■治療学・座談会■
心房細動に伴う塞栓症予防としてのワルファリン
出席者(発言順)
(司会)是恒之宏 氏 国立病院機構大阪医療センター臨床研究部
杉  薫 氏 東邦大学大橋病院循環器内科
矢坂正弘 氏 国立病院機構九州医療センター脳血管外科
佐藤 洋 氏 大阪大学大学院病態情報内科学

手術とワルファリン投与中止の問題

■ワルファリン継続下での抜歯を

是恒 ワルファリン服用中の手術でもっとも多いのは抜歯です。以前はワルファリンを短期間中止して抜歯をしていたのですが, 最近,矢坂先生は積極的にワルファリンを投与したまま抜歯をすることを推奨しておられますね。

矢坂 国立循環器病センターの現職あるいは OB で心臓あるいは脳卒中を診ている先生などを対象にしたアンケート調査では, 抜歯時にワルファリンを継続すると答えた医師は 66 人中 20 人でしたが,1 年前に比べると増えています。 この 20 人の医師のうちの大半は,ワルファリンを中止して脳梗塞を起こした患者を治療する,脳卒中診療医師なのです。 アメリカの Wahl らは,ワルファリンを中止して抜歯を行うと,約 500 人に 5 人(1%)で脳梗塞が起こったと報告しています(Wahl MJ. Arch Intern Med 1998;158:1610−6)。

是恒 とても高い頻度ですね。たとえ短期間でも「ワルファリンは中止してください」という指示は容易には出せませんね。 法的にも誰が責任を負うのかという話にもなってきます。

佐藤 年間発症率で考えると,たとえば 1 週間の投与中止は 1/50 の期間ですから,リスクが 1/50 上がるということですね。メカニズムはわかっているのでしょうか。

矢坂 中止によるリバウンド現象だとする論文はあります。この考えに否定的な先生もいますが,少なくともワルファリンを中止すると, ワルファリンを飲む前の凝固活性状態が再現される可能性は十分あります。 もう 1 つ大切な点は,この場合の脳梗塞は心原性脳塞栓症ですので,大梗塞あるいは全身塞栓症などを合併し,脳梗塞を起こした 5 人のうち 4 人は亡くなっているのです。

 さらに,国立循環器病センターの 2003 年のデータでは,ワルファリンを投与されていて脳梗塞を起こした 25 人のうち, 3 割が抜歯などの手術のためにワルファリンを中止しており,そのほとんどが重症でした。 ワルファリン中止期間の中央値は 4.5 日,中止時から発症までは 7.5 日です。 ですから,再開後 2,3 日目に発症するのが典型的なパターンです。退院時の日常生活動作(ADL)は“dependent”で,つまり何かに依存していないと生活できない方が 7 割以上いらっしゃいました。 脳梗塞発症率は 1%といえども,一度発症すると重症になるということが改めて示されました。

 海外では継続する医師が日本よりも多く,英国では INR を約 4 まで許容していても,抜歯時の大出血は 1 例もなかったというランダム化比較試験が発表されています(Evans IL. Br J Oral Maxillofac Surg 2002;40:248−52)。ただし,抜歯後に少し出血したなどの後出血例は多かったものの,有意差はなかったそうです。

 また,阪大の歯学部の森本先生にお願いして入院中の方にワルファリンを飲んだままで抜歯をしていただいていますが, INR に関わらず大出血は 1 例もありません。

 後出血を起こす例はわずかにありましたが,INR には依存せず,むしろ歯肉炎や膿瘍などの炎症をもつという特徴がありました。 ですから彼は「ワルファリンによる出血のリスクは低く,炎症や歯周病の管理をきちんと行うことのほうが大切だ」と述べています(森本佳成.口科誌 2004;53:74−80)。

 このような結果を受け,ガイドラインでは「抜歯や手術の対応」という項目を設け, 「抜歯は至適治療域にコントロールしたうえで内服継続下での施行が望ましい」と記載させていただきました。

■内視鏡検査では出血のリスクに重点をおく

是恒 消化器学会のガイドラインでは,内視鏡検査前の約 1 週間はワルファリンを中止するとされています。たしかに抜歯の際は圧迫止血ができますが,ワルファリン投与下で消化管の出血を止めることは難しいですね。 この場合は大手術と同様にワルファリンをヘパリンに変更することになっていますが,矢坂先生はどうされていますか。

矢坂 内視鏡検査の際にワルファリン投与を中止した場合,抜歯の場合と同様に 1%の確率で脳梗塞を発症すると報告されています。 ですから,大手術に準じて入院し,ヘパリンに変更する必要があると思います。 ヘパリンは半減期が短いため,内視鏡検査の 4〜6 時間前に中止し,検査後可能なところで再開し,ワルファリンでコントロールできた段階で退院するのがよいと思います。

是恒 佐藤先生は内視鏡検査に関してはどのような指導をされていますか。

佐藤 「リスクを承知のうえでワルファリンを中止してください」と言わざるを得ないですね。 リスクとメリットを勘案することになりますが,内視鏡検査を行うのは癌かもしれないという前提がありますので,ワルファリンは中止せざるを得ないと思います。

是恒 生検をしない条件で,まずワルファリン投与下で内視鏡検査を行い,もし生検が必要であれば入院しヘパリンに変更するというように,2 段階にされている先生もいます。

杉 うちの内視鏡のグループはそのときに生検を行うことも多く,切除してしまうこともあるのですが, それでも「3 日間だけ中止してください」といいますので,一応 3 日間は中止しています。 けれどもリスクがないとはいえませんので,これは賭けです。今までは幸いにして,脳梗塞を発症したことはないのですが,先生方のお話をお聞きすると,今後はもう少し検討する必要があると思います。

 逆に,抗血小板薬は 1 週間前に中止しても出血が止まらないことがあるので,内視鏡医はむしろ抗血小板薬に気を使うようですね。

是恒 そうですね。内視鏡検査に関しては,内視鏡学会,消化器学会,循環器学会で合同の話し合いを行う必要がありそうですね。

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