でも抑えられるのですが,ヒトの場合,すべて失敗しています。 ARB の場合,バルサルタンを使った Val−PREST5)5)Val−PREST(Valsartan for Prevention of Restenosis after Stenting of Type B2/C Lesions) という試験が発表されています。また,日本でもカンデサルタンを使った臨床試験が論文になっていて,一応,再狭窄を有意に抑えたというデータがあります。 その点,ACE 阻害薬よりも ARB のほうが強力に効いたのかもしれません。

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