次に患者が見つかったら,治療ということになりますが,メタボリックシンドロームの治療薬として明確なものがあるわけではなく,なかなか難しいと思いますが,どんな治療が考えられますか。
島田 基本的に何はさておき,生活習慣が重要だと思います。食事は総カロリーの摂取制限で腹八分目です。 デスクワーク中心でふだん体をあまり動かさないことが問題です。人間は動物で「動く物」と書くように,動くということが非常に重要です。 たとえばお相撲さんがたくさん食べていてもそれほど問題ではありません。しかし,運動をしなくなった途端に問題が起こるでしょう。 現代人が生活習慣で反省すべき最大の点は「動かない」ということだと思います。その次に「食べ過ぎる」です。
高血圧はメタボリックシンドロームとの関連で薬物療法の研究も盛んです。とくにレニン・アンジオテンシン系の薬剤が IGT とか糖尿病に移行するのを抑制するのではないかと,いろいろな臨床試験で可能性が示されています。
臨床的な意義があるかどうかまだ確定していませんが,AII 受容体拮抗薬の中には PPARγも活性化させるというものがある。 たしかにメタボリックシンドロームの一つの枠の中にレニン・アンジオテンシン系が必ず出てきて, そのなかでの血圧の治療は一応合理的だと考えられます。
カルシウム拮抗薬は血圧をよく下げるので非常にいいのですが,レニン・アンジオテンシン系抑制薬ほど積極的にメタボリックな高血圧をよくするかどうかは不明です。 カルシウム拮抗薬のいちばん大きな弱点は,降圧による交感神経活性化作用が多かれ少なかれあることです。
また,高血圧の領域で使用方法が非常に問題になった利尿薬ですが,利尿薬は,とくに日本人は IGT の側面を嫌って使っていません。利尿薬の長所,短所の作用の結果がどういうものなのかという結論はまだない。 今回のガイドラインでも,アメリカほど利尿薬を第一選択薬として勧めてはいませんが,血圧は片方で循環血液量が非常に重要なファクターですので, あまり血圧が下がらない場合はためらわずに利尿薬を使ってほしいです。
マイルドな異常に 3 剤,4 剤というのは問題があるかもしれませんが,徹底的な生活習慣の是正をしても血圧がたとえば 160 mmHg 以上あればカルシウム拮抗薬とか AII 受容体拮抗薬を使うべきだと思います。
寺本 レニン・アンジオテンシン系薬剤は,メタボリックシンドロームに非常によく話の合った薬剤です。 切れはそれほどではありませんが,マイルドにある程度下げて,臓器保護作用がある。メタボリックシンドローム的な概念の降圧薬という存在です。
たしかに血圧は非常に大きなファクターなので,血圧をある程度下げることは,全体のリスクの低下に非常に重要でしょうね。
江草 糖尿病,IGT ですと,とりわけ食事療法,運動療法の指導が厳しくされると思います。 そういう意味では患者にとってはいい指導が受けられる疾患群だと思います。
しかしメタボリックシンドロームのターゲットになる年齢層は働き盛りの中高年ですから, 話を聞いてみると,指導が守れないのも無理がないような,いまの日本の社会状況です。 すべてがきちっとできなくても,ポイント的指導を工夫しながらやっていくことが非常に重要だと思います。
それから糖尿病,IGT の場合のメタボリックシンドロームを踏まえた薬物療法では,まずインスリンの感受性を悪化させない,肥満を増強させない, それから軽症の,それほど血糖の高くない人にも使えるという,三つの条件を満たしていないと困ります。
その中でもとくに肥満させないことが非常に重要なポイントです。軽い糖尿病の方に強力な SU 剤が出されたため血糖が下がり,空腹感に耐えかねてどんどん肥満していくという,誤った治療法をときどき見受けます。 私はそれを医原性のシンドローム X とか医原性のメタボリックシンドロームと呼んでいますが,血糖だけを指標にしてみているとそういうことになってしまう。 そういう意味ではビグアナイドはいまのところナンバーワンにくる薬です。
それからチアゾリジンはまさにインスリン抵抗性改善薬ですが,注意が必要です。臨床的なパラメータはすごくよくなるが,肥満しやすい。 チアゾリジン系の場合は,食事指導,運動指導を徹底し,体重管理をきちっとやるという条件の下で使わなければなりません。
ビグアナイド,αGI は,チアゾリジンに比べるとそれほど肥満に注意しなくてもよく使いやすいといえます。 これらの薬剤は UKPDS(UK Prospective Diabetes Study), STOP−NIDDM(The Study to Prevent Non−insulin−dependent Diabetes Mellitus), あるいは DPP(Diabetes Prevention Program)で有効性に関するエビデンスが出ています。 私は 1 番目にビグアナイド,それからαGI,チアゾリジンの順に使っています。
寺本 日本のビグアナイドの用量ですが,海外と比較してちょっと少ない。いま 3 錠(750mg)使ったりします。もう少し使えるといいのですが。
江草 乳酸アシドーシスの問題がありましたから。私は 2 錠から始めることが多いですね。日本人でも 6 錠とか,高用量を使って非常にいいという成績も発表されています。
寺本 糖尿病関係の先生方に,高用量での効果と安全性を発表していただきたいと思います。
江草 ビグアナイドは,ほかの薬剤がどうしてもだめなときに試みようという添付文書になっています。 しかし,臨床現場では第一選択薬として使用している場合が多いので,添付文書の改訂も進めてほしいと思います。
寺本 食後の高血糖を考えて,いまαGI が出ましたが,速攻型の SU 剤はどうですか。
江草 グリニド系ですね。軽症でも食後の血糖がかなり高い糖尿病でないと,低血糖を起こす可能性がありますね。 ただ,インスリン分泌量を増やすのではなく,位相を前に戻す作用がありますから,そういう意味では選択肢の中に入れていいと思います。 ただし,この薬でも肥満する人はいます。
寺本 そこでの肥満はすごく重要な問題ですね。 先ほどのDPP でも体重の減少が,糖尿病への移行率を強く抑えている。あれで 50 数%抑えられるわけですね。
江草 ライフスタイルの群が薬物療法より抑えていますからね。
寺本 たしか体重が 7%減ですね。 たとえば 70kg の人が,理想体重が 60kg だから 10kg 減らせといっても無理ですが,7%なら 5kg ぐらいですのでできそうです。 ある程度現実的な指導をすることはたいへん重要ではないかと思います。
また,高脂血症の立場からすると,いままで LDL に対しスタチン系の薬が基本になり, 出回っている薬の約 90%を占めます。メタボリックシンドロームという状態が出てきて見逃せないのは,質的なリポ蛋白異常があることです。 small dense LDL,レムナントがあるという場合にはある程度体重を落としていくことは必要だろうと思います。
そうしたときに,フィブラート系の薬を第一選択とし,ある程度質的なリポ蛋白異常を改善することが重要です。 ただ,スタチン系の薬のように大規模予防試験がうまくいっているかというと,必ずしもそうでないのですが, 最近のいろいろなデータを見ると糖尿病が絡んでいたりする人の高 TG 血症に対するフィブラート系の予防試験はある程度うまくいっています。
今度 FIELD(Fenofibrate Intervention and Event Lowering in Diabetes)という大規模試験が発表されますので, それである程度のことは言えるようになると思いますが, IGT を背景とした高 TG 血症は非常に注意するべきだし,生活習慣の改善がうまくいかなかったら,薬剤としてフィブラートを選ぶべきだと思います。
メタボリックシンドロームに対しハイリスクと思われたら,明確なエビデンスに従ってそのリスクは落とすべきです。高血圧の治療はエビデンスの枚挙にいとまがないぐらいあります。 スタチンもそうです。そうした全体のリスクを落としていくことが絶対重要だろうと思います。
島田 メタボリックシンドロームでも small dense LDL は LDL 受容体を介して取り込まれるわけですね。
寺本 もちろん一部は取り込まれますが,取り込まれにくいです。
島田 そのスタチンは LDL の減少と並行して small dense LDL も減らす。 だから ASCOT とか 4S(Scandinavian Simvastatin Survival Study)でも脂質の異常をもっている人たちにスタチンが結構効いているということは, メタボリックシンドロームに対しても悪くはないと考えていいですか。
寺本 そうですね。基本的には血管系の病気を予防するにはスタチンと高血圧の治療が原則だろうと思います。 しかしメタボリックシンドロームというように,ある程度特徴的な病態があったときには現在のように 90%がスタチンというのではなく,フィブラートも念頭に置く必要があるのではないでしょうか。
本日は,メタボリックシンドロームの診断基準が発表され,プライマリーケアとしての診かた,対応の仕方について具体的にお話いただきました。 有益なお話をどうもありがとうございました。