大田 次に,治療についてお話しいただきたいと思います。
折津 われわれはかなり疑いがあったときには,症例によっては確定診断前に治療を開始します。 第 1 選択薬はヘパリンです。 一般的にいわれている 80 単位/kg を 1 ショットで投与し,18 単位/kg/時で持続するという方法です。 APTT(活性化部分トロンボプラスチン時間)を 1.5〜2.5 倍までの範囲で延長するようにコントロールします。 また,ワルファリンもできるだけ早期から開始し,5 日間はヘパリンと併用,INR(国際単位)2〜3 を目安にしています。 われわれは通常ワルファリン 5 mg からスタートし,増減するかたちをとっています。
大田 檀原先生のところはいかがですか。
檀原 私どもの考えも基本的には同じです。
大田 標準化されている使い方ということで,抗凝固療法から入っていくということですね。 理屈からいくと,血栓を溶かす血栓溶解療法も取り上げられるわけですが,国枝先生,病気の根本的なことからいきますと, ヘパリンに始まりヘパリンに終わるといわれるぐらい,抗凝固療法が第 1 選択として重視されるべき病態だと考えてよろしいですか。
国枝 そうですね。急性肺血栓塞栓症に限ればヘパリンが第 1 選択でいいと思います。
国枝 日本の現状では,発症後すぐに診断されず,診断がつくまでに 2〜3 週間,あるいは 1 ヵ月ぐらいかかる症例が多くあります。 それでも血栓が溶けないで残っている症例があるのですが,それにヘパリンだけで対応することが問題になります。 外国人,特に白色人種は,血栓ができやすく,また自然に溶けやすい体質で,反対にできにくいが溶けにくいという体質の日本人とは明らかに人種的な差があります。 ですから日本人の場合は,血栓溶解薬である t−PA やウロキナーゼ(UK)を早期から使うのがきれいに治る条件で,そうでないと,慢性の器質化血栓が残ることになります。
慢性の肺血栓塞栓症は,外国でも次第に注目され,最近では血栓溶解薬を使うようになっています。 しかし,脳出血などを起こしやすいことが問題になり,しっかりしたガイドラインはできていません。
日本の場合は,急性肺血栓塞栓症は早期に血栓溶解薬を使えば,手術しなくても新しい血栓の 100%近くは治ると思います。 ところが診断が遅れて,慢性あるいは亜急性のような状態になると,非常に溶けにくくなるので, 積極的に血栓溶解薬を使っていくのが本筋ではないかと思います。
大田 その場合には血栓溶解薬と抗凝固薬の併用ということではなくて,片方ずつフェーズを変えて使うということでしょうか。
国枝 併用です。ヘパリンは 1 週間ぐらい入れ,その後,ワルファリンにかえます。 急性の場合は,それと同時に UK を 24 時間持続点滴します。 UK の 1 日当りの使用量は体重(kg)当り,1 万単位というのが原則ですが,その半量くらいでも有効のようです。 持続点滴で出血傾向が出やすい例では減量あるいは中止します。 いちばん手っ取り早い指標は尿の赤血球で,ミクロのレベルで増えてくるような状態は少し危険なので,その場合は血栓溶解薬を減らします。 持続点滴は 5〜6 日ぐらい続けますが,その間は毎日尿をチェックすれば,ほとんど副作用もなくそれで十分治療ができると思います。
大田 併用については,他科の医師が加わると,危険性を誇張しすぎるあまり,しばしば議論になります。 特に,脳梗塞などの治療についていろいろ習得した研修医が肺血栓塞栓症に対するときには,とても受け入れられないような対応をするという印象を私はもっています。 ですから,改めて併用ということを国枝先生から強調していただければと思ったのです。(笑)
国枝 そうですね。脳の出血に限らず,胃潰瘍などとも合併することが多いのですが, 胃潰瘍があるから血栓溶解薬の使用を 1 日延ばしたところ致命的になった例など,苦い経験はたくさんあります。むしろ積極的に使ったほうが助かっていますね。
脳出血の場合でも,血圧をコントロールし,重症度との兼ね合いで血栓溶解薬を使うかぎり危険性はないと思います。
それで,両方使うから悪いということはなくて,血栓溶解薬は hemolytic therapy(血栓溶解療法)では持続点滴で入れるようにして,いつでもやめられるような状態にしておく。 そして,ヘパリンは APTT で,ワルファリンはプロトロンビン時間でそれぞれ検査ができるのでコントロール可能です。 これは量をコントロールしながら使っていくということで,抗凝固薬と血栓溶解薬の両者の併用が可能になります。
大田 ヘパリンに関してはダルテパリンナトリウム(フラグミン(R))という低分子ヘパリンが出ていますが,それはよく使われますか。
折津 実際には従来のヘパリンを使うことが多いですね。 理論的には低分子ヘパリンのほうがモニターが少なくてすみ,効果も同じだという報告がかなりあるようですが,国枝先生,いかがなのでしょうか。
国枝 低分子ヘパリンは皮下注射で使えるので,予防にはほとんどこれが使われており,治療には従来の未分化ヘパリンがスタンダードではないかと思います。
大田 併用という点では檀原先生のところもそのようにされていますか。
檀原 特に血栓溶解療法の併用について悩んでいます。血栓溶解療法は外国ではあまり積極的に使わないと思います。国枝先生,血栓溶解療法の適応基準はあるのでしょうか。
国枝 われわれは中等度以上の肺血栓塞栓症は血栓溶解療法を併用します。
檀原 そうすると,心エコーで右心負荷がつかまる症例は,血栓溶解療法を併用するということですね。
国枝 そうです。それよりも軽い,中小の血栓ぐらいでは,ヘパリンとワルファリンの連携でいいかと思います。
檀原 私の場合は血栓溶解療法はあまり積極的でなく, 基本的にはヘパリン,それに続いてワルファリンを加えるという,折津先生がいわれたような治療法を選択することが多いと思います。 右心負荷が明らかなものや重症例では,血栓溶解療法を使いますが。
大田 患者が急性期を脱した後,どのぐらいの期間を目安にして治療を継続するか。 もちろん背景にある病態に応じて違うと思いますが,こういう病態であれば危ないというような目安があったら,教えてください。
折津 われわれも実際に目安をもっているわけではありませんが,一般的に深部静脈血栓があるかどうかで違ってくると思います。 私は個人的にはアメリカの心臓学会が提唱している,深部静脈血栓がなければ 3 ヵ月まで,あれば 6 ヵ月という基準が妥当と考えています。 また,悪性疾患や先天性要因で血栓形成抑制が困難な場合は長期に使用せざるをえないと思っています。
大田 何か指標にされている検査所見はありますか。
折津 ありません。深部静脈血栓のある,なしで考えています。
大田 肺塞栓を予防するフィルターの活用という点ではいかがでしょうか。
折津 最近は,下大静脈フィルター留置の適応については議論があるところです。 種々の理由で長期にフィルター留置をせざるをえない場合は,そのことによって起こってくる可能性のある血栓についても考慮しなければいけないと思っています。
大田 フィルターはずいぶん工夫されてきて,半永久的にというか,ずっと入れたままの状態を維持するということも症例によっては起こってくるわけです。 その場合,いま折津先生がいわれた,異物が入っていることに対する生体の反応としての 2 次的な血栓の発症に対して,何か特別な対応をしなければいけないものでしょうか。
国枝 フィルターを入れるということは,もちろん患者のかなりの負担になることなので, 抗凝固療法をしており,なおかつそれでは不十分という患者に限ってやるということになっています。 ワルファリンだけでよければ,フィルターは入れる必要はないと思います。
一般に入れる,入れないについては議論があって,施設によってかなりばらつきがあります。 私は急性肺血栓塞栓症に限っては,急性期に完全に治療し, その後はワルファリンをライフタイム使うというかたちで対処していますが,フィルターを入れなくても再発はほとんどありません。
問題は手術の前後に起きやすいので,そのようなときに限っての一時的なフィルターは推奨しますが, 完全に治療しておけば,あるいは維持療法さえしっかりしていれば,パーマネントフィルターはほとんど必要ないと思います。
国枝 日本で深部静脈血栓症(DVT)というと,かなり深部静脈に炎症を起こしていて,すごく腫れている例をみますが, そのような例は静脈壁に血栓がくっついていて,ほとんど肺血栓塞栓を起こさないのです。 それよりも,肉眼的にはすらっとしていて,あまり所見がない例が,いろいろと問題があります。 エコーでみるとはじめて静脈に血栓ができているのがわかりますが, こういう無症状の症例で血栓が肺へ飛びやすく,飛んでしまったあとには血栓がなくなりますが, また同じところに同じ状態で血栓ができます。それを数回繰り返すために非常に危険な状態です。 これを未然に防ぐには,そこに何か処置をするか,あるいはワルファリンをずっと継続するかのどちらかになります。 ですから私は,肺血栓塞栓症の中等度以上の患者には,静脈側にサイレントな血栓ができなくなるまで, 何らかの好都合な変化が起こるまでということで,原則ライフタイムにわたり使用してもらうようにフォローアップしています。
大田 発症が若い女性の場合もあろうかと思いますが,一生のなかで,出産などいろいろな出来事がありますよね。 そのあたりの対応はどうしておられるのでしょうか。
国枝 出産の場合は婦人科の問題になりますが,ワルファリンを飲めない患者ではフィルターを入れます。 普通は腎静脈の下に入れるのですが,妊娠したときに子宮を圧迫するので,suprarenal といって腎静脈分岐部より上に入れればほとんど問題ないということを Greenfield らが報告しています。 腎静脈の上に入れると,詰まった場合に腎障害が起き,危険なのですが,将来,妊娠する可能性のある女性では, 下に入れるとフィルターが妊娠子宮によって圧迫されて危険なので上に入れるのが原則です。日本でも実施した施設は若干あったのですが,まだ一般的には普及はしていません。