■治療学・座談会■
血管内皮障害と心血管病
出席者(発言順)
(司会)寺本 民生 氏 帝京大学医学部内科
下川 宏明 氏 九州大学循環器内科
川嶋成乃亮 氏 神戸大学循環呼吸器病態学
佐久間一郎 氏 北海道大学循環病態内科

内皮障害予防のストラテジー

■高血圧治療薬の内皮機能改善効果

寺本 内皮障害を引き起こす病態面から治療を考えていきたいと思います。 とくに高血圧では,ずり応力の問題もありますし放線的に働く力もあるだろうと考えられます。こうした力がどういうメカニズムで内皮機能に関わっているのか。 高血圧の治療で実際に内皮機能が改善するのでしょうか。

下川 高血圧が内皮機能を障害するのは,ほとんどの動物モデルで証明されています。 治療すると内皮機能がある程度改善することも動物レベルでは明らかにされています。 ただ,高脂血症や高血糖と違うのは,高血圧の場合,EDCF の関与も無視できないほど大きいことです。 エンドセリンは EDCF の一つとしてわが国で発見され,最初は高血圧の原因物質として降圧薬開発のターゲットになりましたが,どうもうまくいかず, いまでは血管障害性因子とみられて開発が行われています。 スーパーオキサイドとかプロスタグランジンのエンドパワーオキサイドのようなアラキドン酸系路から出る収縮因子がどうも EDCF らしいということになってきています。 アスピリンなどは EDCF の産生を抑制する方向に働きますので,そういう意味で従来の抗血栓作用に加えて,EDCF の産生抑制という面も大きいのではないかと思います。

 ヒトでも ACE 阻害薬の投与によって高血圧患者の内皮機能が改善したというエビデンスがあります。 問題は高血圧における内皮機能障害が原因であるのか,結果であるのかということですが,私は両方の側面があると思います。 多くは高血圧の結果として内皮機能が障害されると考えられますが,一部の研究では高血圧の家系で,まだ高血圧を発症していないような段階でも内皮機能が低下しているという結果もあります。 そういう遺伝的背景をもつ内皮機能不全が原因となっている可能性もあるのではないかとみています。

寺本 高血圧の危険因子,予知因子といったものの可能性ですね。 内皮機能は血圧を下げることによって改善するのでしょうか。 それとも ACE 阻害薬のように,薬物自体が内皮機能に対して影響を与えているのでしょうか。

下川 血圧そのものが悪さをしているのか,それに伴う病的状態が加味しているのかという点ですが,動物実験で詳しいデータがあります。 同じ降圧を達成するにも,利尿薬で降圧した場合と ACE 阻害薬で同程度に降圧した場合,内皮機能の改善は ACE 阻害薬のほうが大きいということがあります。 レニン−アンジオテンシン系などは酸化ストレスにも関わる非常に重要な系で,血圧だけでなくそういう病態を治療するほうが内皮機能は改善することが,動物実験から示唆されています。

寺本 イベント抑制試験が高血圧に関しても行われ,ACE 阻害薬や ARB でうまくいっているものが多い。 血圧も関わっているのでしょうが,内皮機能改善にもある程度効いている可能性がある。

下川 きわめて重要だと思います。それと一部のカルシウム拮抗薬。

寺本 カルシウム拮抗薬にも内皮機能改善効果・動脈硬化抑制効果はかなりありますか。

下川 ENCORE(Evaluation of Nifedipine and Cerivastatin on Recovery of Endothelial Function)でニフェジピン, PREVENT(Prospective Randomized Evaluation of the Vascular Effects of Norvasc Trial)でアムロジピンが検討されていますが, ACE 阻害薬ほどはエビデンスが蓄積されていません。

佐久間 最も悪者はアンジオテンシン II ですか。

寺本 アンジオテンシン II ですね。そうすると,内皮機能を改善するには ACE 阻害薬ないし ARB がいちばんのターゲットということになりますね。

■高血糖・高脂血症と内皮機能の関係

寺本 高血糖や高脂血症も問題です。高血糖治療は細小血管の予防を第一に考えるわけですが, 最近は大血管にも効果があるというデータが出始めている。内皮機能との関係をお話いただけますか。

佐久間 われわれは 1980 年代から糖尿病モデルラットを使って内皮機能が低下しているかどうかを調べましたが,なかなか低下を認めませんでした。 一部低下するものもありますが,代償的に他の弛緩因子の生成が亢進したりして,動物実験では低下しない場合が多いのです。

 理論的には,高血糖状態で蓄積する終末糖化産物(advanced glycation end−product:AGE)は, AGE 受容体に結びつくと酸化ストレスを増して NO が不活化するといわれています。 またポリオール代謝が増加しますので,ソルビトールがフルクトースに変換されると NAD が消費され,酸化状態になり,これも酸化ストレスの増加になります。 それから糖尿病状態ではインスリン抵抗性が増強し,NADPH オキシダーゼの活性が上がります。そうすると,NOS の補酵素である BH4 が還元された状態になってしまい,機能が落ちます。LDL も糖化します。 LDL は非常に代謝が遅いので,容易に酸化 LDL に変換します。

 そういうことから糖尿病,とくに高血糖状態では酸化ストレスの増進をはじめ,いろいろな機序で内皮機能が低下する。 とくに EDRF 機能が低下します。また,われわれは EDHF の機能も落ちることを動物実験でみています。 これには LPC が関係しているようで,カルシウム感受性を変えてしまいます。内皮から弛緩物質が出るためにはカルシウム濃度が細胞内で上昇することが必要ですが, そこがブロックされてしまうのです。

 高血糖状態を治療しますと,時間はかかりますが,それらが改善し内皮機能がよくなることはあると思います。 それ以外に,治療薬でインスリン抵抗性を改善することにより,間接的に内皮機能をよくする方策もあると思います。

下川 われわれも検討していますが,高血糖に高脂血症が重複すると内皮機能はガタッと悪くなります。

寺本 糖尿病が難しいのはそのへんです。いろいろな代謝状態が複合的に悪い状態と考えたほうがいい。 インスリン抵抗性とかメタボリックシンドロームのようなことがあると,内皮機能障害が進行します。

佐久間 メタボリックシンドローム状態ではレムナントが増加しますが,レムナントはそれ自体が内皮機能を非常に低下させることがわかっています。 レムナントをフィブラートで改善しますと,冠動脈のアセチルコリンによる弛緩が改善することが証明されています。 われわれも最近フィブラートを用いて FMD を検討しましたが,やはり改善します。 スタチンはコレステロールを低下させる以外に,CRP 低下や FMD 改善などいろいろな pleiotropic effect で効いてきますが,レムナントも下げます。 フィブラートも CRP や MMP を低下させ,ある程度 pleiotropic effect が出てくるようです。

 それでは酸化 LDL 自体はどうなのかということになりますが, これを証明するには LDL の高い状態を急に下げればいい。 初めに行ったのは久留米大学の今泉勉先生のグループで,LDL アフェレーシス患者の LDL を100 以上下げると,前腕の内皮機能が改善することをみています。 冠動脈に関しては,以前国立札幌病院におられた五十嵐慶一先生のグループがアフェレーシスの前後で内皮機能を調べ,たちどころに改善することを確認しています。 ですから,数時間以内のオーダーで酸化 LDL が減少すれば内皮機能が改善することは証明されています。

■レムナントと遊離脂肪酸から酸化ストレスへ

寺本 どうしてレムナントでそういうことが起こるのか,もう一つよくわからないのですが。

佐久間 たぶん,酸化ストレスの亢進を招くのではないかということが一つです。 あと,レムナントが上がっている状態は LDL が小粒子化した small dense LDL が増えている状態ですので,これも酸化ストレスが非常に増えた状態になります。 それらが総合的に内皮機能を低下させていると考えられます。

下川 われわれと東海大学法医学の武市早苗先生との共同研究ですが,ポックリ病で亡くなった患者は血中レムナント濃度が非常に高い。 食後の高レムナント血症のまま亡くなっている。そのレムナントの分画をいただき培養細胞とブタのモデルで検討したのですが, 平滑筋の Rho キナーゼの発現や活性が増加し収縮反応が亢進します。 内皮で Rho キナーゼの発現が上がりますと,eNOS のダウンレギュレーションが起こって,非常に冠動脈れん縮が起きやすい状態になります。

寺本 それと Rho キナーゼとのつながりがわかると非常におもしろいですね。

下川 おそらく酸化ストレスがその間に立っていると思います。

寺本 ポックリ病では,食後高血糖とか高脂血症は非常に危険だといわれていますね。

下川 とくに暴飲暴食をしたあとですね。

佐久間 運動中の突然死は食後に多いのです。これは遊離脂肪酸(FFA)が増えた状態だといわれています。 これも心室性の期外収縮を起こすことがあり,やはりポックリ病の原因になるかと思います。

川嶋 20 年近く前に,高脂食負荷の状態で,虚血モデルの動物実験をしたことがあります。 そうしますと心筋梗塞サイズが大きくなるとともに,虚血に対する閾値が明らかに下がってくることが判明しました。この基盤にはやはり内皮機能の低下などの問題があると思います。

寺本 FFA も内皮機能と関係してくるのではないかと思いますが,どうですか。

佐久間 FFA が上がるとインスリン感受性が落ちます。それもあって状態が悪くなるのではないかと思います。レムナントも増え,small dense LDL も増加し,酸化還元状態が亢進すると考えていいのではないでしょうか。

寺本 酸化ストレスに対する介入,治療はどういう効果を及ぼすのでしょうか。

川嶋 介入するときに,酸化ストレスが増えているかどうかを臨床でみなければいけないと思いますが,なかなか難しいのが実状です。 酸化 LDL も一つの指標になっていくと思いますが,現時点でよく用いられているのは 8−イソプロスタグランジン Fです。 これはアラキドン酸の過酸化物で,多くの病態において上昇していることがわかりました。

寺本 尿中ですか。

川嶋 血中では差が出なくても,尿中ではっきり差が出ます。それでは血管など局所で酸化ストレスがどうなっているかですが, 臨床における一つの方法としては,摘出組織を用い DHE などの発光法を用いてみる方法があります。 DCA(directional coronary atherectomy)で採った冠動脈疾患患者のサンプルや,オペ時に採取した大動脈瘤患者の血管サンプルを発光法でみますと, 明らかに動脈硬化で活性酸素産生が増えています。ですから,臨床においても酸化ストレスが実際に増えていることは間違いないと思います。

■タバコは最大の酸化ストレス惹起物質

寺本 FMD をやってみると,タバコを吸う方は非常に悪い。ニコチンが問題なのでしょうか。

川嶋 ガスの問題ですね。それとタール。どちらも活性酸素種を多く含んでいると思います。 おそらく,ほとんどの活性酸素種ができていると思います。 タバコ自体が NO にもなりますので,NO のラジカルとしての作用もあるかもしれません。 スモーカーの血清を取ってきて内皮細胞にかけてやると NOS 活性が下がり,NO の産生が低下するという報告がありますから, 血中に酸化ストレスが増え,内皮機能に直接的に影響を与えていることだと思います。

 タバコを吸っている方とそうでない方の尿中 8−イソプロスタグランジン Fのレベルを測ってみると喫煙者のほうが高く,禁煙すると下がります。 総合的にタバコは最大の酸化ストレス惹起物質と考えられますので,喫煙者の酸化ストレスを減らすには禁煙が何よりと思います。 ちなみにビタミン C でタバコによる内皮依存性血管拡張反応は元に戻ります。

寺本 心血管病がこれだけ重大な問題になってくると,禁煙を第 1 の目標にしなければいけない。

川嶋 受動喫煙で尿中イソプロスタンも上がるという報告がありますので,受動喫煙もよくありません。

下川 運動の効用も強調していいと思います。適度な運動は eNOS の発現を上げ,酸化ストレスも減らして内皮機能保持に非常に有効だと思います。

寺本 生活療法が内皮機能をかなり改善する。

佐久間 運動は実際に処方するのは難しいものです。とくに高齢の方とか太った方はなかなか動けない。 運動をすると,かえって足や膝を痛めてしまうことも多いのです。とくに,北海道では冬に戸外では運動ができません。

 この前の日本循環器学会で京都大学の藤田正俊先生がバイブレーションでベッドを動かすと内皮機能がよくなると発表され, アメリカでもニュースで取り上げられたとのことです。アメリカには肥満症が多いので,バイブレーションベッドが売れそうです。

川嶋 温熱療法もいいかもしれません。

佐久間 eNOS が上がるのでしょうか。

川嶋 実際に温熱療法で内皮依存性の血管反応が改善すると報告されていますので,運動と同じような効果があるのでしょう。

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