■治療学・座談会■
血管内皮障害と心血管病
出席者(発言順)
(司会)寺本 民生 氏 帝京大学医学部内科
下川 宏明 氏 九州大学循環器内科
川嶋成乃亮 氏 神戸大学循環呼吸器病態学
佐久間一郎 氏 北海道大学循環病態内科

血管内皮の生理と機能障害

■内皮機能は心血管イベントの予後規定因子

寺本 近年,心血管病が増えてきているという世界的な状況がありますが,血管の機能的な意味で非常に注目を浴びているのが血管内皮です。血管内皮の障害を基盤としていろいろな血管病態,血管疾病状態が引き起こされるということがよくいわれていますが,血管内皮に対してどういう手段を用いれば心血管病を予防できるのかということに視点を置いてお話を進めたいと思います。

 最初に,血管内皮の細胞自体が出すいろいろな生理活性物質は多岐にわたりますが,それらについて下川先生からお話をお願いします。

下川 血管内皮は血管内腔を覆う 1 層の扁平上皮細胞ですが,血管腔と血管壁とのバリアというだけでなく, 非常に多岐にわたる物質を産生・遊離して血管の恒常性を保つ重要な役割を果たしています。 そのうち内皮由来弛緩因子(endothelium−derived relaxing factors:EDRFs)は,広義で 3 種類あります。 1976 年に同定されたプロスタサイクリン(PGI2),87 年に同定された NO,88 年に存在が報告された内皮由来過分極因子(endothelium−derived hyperpolarizing factor:EDHF)の三つです。 これらの弛緩因子は,短期的には血管平滑筋を弛緩優位に保ち,長期的には動脈硬化の発生・進展を抑制するきわめて重要な役割を果たしています。

 これ以外にも,t−PA,トロンボモジュリンなどの抗血栓性物質を産生・遊離することがわかっていますが,血管内皮は,逆の面ももっています。 すなわち,活性化するとスーパーオキサイド,エンドセリン,plasminogen activator inhibitor−1(PAI−1)などの血管収縮物質,血栓形成促進物質も分泌します。 最近の研究で,内皮機能をいかに正常に保つかが心血管イベントの予後規定因子であることがわかってきています。

■血管内皮障害と動脈硬化

寺本 弛緩因子と収縮因子が内皮細胞から出るが,状況によって違うわけですね。

下川 正常な状態なら弛緩因子が優位ですが,炎症や低酸素など病的な状態では,収縮因子が出て動脈硬化の発生・進展に関与するといわれています。 とくに高血圧や加齢などでは内皮由来収縮因子(endothelium−derived contracting factor:EDCF)と総称される内皮由来の収縮因子の存在,関与も無視できません。

寺本 内皮障害があると実際に動脈硬化が起こってくるというエビデンスはあるのでしょうか。

川嶋 Ross の傷害反応説以来,内皮障害が動脈硬化に重要な働きをすると広く信じられてきましたが, 臨床において内皮障害が動脈硬化に結びつくエビデンスはありませんでした。 ただ,とくに動脈硬化における内皮依存性の血管弛緩反応あるいは拡張反応の低下は広く知られた事実です。 これと動脈硬化がどのように関係しているかに関しては,3 年ほど前にドイツのフランクフルトのグループと福井循環器病院の村上達明先生たちのグループがほぼ同じようなデータを出しています。

 ドイツのグループは約 7 年間,冠動脈造影で内皮依存性の拡張反応および内皮非依存性の拡張反応の経緯をみています。 その結果,初期冠動脈造影検査において内皮依存性の拡張反応が低下している群では,その後の冠動脈イベントが有意に多かったということを明らかにしています。 アセチルコリンなどの内皮依存性弛緩因子を投与すると,血管が正常ならば拡張しますが,多くの場合は動脈硬化がありますので収縮します。 アセチルコリンで冠動脈が拡張した群では 7 年間のフォローアップで,ほとんど血管イベントがなかったのに対し,収縮群で有意に血管イベントが多かったと報告しています。 同じような結果を村上先生たちのグループも出されていて,冠動脈の反応とともに前腕の内皮依存性の拡張反応をみることで将来の血管イベントを防止できるという結果を出しています。

 そして,ドイツのグループは動脈硬化がどのように進行するかをアンジオグラフィで繰り返しみています。 最初のスタートの時点において一見正常に近い血管であっても局所的にアセチルコリンで収縮しますと, その収縮部位に後になって狭窄病変が起こってくることも確認していますので,やはり内皮障害は将来の動脈硬化の進行,血管イベントの予後を規定する因子になると思います。

■血管内皮機能の測定法

寺本 血管の分岐部などは,ずり応力の減弱などで内皮細胞障害が起こります。 動脈硬化の予防にはこれらをみていく必要がありますね。内皮機能の測定は,臨床でもある程度できるのでしょうか。

川嶋 動物実験では大動脈などの血管を摘出し,等速張力実験を行います。 微小血管レベルではマイクロスコープを用いビデオで血管系を測定していますが,これらは臨床では使えません。

 臨床では,冠動脈には冠動脈造影を行い,そのときに内皮依存性の弛緩因子であるアセチルコリン,サブスタンス P,セロトニンなどを投与して血管反応をみます。太い血管の反応を検討する場合は,コンピュータを使って定量的に血管径を測定します。 抵抗血管レベルの反応を検討するには,カテ先ドプラー血流計を用いて血流量の変化を観察します。

 冠動脈にはこれらでいいのですが,内皮障害は心不全や高血圧などさまざまな病態に関係しますから,その場合には前腕血流を測ります。 この方法も二つあり,一つは太い conduit artery をエコーでみる方法です。 前腕の血流を 5 分間ぐらい遮断し,遮断を解除すると反応充血という血流増加が起こります。 少し遅れて太い血管が拡張する flow−mediated vasodilation(FMD)が起こるので,それで血管の内皮反応をみます。

 抵抗血管は血管内ドプラー法でみる方法もありますが,これは侵襲的です。よく用いられるのはプレチスモグラフィといってストレインゲージを使って前腕の容積変化を調べ, これで抵抗血管の血流の増加をみます。

寺本 一般にはエコーを用いる方法がとりつきやすいと思いますが,これがなかなか難しい。

川嶋 どうやって,それを規格化するかが問題となります。2002 年に JACC(Journal of the American College of Cardiology)に FMD 検査のガイドラインが出ましたが,同じ部位で再現性をもってみるには,ある程度の経験とテクニックが必要だと思います。

寺本 前腕動脈の内皮機能は,全身の内皮機能を反映しているのですか。

川嶋 ある程度は反映します。異論もあると思いますが,前腕の血管反応と冠動脈の血管反応が相関するという発表が多いようです。 病態によっては相関しないという発表もありますが。

■障害のメカニズムはどこまでわかったか

寺本 実際に内皮機能が障害されるメカニズムとして,どんなことがわかっているのでしょうか。

佐久間 高血圧,高血糖,高脂血症を惹起する因子や物質によるものです。とくに酸化ストレスが最も大きなファクターではないかと思います。 物質として最も重要なものは酸化 LDL です。酸化 LDL は,EDRF(PGI2,EDHF)の産生を抑制することが示されています。 なかでもリゾホスファチジルコリン(LPC)は内皮機能を直接低下させ,それらの血管弛緩物質の生成を抑制することが証明されています。

 一方,糖尿病など糖化 LDL が増えるような状態でも AP−1,NFκB,MCP−1 などの物質が内皮細胞ならびにその周囲の細胞から産生され,マクロファージの遊走を惹起するなどして PGI2や NO の産生を抑えることが知られています。そういうものが集積しますと,接着因子の活性亢進,組織因子の発現亢進,PAI−1 の亢進などで動脈硬化が進んでいきます。

寺本 酸化ストレスが非常に重要なファクターのようですが,細胞内でのメカニズムはわかっているのでしょうか。

下川 内皮依存性の弛緩反応が起こるにはアゴニストあるいは,ずり応力が内皮の細胞膜に働き, そのシグナルが受容体を介して内皮型 NO 合成酵素(eNOS)までいき,NO や EDHF が出ることが必要です。 そこでまず第 1 に,細胞膜上のレベルで受容体の異常が起こっている可能性があります。 受容体から内皮細胞の NOS にいくまでのシグナルにもいくつかの機序がありますが,第 2 にそのシグナル伝達に異常が起こっている可能性がある。 第 3 に,eNOS そのものにも補酵素であるテトラハイドロビオプテリン(BH4)の不足などの問題, あるいは前駆体としての L アルギニンの不足などの問題があります。動脈硬化の最晩期になりますと,eNOS の発現そのものが低下してきます。

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