島田 心血管疾患とレニン・アンジオテンシン(RA)系の基礎,薬理,臨床知見,および最近のトピックスに関してご紹介いただければと思います。 Bench to Bedside という形で,「心臓・血管・代謝」「腎臓」「脳」に分けて,臓器保護あるいは臨床試験からみた臨床適応, さらに,ARB(アンジオテンシン受容体拮抗薬)と ACEI(アンジオテンシン変換酵素阻害薬),あるいは CCB(カルシウム拮抗薬)との比較など, これに即した形で,RA 系の問題点や今後の課題,あるいは,現在のトピックスなどについてお話しいただければと思います。
島田 まず小室先生に,最近の Bench 的な部分での RA 系の「ここまで解明できた」,「ここはまだわからない」などの解説をお願いします。
小室 今から 20 年ほど前までは心不全に対してどのようにアプローチしてよいかもわからなかったので, 私を含め多くの分子生物学者や生化学者は,心肥大研究をその解明の糸口としました。 心肥大の発症要因を研究する過程で,われわれは「伸展というメカニカルストレスにより心肥大が起こる」ことを最初に報告しました。 培養細胞から,伸展というメカニカルストレスが心筋細胞内の RA 系を活性化し,心肥大をつくるということをみつけ,マウスやラットなどの動物実験で明らかにしました。
心肥大形成における RA 系の役割は,具体的にはアンジオテンシン II(AII)の受容体である AT1受容体の重要性が, 今日,LIFE1) 1)LIFE(Losartan Intervention for End−point Reduction in Hypertension Study) などの大規模臨床研究においても証明されています。
さらに,心臓のリモデリング,とくに心筋梗塞後のリモデリングは大変重要な病態です。 これに関して,以前,ACE 阻害薬が有効であるという報告がなされました。 われわれは AT1受容体のないマウスで,心筋梗塞のリモデリングが非常に抑制されることを示しましたが, 最近大規模臨床試験においても心筋梗塞に ARB が有効であることが示されました。
これらより,心臓においては心肥大,心筋梗塞のリモデリング,さらには終末像である心不全において,RA 系が非常に重要な役割をもっており,それを抑制する ARB が有効ということに関しては,基礎実験から臨床までほぼ間違いないのではないかと思います。
島田 以前,まだ方向性が示されなかった頃には,α受容体や交感神経系が注目されていました。それらとの関係は現時点では否定されてしまったのでしょうか。
小室 はい。以前,心肥大は交感神経の緊張によって起こるとされていた時期がありました。 つまり,スポーツ心臓による心肥大では交感神経と密接な関係があるとして, 多くの人が「交感神経終末からカテコラミンが出て心肥大が起こる」と考えたのです。 アメリカの Simpson は心筋細胞の培養系を確立して,そこにカテコラミンを添加することで心筋細胞の肥大を確認しました。 種々の blocker を使用したところ,意外なことに,それはβ受容体ではなくα受容体によるということを発見しました。それは非常に重要な発見だったと思います。 α受容体活性化以後は主にプロテインキナーゼ C(PKC)が活性化されて心肥大が起こります。そこの経路は間違いないと思います。
ただ,スポーツ心臓の場合はそうかもしれませんが,われわれが日常接する心肥大は高血圧や弁膜症によるもの, あるいは,心筋梗塞の生き残った健常部分が発症部位になったりしているのです。 そこでのカテコラミンの作用はそれほど大きくないという考え方が以前からありました。 交感神経の関与でなくメカニカルストレスにより直接,あるいは,RA 系を介して心肥大が起こるということを, われわれを含めていくつかのグループが提唱しています。 ただ,その細胞内のメカニズムとしてはやはり PKC の活性化が必要で,その点では交感神経の活性化と同じなのです。
島田 木村先生,腎臓と心臓の関係においてはどうでしょうか。
木村 最近,「心・腎連関」(腎・心連関)という言葉が話題となっています。 つまり,腎臓が悪くなると心臓の予後が加速度的に悪くなるという発想です。心不全の病態として,心臓から出る RA 系のほかに,腎臓から発現し全身に循環していく RA 系も,その悪化に関係している可能性があると思います。
島田 心臓組織での RA 系といいますが,レニンはまだ証明されていませんよね。
小室 それも難しいところです。RA 系は各組織に存在するといわれ,いわゆる「全身系の RA 系」に対して 「局所・組織の RA 系」というコンセプトは 100%解明されているとはいい切れません。 というのは,心臓,血管,腎臓それぞれにアンジオテンシノーゲン,レニン,ACE すべてが十分量発現しているか否かは不明だからです。局所に RA 系が存在するのは確かですが,すべてが局所で発現しているのか, それとも血中に存在するものが局所に取り込まれて働くのか,局所の RA 系では,どういう調節機序が働くのか,何が律速になっているかなど不明な点が多々あると思います。
木村 酸化ストレスなどの負荷のかかった状況では組織の RA 系が活性化され, 血中の AII と組織の RA 系とは相反するような状況が多いような感じがしますが,そのあたりを整理して仮説立てできれば面白いと思います。
たとえば食塩を負荷すると血中の RA 系は明らかに抑制されるのに対し,組織の AII は発現が亢進するという状況がみられますが,それらはまだ明快な答えを見出せません。 組織の AII 濃度を測ることが難しく,また,AT1受容体の発現も binding assay であったり,ACE の発現もあまりはっきりとしない免疫染色であったりすることが多いからです。
みな,ただ「ACE が増えている」「AT1受容体が増えている」ということのみを主張するのですが,それが本当に重要な作用であるという証明はまだありません。