寺本 いろいろ薬も出てきて,とくにスタチン系の薬がコレステロールを下げ,内皮機能を改善するということです。
佐久間 アメリカではスタチンを OTC にして国民全員が飲んだらいいのではないかともいわれています。 初めは九州大学で,プラバスタチンを飲んだあとに冠動脈内皮機能が非常に改善すると発表され,それ以降,数多くの報告があります。
ところが,LDL コレステロール低下自体が関与するのかについては疑問があります。 最近も名古屋大学で糖尿病患者にセリバスタチンを投与した 3 日後に,コレステロールがまだ低下していないにもかかわらず内皮機能がよくなったことを FMD で確認しています。スタチンは eNOS 発現を増強させますし, CRP を下げたり,いろいろな作用があります。抗酸化薬として働くともいわれますので,それらが相まって早期からの内皮機能改善をもたらすのだろうと考えられます。
私たちも酸化ストレス状態が亢進している透析患者で,シンバスタチンを使って検討したことがあります。 透析患者はコレステロールが低く,LDL コレステロールが 50mg/dL,HDL コレステロールが 25mg/dL ほどの方にシンバスタチンを服用していただくと, LDL コレステロールは 46mg/dL と有意に下がりますが,酸化 LDL は変化しません。 ところが,イソプロスタンは低下し,それとともに 1 週間目から内皮機能が改善し,4 ヵ月目も改善が持続しました。 したがって,スタチンを飲んでいると LDL の低下の有無にかかわらず pleiotropic effect で内皮機能が改善するといえると思います。
寺本 いまの透析患者はイベント発症が多いですね。 一方,LDL−アフェレーシスでは LDL をガタンと下げることによって内皮機能がよくなる。そうすると,スタチンは両面から改善すると考えてよろしいですか。
佐久間 透析患者のイベント発症は多いです。血管も詰まりやすい。しかし,スタチンを飲んでいるとほとんど起きなくなります。
寺本 日本人にとっていい話で,おもしろいと思うのは魚の EPA です。下川先生は,これも内皮機能を改善するのではないかとおっしゃっていますね。
下川 留学中,隣のラボで EPA をブタに食べさせ,その血液だけを使って心臓を捨てていたので,心臓をもらって偶然に見つけたのです。 その後いろいろ調べますと,アゴニストによる内皮依存性弛緩反応は全部亢進しますが,カルシウムイオノフォアに対する反応は亢進させない。 そうしますと細胞膜の流動性を高め,受容体から eNOS にいくところを亢進させるのではないか。 eNOS そのものの発現は少しアップレギュレーションするという研究もありますが,主としてそういうシグナル伝達がよくなるのではないかというのが一つの機序です。
もう一つの機序は,EPA は細胞膜の中でアラキドン酸と置換しますから,アラキドン酸経路から出る EDCF の反応を抑制する。 このことも確かめていますが,その両面から作用しているのではないかと思っています。
寺本 細胞膜の流動性とかアラキドン酸との置換というと,かなり時間がかかるということですか。
下川 スタチンは単回投与でも内皮機能をよくしますが,EPA は効果が出てくるまでに約 1 週間かかります。 動物実験の話ですが,血管内皮の細胞膜上で置き換わる時間が必要ではないかと考えています。
寺本 そうすると,まさしく先生がおっしゃっているようなメカニズムである可能性がある。
下川 急性投与では,あまりはっきりした効果はありませんでしたので,そう考えています。
佐久間 最近日本では静脈血栓症が増えています。とくに術後に多いのですが, 日本人がEPA を取らなくなったからではないかと考えています。EPA を飲んでいますと,静脈血栓症予防に非常に有効です。
下川 私が留学した Mayo Clinic は米国の中西部ですが,海を見たことがないとか, 年に 1 回も魚を食べないという人がたくさんいます。 そういう人の血中 EPA 濃度は本当にゼロです。ですから,血栓症や動脈硬化などが起こりやすいのではないかと思います。
寺本 食生活の変化で,日本でも血中 EPA がかなり減ってきているといいます。
下川 週に 3 回,青魚を中心に魚を食べれば,必要な EPA 濃度は得られます。それ以下の人は EPA のサプリメンテーションが必要だと思います。
寺本 いまの若い人はそこまで食べていない。われわれもちょっと危ないかもしれない。(笑)
下川 ただし食べ過ぎますと,グリーンランド人のように出血性の疾患が多くなります。
寺本 彼らの心筋梗塞はきわめてまれです。
下川 彼らは,出血性疾患と不慮の事故で,平均寿命はあまり長くありません。
寺本 それだけパワフルだということですね。この矛盾はおもしろい。
寺本 糖尿病治療に動脈硬化予防効果があるのかどうか,どうもよくわかりません。 例えば UKPDS(United Kingdom Prospective Diabetes Study)によると,大血管にはあまり効果がないように思います。
佐久間 使っている治療薬によるのではないかと思います。いま話題になっているのは,インスリン感受性改善薬です。 とくにチアゾリン系の薬剤は PPARγを活性化し,インスリン抵抗性が改善されます。FFA も減りますし,TNFαやレプチンも減ります。またアディポネクチンが増えます。 これらはすべて内皮機能改善に働くといわれていますので,糖尿病において内皮機能改善を目指す場合には,チアゾリン系薬剤が非常に有用ではないかと思います。
最近は,ACE 阻害薬,ARB を使うと糖尿病が改善され,インスリン抵抗性が改善されるといわれています。 アンジオテンシン II は酸化ストレスを細胞内でかなり増加しますので,それが減少します。 ACE 阻害薬はブラジキニンを介して eNOS の活性も上げます。そういうことで末梢の血流をよくし,インスリン抵抗性の改善がもたらされるのだと考えられます。
寺本 食後の高血糖を抑える意味では,αGI とか最近の即効型 SU 剤はどうなのでしょうか。
佐久間 内皮機能改善までは,なかなか難しいという気がします。二次的にメタボリックシンドローム状態が改善すればよくなると思いますが。
寺本 長期的には効果があるかもしれない。
佐久間 PPARγの活性化薬,例えばフィブラートは内皮機能をかなりよくすることは確かです。
寺本 抗酸化薬としてのビタミン E の話をお聞きしたいのですが。
川嶋 ほとんどの大規模臨床試験はネガティブですが,ポジティブに出ている大規模臨床試験が二つあります。 一つは CHAOS(Cambridge Heart Antioxidant Study)です。 冠動脈疾患患者にαトコフェロールを 400〜800 IU/日という大量投与で,冠動脈イベントが 5 割近く減ったとされています。
もう一つは SPACE(Secondary Prevention with Antioxidants of Cardiovascular Disease in Endstage Renal Disease)です。 透析患者に対しαトコフェロール 800 IU/日という大量投与をしたら,これも心イベントがなくなった。 このように抑制されたデータがあることはありますが,それほど大量のビタミンを投与できるかというと,われわれの許容の上限を超えているかもしれません。 お金のほうでも非常に問題になるでしょう。そうなると,ほかの抗酸化薬を考えなければいけないと思います。
一つはプロブコールがあると思います。プロブコールには非常に強い抗酸化作用があります。 ところが HDL を下げるなどの問題があり,あまり使われておらず,とくに欧米で使われなくなっています。 考えてみると,われわれが使っている循環器の薬,とくに高血圧,動脈硬化,高脂血症に使っている薬はみな抗酸化薬です。 スタチンも抗酸化性があります。最近,私どもは ARB に非常に強い抗酸化作用を認めました。 ARB をアポ E ノックアウトマウスに投与したのですが,動脈硬化は血圧の変化なしに抑制されました。 イソプロスタンを測ってみますときれいに下がっていますし,血管壁でのスーパーオキサイドの産生が抑制されました。このように ARB は非常に有望ではないかと思います。
スタチンは,食餌性の高脂血症ウサギで検討したことがありますが,コレステロールに影響を与えない量のフルバスタチンで動脈硬化が抑制された。 または TBARS 法での酸化性が低下するのをみています。このように総合的にいろいろな薬を抗酸化薬としてとらえることが現実的ではないかと思います。
寺本 HRT のエストロゲンは,抗酸化作用もいわれています。最近あまり形勢がよくないようですが,内皮機能に関してはいいような気がします。
佐久間 閉経後の血管機能低下は,エストロゲンの低下によるのではないかといわれ,実際に閉経後女性にエストロゲンを投与しますと, 内皮機能がよくなります。問題はエストロゲンを補充すると中性脂肪が上がったり血栓症が増えたりすることです。 また子宮のある女性では黄体ホルモンを同時に投与せねばなりませんが,最も使われている酢酸メドロキシプロゲステロン(MPA)がよくないようです。 WHI(Women's Health Initiative)という大規模試験で,最近 MPA が使われない群の結果が出ましたが,それですと結果はそれほど悪くないのです。
もう一つ,現在使われている薬剤の常用量が多いようです。半分の量で十分内皮機能も改善されます。 常用量ですと CRP も上がりますが,半量ではそれも上がらない。黄体ホルモンもミクロナイズドプロゲステロンを使うといいようで, そういう日本人に適した用法,用量を探せば,HRT は非常に期待が持てるのではないかと思います。
寺本 より強力な抗酸化薬の開発は,いまも進んでいるのですね。
川嶋 ええ。superoxide dismutase(SOD)は細胞の中に入らないのが問題となり, 細胞内透過性を有し SOD 活性をもっているテンポールなどと用いるのも一つの方法かもしれません。 私たちは NOS の補酵素である BH4も抗酸化に使えるのではないかと思っています。
下川 私どもが最も注目し,検討しているのは ARB です。 ARB は ACE と同じような作用にプラスアルファが期待できますので,大規模臨床試験を含めて検討されていくと思います。 もう一つ,Rho キナーゼ阻害薬を開発しています。 これは抗酸化作用が非常に強い。 スタチンは低分子量 G 蛋白の Rho を部分的に抑制することによって pleiotropic effects を出していると考えられていますが, Rho キナーゼ阻害薬は Rho の下流の Rho キナーゼを抑制するブロッカーです。 投与しますと,eNOS をアップレギュレーションしたり,NADPH や酸化ストレスに関係している主要な酵素の発現をかなり強く抑制します。 最終的に内皮機能を改善することも確認しています。
佐久間 まだ静注だけでしたね。
下川 経口薬は,日本では狭心症を対象として臨床第 II 相試験まで終わって,いい結果が出ました。 スピードアップを図るため,現在アメリカとカナダで狭心症を対象に第 II 相を走らせています。数年後にブリッジングで日本に持ってくることができると思います。
寺本 それは,基本的に内皮機能をターゲットにした薬剤と考えていいのですね。
下川 内皮機能だけではありませんが,スパズムを起こさせないようにしますので血管平滑筋にも非常にいい作用があります。 おもしろいのは,長期投与すると血管の収縮性リモデリングが退縮します。 ACE 阻害薬やスタチンにそういう作用が一部あると報告されていますが,それを上回る作用があり,非常に驚いています。
寺本 内皮の機能がわかってきて,障害がどうして起こってくるかもわかってきた。 いろいろな薬剤を用いてイベント抑制法がわかってくれば,内皮機能をターゲットとする薬剤が生まれてくる。非常におもしろい分野になってきたと思います。
寺本 内皮機能が障害されると内皮の前駆細胞が誘導されてきて,それが血管の再生にかかわるのではないかということがいわれていますね。
川嶋 内皮の前駆細胞が浅原孝之先生(神戸先端医療センター再生医療研究部)らによって発見され,それを血管新生に応用しようというものです。 内皮前駆細胞を用いる方法と,もう一つ前の段階の CD34 陽性細胞を用いる方法があります。 これは単球系の細胞で,さまざまなサイトカインを出して,内皮前駆細胞として血管を新生するだけではなく, VEGF を含むさまざまな血管新生因子を出すことによって血管新生をすると考えられています。
観点を変えると,内皮前駆細胞は血管新生だけではなく,内皮修復にも役に立つかもしれません。 以前,浅原先生たちが,バルーン障害モデルにスタチンを投与すると内皮の re−endothelization,regeneration が促進されることを報告されています。 促進の機序としては,血中の内皮前駆細胞が増え,それによって内皮の修復が増えると考えられます。
そういうことをベースに去年,内皮前駆細胞とリスクファクターが関係するという論文が New England Journal of Medicine に出ました。さまざまなリスクファクターをもっている患者では血中内皮前駆細胞のレベルが減ってくると報告されました。 この解釈にはいろいろあると思いますが,一つは,内皮は常に傷害され,修復されることを繰り返しており, リスクファクターが多ければ多いほど修復をしなければいけないので,そのために血中の前駆細胞が減ってしまうという考え方です。
最近,広島大学の東幸仁先生たちが,血管新生療法として下肢の閉塞性動脈硬化症(ASO)の患者に CD34 陽性細胞を投与すると,血管新生に加えて,内皮機能が非常に改善したという結果を出されています。
この解釈としては,含まれている VEGF によって内皮が修復するという考え方,前駆細胞自体が血管の反応性を改善するという考え方, この両方が考えられると思います。これから,前駆細胞自体を利用した内皮修復も一つの方向として考えられていくのではないかと思います。
寺本 今日は本当にお忙しいところ,興味深いお話を聞かせていただきありがとうございました。