寺本 メタボリックシンドロームで動脈硬化の発症,血管障害が起こりやすいと言われましたが,そのメカニズムはどのへんまでわかっているのですか。
島田 直接的にはアテローム惹起性リポ蛋白がメタボリックシンドロームの脂質異常の本質の部分なので,それが粥状硬化の最大の温床になっています。 それにさらに糖化,あるいは血圧の問題,さらに脂肪細胞などからのサイトカインの分泌など,そういうものが周囲に存在し,すべてが相互作用します。 つまり,粥状硬化とそれを不安定化する要素に富んでいる状況がその基盤にあると理解しています。
江草 メタボリックシンドロームのスクリーニングの基準は数値の絶対値ですが,脂質に関しては質的異常を特徴とする病気です。 高 TG,低 HDL の裏にあるのは small dense LDL+レムナントの増加です。 高 TG は血栓をつくりやすい方向に働きます。その上流をみると内臓脂肪から PAI−1 が分泌されています。
また最近,メタボリックシンドロームは,炎症性疾患であるといわれ出しました。これには内臓脂肪細胞も関連しています。 結局 LDL が高くなくてもプラークをつくりやすく,また不安定化の条件があるということになり,意外に侮れません。 ただ,いいマーカーがないので臨床上のチェックができません。いまのところ臨床検査値の絶対値でスクリーニングし,治療しているという状況ですが, その裏にある質的異常を臨床でうまく見つけられるような簡便なマーカーが必要です。
島田 いちばん有望なのは高感度 CRP ですが,そのうち何か出てくるかもしれません。
寺本 メタボリックシンドロームに関するいくつかの因子が重なれば重なるほど高感度 CRP は高いというデータがあり,そういった意味では,一つで,ある程度評価できるマーカーが今後出てくるだろうという気がします。
江草 軽症の糖尿病,IGT でも食後高血糖と,それによる酸化ストレスなどのインパクトも加わってくることもあると思います。
寺本 small dense LDL とかレムナントは非常に重要なファクターで,動脈硬化を起こしてくるものの中ではかなり中核的な役割をもっているようです。 これらを認識しながら 4 人に 1 人いるメタボリックシンドロームを実際に臨床の場で見つけ出さなければなりません。 いちばん重要なのは,実際にどう疑って,診断にたどりつくためにどうしたらいいのかということです。
島田 いままでの話は,高血圧とか高脂血症とか耐糖能という一つひとつの軽度, あるいは中等度以上の異常は,年齢とともに確実に増えてくる変化でもあります。それを生活習慣というものが修飾する。 エイジングという生物学的現象のスピードを,生活習慣が上げる。いわゆるよくない生活習慣,食事,運動,その他がエイジングに拍車をかけ 30 代,40 代でいろいろなことが出てくるという仮説と考えられるような気がします。
高血圧の立場からすると,高血圧のガイドラインではまさにそのことを念頭に置いて血圧の診療をしようとしています。 130/85mmHg という,ひと昔前からすればずいぶん低いレベルに正常値を設定していますし, アメリカではもう 120/80 にしてしまっています。ちょっとした血圧の上昇を前兆のサインとして,まず血圧値でチェックしています。 これは昔ではありえなかったことで,まさにメタボリックシンドロームを想定した定義の仕方です。
次に,そういう血圧の段階を横軸にして,縦軸に何があるかを見る。その組み合わせの部分で先ほどの動脈硬化性疾患のリスクを決めていく。 日本の高血圧ガイドラインも先日改訂されましたが,まず年齢です。 たとえば 60 歳を過ぎていれば相当拡がる。それから内臓肥満,高脂血症,あるいは遺伝的要因とか,血圧の診断なり治療の方針を立てるときに, メタボリックシンドロームの概念に相当するかもしれない。多重リスクであれば高リスクとして厳格な治療をするというようになっています。
寺本 そうすると血圧の高い人の診療には考えられるリスクを全部チェックして, どれくらいリスクがあるのかをみることが第 1 ステップになるのですね。
島田 そのときにたとえば,はっきりした糖尿病でなくても,ボーダーラインの人たちを見落とさないことが非常に重要だと思います。 それから松澤佑次先生が先駆的に発見した内臓肥満の状態,いわゆる中年太りの高血圧ですね。
寺本 血圧でも糖尿病でも高脂血症でも,ボーダーラインのところは,おそらく経過観察の段階にある人たちで,放置されがちです。 それが本当に軽症で,それだけならば経過観察で「生活習慣を改善しなさい」でいいと思う。 しかしいま言われたように,それがいくつか重なってくるところが重要なポイントです。 高血圧の患者の診療は,リスクをきちっと把握し,ボーダーラインでも見落とさないようにすることです。
島田 それには定義が大事です。 140mmHg にするか,130 にするかで,全然違ってきます。米国の高血圧のガイドライン JNC 7 はきわめて早期から,高血圧の発症自体を予防しようという概念で作られています。 だから prehypertension(前高血圧)という項目を取り上げています。ここまで極端ではありませんが,私はできるだけ低いほうがいいと思います。
寺本 糖尿病というとわりにしっかりした糖尿病で受診するような気もしますが。
江草 一般診療で患者に接していると,人間ドックを受けて空腹時のデータが揃っている人がいちばん参考になります。 中年のサラリーマンの方で,少し体重が増えたとか,TG 値が高いと訴えられると,まずメタボリックシンドロームの疑いで診ます。 今後は健診の場所でメタボリックシンドロームをスクリーニングし,そして医療機関へ行くように勧める。 単に高 TG 血症というのではなく,メタボリックシンドロームの疑いがきわめて強いという理由で,医療機関へ患者をプッシュしていただくのは, そのスクリーニングも含めて大変効率がいいと思います。
たとえば糖尿病の患者に対し,とにかく血糖値を何とかしようと血糖しか診ていないと,いつも批判されますが,つい自分の専門で突き進んでしまう(笑)。 しかし実はメタボリックシンドロームである可能性がずいぶん高い。
私はまず BMI で患者をスクリーニングします。数字としてはいちばん再現性のある指標です。腹囲を測るのは患者にとって外来ではなかなかストレスですから, 「最近買ったズボンのウエストは何センチですか」などと世間話のなかで 85cm を超えているかどうかチェックする工夫もします。
BMI も日本の基準は 25 ですが,少し高すぎる気がします。23 とか 24 でも疑ってウエストのサイズを聞いたり,低めの視点で診断します。
血糖に関して,尿糖が出たといっても空腹時血糖は異常なく,HbA1cも 5.5%ぐらいだったら,異常なしといわれる患者は多いのです。 しかし食後血糖は 140mg/dL とか 152 とか,わずかに尿糖が出るという方は結構いる。私はそういうときは積極的に糖負荷を行うことにしています。 それができないときは,空腹時より食後血糖で診るのもメタボリックシンドローム発見の糸口になると思います。
寺本 最近,糖尿病の先生方も食後の血糖を見ていることが多くなりましたね。HbA1cというマーカーができたというのも一つの大きな要因ですが, 私たちもだいたいそうしています。
江草 軽いリスクしかないとなると,治療として薬を使うほどでもない,と判断する傾向があります。 認識は高まってもフォローが十分なされない可能性がある。しかし患者の頸動脈肥厚度を見て,びっくりすることが何例かありました。
図1 は 49 歳の方の頸動脈エコーで,大きなプラークがあります。 タバコは1 日 20 本です。LDL は 99mg/dL で高くありません。 HDLが 38mg/dL と低値です。 空腹時血糖は 101mg/dL ですから,ぎりぎりIFG です。しかし空腹時のインスリンが 22μU/mL,HOMA は 5.6 で,インスリン抵抗性がかなり高い。ウエスト周囲径は 86cm です。
この方はこのエコー所見を見せたところ治療に真剣になり,こちらも,絶対通院してもらわないと困るという臨床的なプッシュができました。