畑澤 脳卒中を放射線科,画像診断の立場から考えてみますと,病因と病態が非常に多彩であることが特徴です。 虚血性脳血管障害であっても,いろいろなステージがあり,そのときどきで治療法が選択されます。血栓溶解療法が可能かどうか,それとも出血性梗塞の可能性が非常に大きいのか。 タイムリーな判断が求められますので,放射線科の中でもきわめて専門性の高い領域だと思います。 ところが,最初に CT 検査を行うことが多いですが,出血,梗塞,くも膜下出血の 3 つが区別できればいいぐらいのレベルでしかトレーニングがされていません。 まれな病気ほどみんな興味をもって勉強し,common disease であるがゆえに興味をもたれなかったという側面があります。 しかし,正しい診断に基づいた治療により,予後の改善が期待できます。 その教育やキャンペーンが放射線科医にとっても診療の先生方にとっても非常に大事ではないでしょうか。
秋田で 10 年ぐらい経験しましたが,脳卒中は特に夜や明け方に多い。土曜日,日曜日も非常に多いし,お正月も多い。 発症 3 時間以内に検査を終了するとなると,放射線科医と技師は常駐していなければいけません。 技師は CT もでき MR も動かさねばいけない,アンジオグラフィー,核医学検査もしなければいけない。 そういうジェネラル・スタッフを育てるには何年もかかります。
脳卒中を軸にしてもう一度トレーニングの仕方なり認識を変えなければなりません。今までは CT 専門,MR 専門,アンジオグラフィー専門といったように分かれてトレーニングを受けていたのですが, 急性期脳卒中を扱う病院では技師も病態を熟知していなければスムーズに進みません。 現状をみますと,確かに拡散強調画像はパワフルで診断能力も非常に高いが,患者が来れば 24 時間いつでも検査が可能かというと,対応できる病院はまだきわめて少ない。
これはやはり体制の問題ですし,また拡散強調 MRI ができれば,治療成績が非常に上がることを知ってもらう必要があります。 拡散強調 MRI は他の病気でも使っていますが,脳卒中の場合の重要性はほかの病気に比べると格段に高く,心筋梗塞の心電図に匹敵するぐらいの重要性ですから,それを認知してもらいたい。
畑澤 この問題は病院スタッフだけではなく,装置メーカーにも十分に認知してほしい。 簡便に扱えるようにしてもらわないと普及しないと思います。 医療スタッフの啓蒙も必要ですし,周辺の装置メーカー,核医学メーカーであれば薬の供給体制などまで含めたキャンペーンが必要になってくる気がします。
最近,AHA で脳血流のイメージングのガイドラインを発表しています。 虚血性脳血管障害の場合,血流量がどの程度あるかがその後の患者の治療方針や治療の効果を critical に決めますので,その血流を測る方法も重要です。 今はたくさんの機器があるうえ検査の選択肢も多いので,ある程度標準化,簡便化すること,短時間で終わることなどをメーカーも含めて考えていかないと 「血流は非常に正確に測れるが,データが出るのに治療可能な 3 時間を過ぎました」では意味がありません。
松本 社会への広報的な面も必要になってきますね。特に急性期は critical ですから。
中山 この 10 年間に脳卒中治療に大きな変革をもたらした柱は, 1 つは t−PA に代表される超急性期から急性期にかけての治療技術と画像診断の技術が非常に進歩したこと。 そしてもう 1 つは,stroke unit で治療すると予後が非常によくなることが明らかになり, 欧州を中心に stroke unit に患者を搬送するようになったことです。 いかに速く,そして,いかに専門チームがいるところに行くか。この 2 つの柱が大きな変革をもたらしました。
そこで問題になるのが,患者自身あるいはご家族が「これは脳卒中だ」と判断することと, そう判断したときの対応,この 2 つが決め手になります。そのためには脳卒中の症状についての正確な知識をもち, 発症のときにどうすればいいのかを知っていただくことが必要です。 先の調査では,症状については 1 項目以上答えられる人が 3 割と,危険因子の知識よりもさらに少ないという状況でした。 米国で行われた調査と比較しても日本人の脳卒中の危険因子と症状に関する知識は乏しく,今後それを広めることが大事だと思います。
次に「脳卒中が起きたらどうすればいいか」ですが,これはすぐに救急車を呼ぶことです。 非常に簡単なことですが,発症から病院到着までの時間を短縮する非常に大きな決め手であることがいくつものスタディで報告されています。 その点をもっと市民に知っていただかなければいけないと思っています。 ただ,ここに 1 つの問題点があります。知っていただくのはいいのですが,受け入れ態勢ができていないと,救急車を呼んだものの専門医のいない病院に運ばれてしまい, かえってマイナスになります。ようやく専門医制度ができましたので,救急隊にそういう施設に関する知識ももっていただけるようにすることが大事と考えております。
松本 情報公開とともに,地域の医療機関などのネットワークづくりを進めることも必要ですね。
松本 脳血管障害は「脳血管事故」ともいわれます。事故の規模によって発生する問題には程度の差がありますが, 事故を防ぐためには一つひとつの事例についてそうした調査を怠らず,予防システムのアップを図る必要があります。 交通事故でいえば,いかに防止していくか,起こったらいかに対処するかということに似ている。
基礎的な検討をやっておりますと,神経細胞は循環を少しでも途絶すると障害を被りやすいことがわかります。 細胞レベルでもそうです。 最近では large vessel disease(大血管病),small vessel disease(小血管病)など,障害される血管の規模に応じて脳血管障害を区分けするようになりました。 心臓から血栓が飛んできた場合は別ですが,どの血管が障害されるかという意味では同じようなことです。 細胞レベルまで考えると,今後は microvessel disease(微小血管病)といった点まで含めてコントロールできてこそ,脳を守れるのだと思うのです。 “brain attack”とは,どちらかといえばより大きめの血管での事故と,それによって生ずる stroke という比較的はっきりした病態,症状を示す言葉ですが, それですらまだ十分には認知されていません。
一方,微小血管レベルの問題は failure であり,脳不全,認知機能障害があてはまるのではないかと思います。 アルツハイマー病ですら予防できるのではないかといったデータが出されており, 特に Syst−Eur では 5 割の抑制率ですので,非常に価値があるかと思います。 vascular theory がアルツハイマー病についてもいわれておりますが,その病態の本質は微小血管の問題ともいえるかもしれません。 そういう意味で brain attack and failure の制圧に向けた予知・予防,急性期対策といった問題は,高齢化社会ではきわめて大事だろうと思います。