■治療学・座談会■
心房細動に伴う塞栓症予防としてのワルファリン
出席者(発言順)
(司会)是恒之宏 氏 国立病院機構大阪医療センター臨床研究部
杉  薫 氏 東邦大学大橋病院循環器内科
矢坂正弘 氏 国立病院機構九州医療センター脳血管外科
佐藤 洋 氏 大阪大学大学院病態情報内科学

是恒 本日はお忙しいところをお集まりいただき,ありがとうございます。この座談会では,心房細動(AF)治療のなかでもとくに重要なポイントである抗血栓療法について,専門の先生方にお話をうかがいます。

外来における導入の実際

■外来ではワルファリン投与は 1mg から開始

是恒 次に,脳梗塞の急性期におけるワルファリン導入法についてうかがいます。

矢坂 脳梗塞急性期にはヘパリンを主に使っています。 入院直後にワルファリンを併用で開始するのは軽症例や TIA 例だけで,通常はヘパリンのみで抗凝固療法から始めます。 ワルファリンに切り換える時期は患者の病態によりますが,重症例では出血性梗塞の危険性がありますので, 2 週間程度は待機するようにしています。消化管出血の危険性も考え,便の潜血反応のスクリーニングは抗血栓療法の開始時からチェックしております。

 ワルファリン投与量に関する私どもの調査では,INR 2.0〜3.0 を目標にする場合は平均で約 3.75mg,INR 1.6〜2.6 を目標にする場合は平均約 2.75mg でした。 ですから,私たちは通常,70 歳未満ではワルファリン 4mg から,70 歳以上では 3mg から始め, 最初の週はワルファリン投与前を含めて INR を 3 回,第 2 週は 2 回,3 週以降は週 1 回の頻度でチェックしています。

是恒 杉先生,循環器の領域では高リスク患者に対して,どのようにワルファリンを投与されていますか。

杉 外来では,私は基本的には 1mg から始めるのですが,脳梗塞の危険性がある慢性 AF 患者では 2mg から始め,1 週間目に INR を測定します。 外来の場合,週 1 回の診察前の採血で INR を測定しても,次の週はだいたい同じ量を投与して, その翌週に変更するというパターンになっていくので,対処が遅れてしまうのです。

 また,発作性 AF(PAf)例には,AF を何回も起こし,長時間持続する患者がいます。この場合にはワルファリン 1mg から始めているのですが,外来ですと, INR 2.0 前後にコントロールできるまで 1.5〜2 ヵ月かかってしまいます。

佐藤 私も 1mg 派です。2mg から始めている先生のほうが多いようですが, 以前 2mg を投与し,3 日目で INR が 4 以上に上がった経験があります。 ですから私は 1mg から始め,水曜日に外来で投与し,木・金と飲んでもらって金曜日に INR を測定します。 さらに翌週の月曜日と水曜日に再び測定し,その効果をみてから増量すべきかを判断しています。

杉 2 回目あるいは 3 回目の測定時の INR はかなり変わりますか。

佐藤 1.2〜1.4 くらいの方がほとんどで,1mg 投与は心配しすぎの感じです。 今は受診の手続きなしで,採血結果をみながら電話で相談するという方法で患者さんの負担を減らすようにしています。

是恒 急速飽和という昔の方法はもはや行われなくなっているのですね。 私も 2mg を投与し INR が急上昇した症例がありましたので,それからは 1mg から開始しています。 維持量についても,増強剤を加えずワルファリン 1mg のみでコントロール可能な患者もいます。

 また,初診時は整形外科などでワルファリンを増強するような薬を投与されている場合もあり,そういう場合でも 1mg であれば,それほど大きな問題にはならないと思います。

■高齢者に低いワルファリンの投与率

是恒 井上博先生(富山医薬大)の大学病院の循環器専門家を対象にした調査があります(Circ J 2004;68:417−21)。 日本循環器病学会のガイドラインでは,75 歳以上はワルファリンコントロールを推奨していますが, その調査によると 2 割ぐらいにしか使われていないのが現状です。 矢坂先生,高齢者への投与率が低いのは,何に問題があるのでしょうか。

矢坂 ワルファリンの管理は難しく,採血の負担や出血のリスクも併用が控えられていることの大きな原因だと思います。 また INR が至適治療域を下回れば,脳梗塞を発症する危険性が高く,さらに,INR によるコントロールが導入されていなかった頃, 重症の出血性合併症を発症した印象が非常に強く残っているため,薬自体の安全域が非常に狭くて使いにくいという先生もいるのではないでしょうか。 しかし,エビデンスがあれば使いたいという先生は多いので,ワルファリンの有効性に関する日本のエビデンスを作ることが大切だと思います。

杉 私は基本的には高齢者にも投与しています。100 歳の患者にも投与していましたが,出血はまったくありませんでした。

是恒 佐藤先生はどうされていますか。

佐藤 私も,高齢者でも本人と家族の同意のうえで投与しています。 海外では 85 歳以上でも INR 2.0〜3.0 でよい成績が出ていますので,年齢制限は設けていません。 今後投与率を上げるには,介護率を上げることが重要なのではないでしょうか。

是恒 そうですね。介護保険などを充実して,ひとり暮らしの高齢者でも, とくに高リスクの方では服薬を確認できる第三者を置くことができれば,より積極的に投与ができると思います。

PAf への対応

■AFFIRM に学ぶワルファリン投与の重要性

是恒 NVAF 患者に対し,ワルファリンを使用しない理由の約半数は発作性の場合とされています。 一般的に PAf 患者における脳梗塞発症率は低いと思われがちなのですが, 杉先生,AFFIRM(the Atrial Fibrillation Follow−up Investigation of Rhythm Management)試験から PAf に対するワルファリンの適応についてお話しいただけますか。

杉 AFFIRM 試験は,AF の対処として,心拍数調節と洞調律維持のどちらがよいかが検討されました。 対象として,慢性 AF,PAf を含め過去 12 週間以内に AF を発症した患者で, 高血圧,糖尿病,心不全,TIA,脳梗塞の既往,左房径の拡大,左室機能低下などの脳梗塞の危険因子が 1 つ以上ある 4060 人が登録されました。 心拍数調節群ではジゴキシン,β遮断薬,Ca 拮抗薬が,洞調律維持群ではアミオダロン,ソタロール,プロパフェノン,プロカインアミド,キニジンなどの 9 種類が使われました。 平均年齢は 69.7 歳で,5 年後の死亡率は洞調律維持群(23.8%)で心拍数調節群(21.3%)より高い傾向があるものの,有意差は認められませんでした。 脳卒中または心停止の発生率も,心拍数調節群(28%)と洞調律維持群(30%)に有意差はありません。 よって,「心拍数調節は洞調律維持に劣らない」という結論が出されたのです。

 ただ,洞調律維持群では抗不整脈薬で洞調律を 4 週間以上(好ましいのは 12 週間)維持した場合,医師の判断で抗凝固療法を中止してもよいとされました。 ワルファリン投与例は心拍数調節群で 85%,洞調律維持群で 70%で,脳卒中の大半はワルファリン投与中止後あるいは INR が治療域以下の場合に発症しています。 これは,PAf で外来に来ている間に AF がなくても,ワルファリンを中止することに対し注意を提起したものだと思います。

 PAf 患者では来院時以外に,3 日間 AF が続いても自然に止まることもあるのです。 自然に止まった場合は atrial stunning(心房気絶)が起こり,左心耳の血流が低下するため,器質的疾患でなくても血栓塊を生じやすいともいわれています。 ですから,PAf でもワルファリンの適応のある方には継続したほうがよいと考えられます。

是恒 PAf でも自覚症状をもたない場合があるのですが,最近はこのような AF を感知できるペースメーカーもあります。 自覚症状なしで 2 日以上 AF が持続していた例は全体の約 1 割にみつかったという報告もありますので,患者の自覚症状だけで診断することはやはり危険だと思います。 そういうことを含めても,PAf でも高リスクの患者には原則的にワルファリンを投与すべきですね。

杉 そうですね。医師の把握できない再発による脳血栓塞栓症の発症は非常に怖いと思います。 現在,抗不整脈薬を投与されている患者で,AF が確実に抑制されているのは約 50%ともいわれていますので,私もワルファリンの投与は必要だと思います。

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