島田 わが国の高血圧治療の問題点の 1 つは,降圧達成レベルです。 まだ改善する余地があるのではないか。もう 1 つは,Ca 拮抗薬など新しい降圧薬に使用頻度が偏っていて,利尿薬が極端に少ないということ。その理由の 1 つは,特に高齢者,潜在性に血管障害が進んでいる患者に対しては,下げすぎないほうがいいのではないかという発想が影響しているのかもしれない。
齊藤 1 つは,下がりすぎるとよくないかもしれないという J カーブ理論。もう 1 つは,The lower, the better。J カーブ理論の根拠は,頸動脈あるいは冠動脈などに狭窄がある場合,血圧を下げると灌流が悪くなる,結果として虚血,梗塞を生じるということです。 それをサポートするデータもなくはないが,HOT(Hypertension Optimal Treatment)研究では否定的で,高リスク患者でも,PROGRESS(Perindopril Protection against Recurrent Stroke Study),ALLHAT(Antihypertensive and Lipid−Lowering Treatment to Prevent Heart Attack Trial)で示されたように,130/80 あるいは 135/75 に下げるとベネフィットが得られることが明らかになっている。 そういう意味で,基本的には血圧は低いほどいいのではないでしょうか。
島田 特に高齢患者では 130/80 前後ぐらいになると,全く症状がないのに, 下げすぎを心配して降圧薬を減量したり,引き下がるような治療をする医師が,かなりいるように思います。
久代 疫学的な心血管系疾患の発症率と血圧の関係をみると,収縮期血圧は 120,拡張期血圧は 80 以上になると血圧と発症率に直線的な相関が認められています。 疫学調査では 120/80 未満が最適ですが,介入試験でそこまで下げたデータがない。 結論は出ないわけですが,J カーブについていえば,脳卒中と心臓病は分けて考えたほうがいいのではないかと思います。
Staessen らの収縮期血圧に注目したメタ分析によると,脳卒中に関しては,対照群との差が大きいほど発症率は少なくなっています。 心筋梗塞は U 字型になっているので,冠動脈疾患については J カーブがある可能性は否定できないと思います。
日本では脳卒中の予防が高血圧治療の重要な目標になるので,J カーブを心配して不十分な降圧で終始することは問題があります。 ALLHAT では最終的に全体を通じて 135/75 前後まで降圧していますが, その中でも最も血圧が下がった利尿薬群の脳卒中,心不全発症が少ないことが示されています。
ALLHAT はプラセボを用いた試験ではなく J カーブを否定することはできませんが, ALLHAT の対象者となった平均年齢 67 歳前後の集団では,130/75 までは The lower, the better が通じる可能性が高いと考えられます。 80 歳以上になると知見は不十分ですが,欧州高血圧学会(ESH)ガイドラインでは 80 歳以上の対象が含まれている介入試験のメタ分析から,降圧療法が有効である可能性が高いとしています。
齊藤 高齢者の降圧目標も話題になっています。 日本のガイドラインのようにそこまで下げたデータがないから, 少し高めでもよいという主張もありますが,国際的にみると少なくとも 140/90 にまでは,達成できるなら達成する。 そして,できればもう少し低くてもよいというのが妥当なところでしょうか。
島田 データが非常に乏しいですが,最近,拡張期血圧が低すぎるのも悪いのではないかという議論があります。
久代 国民栄養調査では,65 歳を超えると拡張期血圧の平均は低下し,収縮期血圧との差である脈圧が大きくなっています。 いくつもの疫学調査が高齢者では収縮期血圧,拡張期血圧単独よりも脈圧増大が心血管系疾患発症の重要なリスクになることを示しています。 太い動脈の壁コンプライアンスが低下し,脈波伝達速度が増すことが脈圧増大の原因であるなら,脈圧が大きい集団からの心血管系疾患発症率が高いのは当然です。 心血管系疾患リスクは,同じ収縮期血圧の場合,65 歳を超えると拡張期血圧が低いと増え,60 歳以下では拡張期血圧が高いと増えることになります。
齊藤 SHEP(Systolic Hypertension in the Elderly Program)も Syst−Eur(Systolic Hypertension in Europe)も収縮期を下げることのメリットを示しています。 やはり拡張期血圧は多少下がりすぎても,収縮期血圧をコントロールするという方向がいいと思います。
島田 おもに心臓のことが問題になるわけですね。
久代 心臓の仕事量は収縮期血圧と心拍数の積に比例しますので,収縮期血圧が高いほど心筋酸素消費量が増え,心肥大と心不全のリスクが増えることになります。 しかし冠動脈の 2/3 は拡張期に灌流されますので,拡張期血圧を下げすぎると,すでに動脈硬化性病変があり拡張予備能が低下している冠動脈では,冠血流が低下する心配があります。 収縮期血圧を下げれば,拡張期血圧も低下するので,ジレンマがあります。 SHEP では実薬群の拡張期血圧は 67mmHg 前後まで下がっていますが,心筋梗塞は減少しています。 その程度までなら,収縮期血圧の降圧を優先すべきですが,高齢者の場合は狭心症や心電図の悪化などに配慮しながら個別対応が必要です。
島田 これまで収縮期血圧を中心にやってきたので,現時点ではそうした答えしか出ないのだろうと思います。
逆に,よく実地医家から,拡張期血圧がなかなか下がらないと相談されます。収縮期はある程度下がっているが拡張期は下がらない場合,どうアドバイスをされますか。
久代 拡張期血圧の主要規定因子は全末梢血管抵抗ですから,より血管を開くような治療をせざるを得ない。 作用機序の異なる多剤を併用し,利尿薬を少量加えることで,ある程度下げられると思います。
島田 「伝家の宝刀」はないということですか。
齊藤 Alderman たちの長期研究では,中年者の拡張期高血圧の予後は比較的よいというデータがあります。 下げる努力は必要ですが,ある程度高いのは目をつぶってもいいのではないでしょうか。