■治療学・座談会■
Brain Attack& Failure−制圧戦略の現状と近未来−
出席者(発言順)
(司会)松本昌泰 氏 広島大学大学院病態探究医科学講座脳神経内科学
井林雪郎 氏 九州大学大学院医学研究院病態機能内科学
畑澤 順 氏 大阪大学大学院医学系研究科生体情報医学講座トレーサー情報解析 中山博文 氏 日本脳卒中協会/中山クリニック

近未来の展望

■治療ガイドライン整備の方向性

松本 治療ガイドラインが整備されゲノムが解読されてきました。画像も大きく進歩しています。 それらのインパクトや夢も含め,予知・予防,治療などの展望を伺いたいのですが。

井林 治療ガイドラインについては AHA が十数年前から何回かに分けて出しています。 今年も ASA から急性期虚血性脳血管障害の治療法についてガイドライン改訂版が出ました (Stroke 2003;34:1056−86)。日本でも脳卒中学会が中心となってガイドラインづくりに取り組んできまして,いよいよ今年中には日本版ができあがります。

 しかしエビデンスを得るために文献を検索しますと,欧米の論文ばかりで日本のものはほとんど引かれていません。 ですから,欧米人の手引書を日本人にそのまま当てはめる気にはなれないのが実情です。 ガイドラインをつくられた先生方もそれを望んでいるわけではなく,利用できるところは参考にしてもいいといったところだろうと認識しています。 日本ならではのエビデンスを出そうとするいくつかのスタディも進行中ですので,日本人による日本人のためのガイドラインが将来はできるだろうと期待しております。

 もう 1 つは,SCU が全国的に整備され,3 時間以内に脳卒中の急性期治療が可能な施設が増えてくると思うのですが, そういった施設では均一な診断と治療をしないといけない。そのためには統一マニュアルを形づくっていく必要があるのですが, 現在,満足できるものが十分とはいえないのです。島根医大の小林教授が共通データベースとして JSSR(Japanese Standard Stroke Registry)をつくられ,それを利用している施設もあると思いますが, 全国すべての病院でそれを用いるのは難しい。地域ごとの医療機関がある程度統一したマニュアルや全数登録制のデータベースをつくり, それがいくつか集まって最終的に統一したネットワークシステムが完成されるのが理想です。 時間はかかるかもしれませんが,均一の診断・治療をもとにしたデータを集積しないと有用なエビデンスは得られないと考えます。

■ポストゲノム時代への対応

井林 脳卒中にいかなる遺伝子が関係しているかについてわかっているのは, ACE 遺伝子の多型,LPa(リポ蛋白 a)多型,ホモシステイン酵素多型など限られたものですが,大規模データベース化していけば脳卒中患者, しかも病型別に共通部分が判明してくるだろうと思います。年齢・性などをマッチさせた病気でない健常人を対照にしなければなりませんが, そういった意味で久山町のような臨床疫学研究とのタイアップも必要になってくるでしょう。 それは決して不可能な時代ではなくなってきているので,恐らく近い将来,脳卒中に関するゲノム解析はかなり進んでくるのではないかと期待しています。

■神経血管イメージングの将来

畑澤 現状をみると,画像診断の標準化もかなり大事な要素だと思うのです。 A という施設では画像からある病名をつけていて,ほかの病院でもそれと同じ診断をしているかというと,必ずしもそうではありません。

松本 JET(Japanese EC−IC Bypass Trial)でも MELT(MCA−Embolism Local Fibrinolytic Intervention Trial)でも問題になっていましたね。 血流トレーサーや機器で脳循環予備能や early CT sign に違いがある。

畑澤 ええ。チャンピオンデータで「この装置でここまでわかる」ということと,実際の使われ方のギャップはまだかなり大きいのではないか。 ですから脳卒中の医療という面で考えてみれば,標準化,簡便化,普及がここ 10 年ぐらいでできると思います。

 ポストゲノムについていえば,サイエンティフィックな意味で脳卒中についてもいろいろなことがわかってきました。 しかし,そのように新しくわかってきた生命現象に対応するイメージングの手法はまだ今はできていない。 それを客観的に画像化する手法はここ何年かの間に必ず必要になってくると思います。 また,再生医療や遺伝子治療という機能の再生を目指した場合の効果を判定する手法として functional imaging が役割を担わなければいけない。 ですから,一方で普及を図ること,もう一方で脳卒中の病態を客観的にとらえるための方法を開発すること,この 2 つがベクトルになって,ここ 10 年は進むのではないか。 もう 1 つは,画像診断が担う役割です。 動物実験のレベルでは「再開通すればこのように戻る」などわかっているのですが,患者でも同じことが起こっているかというと,それはなかなかわかりません。 動物でわかっている病態を患者で観察する手法としては,今のところ非侵襲的なイメージングしかありません。動物実験では非常に効果があったが患者ではどうなのかと。

松本 逆に,画像技術は随分進んでいるけれど chemical microsphere でみたものが, 基礎的にはどのような病態なのかといった臨床と基礎とのクロストークはまだまだ不十分なように思います。 クロストークがどんどん進み,遺伝子治療をしたときに,その治療薬がどの程度到達しているかなどが治療との絡みでわかるような情報のイメージングが進めば, これは本当にすばらしい夢になろうかと思います。

■日本脳卒中協会活動の将来の夢

松本 夢にとって現実は常に必要なものだと思います。研究に関していえば,学会で発表される研究は夢であり, それを標準化やガイドラインといった形で実際に底上げをしていくことで価値ある現実になる。 そういう意味で常に現実を変えていこうと取り組んでいらっしゃるのが日本脳卒中協会ではないかと思います。

中山 医療の観点からは「こういう治療が一番理想的だ」とはいえるのですが, それを実現するためには予算や,病院の組織改変が必要であり,地域の救急医療体制,リハビリテーションシステムなど,多くの変革が必要になると思うのです。 そういうものを動かすには医療従事者が学会でアピールしているだけではだめで, より広く一般市民,患者に,そういう方法を実現すればもっとメリットがあるということを理解していただき, 市民の声,患者の声として行政,政治サイドに伝えて社会を変えていくことを実現していかないといけない。 そのあたりが将来的に日本脳卒中協会の非常に重要な役割になってくるのではないかと思います。

 また,日本脳卒中協会の大きな柱としてきたのが連携です。今後,各地域で治療体制を整えていくには, 行政,救急隊,かかりつけ医,急性期医療を担う病院,回復期・維持期のリハビリテーションを提供する医療・福祉機関の連携が不可欠です。 そのためのネットワークをつくっていく。これが日本脳卒中協会の大きな仕事になってくるのではないでしょうか。 全国規模の仕事に加えてそういった各地域での支部活動を大きな柱にしていきたいと考えております。

 患者・市民との連携としては,より多くの方に日本脳卒中協会の電話相談をご利用いただけるようにしたいと願っております。

松本 brain attack and failure は,日本人あるいは日本の将来にとって非常に大きな問題で,対処を誤ると随分元気のない国になると思います。 逆にうまく対処できれば,欧米諸国はもとより,今後高齢化が急速に進行するであろう中国などにも,かくあるべしというモデルを出していける可能性がある。 英米医療の思想的バックボーンをつくられている William Osler 先生は“The practice of medicine is an art, based on science.”と言っています。そのためには夢をもってどんどん変えていく。 サイエンスも大事ですがそれをアートとしていくためには,いろいろな方々とともにチーム医療を実践していく必要がある。 それを担う人材を育てていくことが,近未来における脳卒中あるいは痴呆症を制圧するうえでキーポイントになるのではないかと強く感じました。本日はどうもありがとうございました。

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