■治療学・座談会■
肺血栓塞栓症の臨床的対応と問題点
出席者(発言順)
(司会)大田 健 氏 帝京大学内科 教授
国枝武義 氏 日社会福祉法人隅田秋光園 所長
折津 愈 氏 日本赤十字社医療センター 呼吸器内科
檀原 高 氏 順天堂大学総合診療科 教授

■病因・病態を把握する検査

大田 この病気はいろいろな原因で起こりますが,通常は下肢から骨盤の部分にできた血栓が飛ぶことによるもので, これが 8〜9 割の頻度を占めるといわれています。病因をつかんで状態をより正確に把握する, あるいは病気の進展を食い止めながら次の治療を行うという必要性が出てきます。 診断はついたが,次のステップとして,患者の状態をさらに把握するための検査もあろうかと思います。

 診断がついて患者もひと通りの救急処置を受け,酸素も投与されて落ち着いている。 そのような状況で,病因・病態をつかむために次のステップとして行うべき検査について伺いたいと思います。

国枝 病因ということになると,血液凝固線溶系の異常,これには先天性と後天性の異常があります。 SLE などの膠原病では,血栓ができやすいループス抗凝固因子(lupus anticoagulant)などの後天的な凝固線溶系異常, あるいは先天的なプロテイン C,S の異常がある患者では十分に注意しなければいけません。 手術で起こる肺塞栓症はそのような患者が多いといわれていますが,手術前にそうした検査をしているかというと,ほとんどしていないのが現状でしょう。 ですから術前検査として,血液凝固のしやすい疾患,肺塞栓を起こしやすいような病気の把握がまだ十分にできていません。

 ほかに病因としては,静脈うっ滞もあるので,術後早期に動かすというようなことも非常に重要になってきます。 さらに,片麻痺では動かさない側に血栓ができるし,心臓病では循環がうまくいかないので,肺塞栓を起こしやすくなります。

 もう 1 つ,悪性腫瘍に合併する例がかなりの頻度で報告されていますが,これも凝固線溶系の異常をきたします。 それは癌がある場合などでは,術前後に限らず,あるいは手術後でも数ヵ月経過してからでも起こってきます。

大田 それらを念頭に置きながら,検査を組み立てているというのが現状でしょうか。

 折津先生のところでは,どのようなアプローチをされていますか。

折津 病因はいま国枝先生がおっしゃったように先天性のものがいろいろありますが, わが国における深部静脈血栓症(deep vein thrombosis:DVT)において先天性素因を有する症例はあまり多くないという認識があり, 以前は全例は検査しておりませんでした。しかし最近の報告では,プロテイン C および S 欠損症は 10%前後との報告もあり,現在は全例に検査することを心がけています。

 また,癌で亡くなった患者の解剖例で,生前全く予想がつかなかった肺血栓塞栓症がみられ,驚かされることがあります。 癌の末期に出現してくるさまざまな症状の中に,本症も念頭に置いておかなければいけないと思っております。 さらに抗リン脂質抗体症候群も重要です。

檀原 背景疾患では長期臥床の人,特に婦人科,整形外科関係の合併あるいは手術症例ですね。 数年前に経験したのは,前立腺癌で女性ホルモンを投与されている患者で,突然失神を起こし,近くの病院に担送された例です。それぞれの背景に十分に注意しなければなりません。

 欧米ではピル服用者について書かれています。私は個人的には経験がないのですが,国枝先生,日本でもそうした患者はかなりいるのでしょうか。

国枝 いや,日本は低用量ピルで,かなり含有量を制限しています。 外国ではご承知のように,ピル服用者で DOE(労作時呼吸困難)の患者がきたら V/Q スキャンはやるようですが, すぐに肺血栓塞栓症の治療を始めるということで,overdiagnosis が問題になっていますが,日本ではまだそこまではいっていません。 しかし,先ほどいわれたホルモンは非常に重要です。泌尿器科で前立腺癌や前立腺肥大症のためホルモン療法を受けている患者は非常に肺血栓塞栓症を起こしやすく, これは重要な問題になってくると思います。

■ルーチン検査における問題点と新しい検査法

大田 現在のいろいろな検査法のなかには不足している部分が多々あろうかと思います。 こういうものが出たらより診断能力が上がるのではないかというようなことがあったら,教えていただきたいのですが。

国枝 最近,マルチスライスのヘリカル CT が開発されていますが,疑いがある場合には,そうした装置を用いて診断するのが早いのではないかと思います。

檀原 ヘリカル CT は血管がかなりきれいに描出することができると報告されています。 従来の血管造影では読影が非常に難しく,専門家の間でも亜区域および末梢の読影所見が一致せず, キャリアを積んだ人が複数で読まないと正しい診断がつかないといわれていますので, 客観的に評価しやすい CT は患者の負担も軽微ですし,非常にいいのではないでしょうか。

折津 市中病院の医師の立場からいうと,肺血流シンチグラムはすぐに実施するのが困難なことがありますし, ヘリカル CT にしてもできない病院もあると思います。肺血栓塞栓症は早期に治療しなければならないという前提に立つと, その確定診断にあまり特殊な検査が入ってきますと臨床上苦慮することが多くなります。 この点から,胸部 X 線写真と心電図および血液ガス分析の通常の検査で,本症がかなり絞れるような診断基準を作ることが重要だと考えています。

 また低酸素血症を起こしてくる原因については未だ説明できないところがあります。 低酸素血症の発症機序として low VA/Q(換気/血流比)がなければならないと思いますが, その原因として現在,無気肺説,肺水腫説,あるいはセロトニンなどによる気管支収縮説などが考えられています。 この視点からも本症におけるヘリカル CT を詳細に検討する必要があると思います。 もしヘリカル CT 上,共通する所見が存在し,さらにそれを胸部単純 X 線写真にフィードバックすることが可能であれば本症の診断上,非常に重要な情報となり得ます。

 いずれにしてもどの施設でもできる検査で,肺血栓塞栓症が疑える基準ができれば, その時点で治療をできるだけ早期にスタートすべきだと考えています。 もちろんそのときにはヘパリンなどを投与することによるマイナス面も慎重に考えなければいけませんが……。

大田 ヘリカル CT はだいぶ完成に近づいており,重症例ではそれでつかまる範囲に血栓ができていることが多いという話からすると, より体系立ったかたちで,それが治療・診断にフィードバックできることは可能かと思います。そのあたり,国枝先生,いかがでしょうか。

国枝 折津先生のお考えはもっともだと思います。 1 つは low VA/Q がいかにして起こるかということですよね。 high VA/Q は当然,血管が詰まると起こります。 これでは低酸素症にはならない。low VA/Q になる原因としては,先ほどいわれた無気肺,肺水腫,気道のスパスムですが,それはミクロのレベルです。 しかも,塞栓を起こした箇所ではないところに起きてくる。 そのため,通常の胸部 X 線写真ではクリアで,要するに病変となるような変化は何も出てこない。

 ですから,むしろ低酸素血症,特に低 CO2血症を伴う低酸素血症と胸部 X 線写真がクリアであることがまずは条件なのですが, それだけでは確定診断はできない。この病気の場合は心電図で典型的な所見があれば,確定診断に非常に近づくのですが, 心電図変化が現れる症例はきわめて限られています。確定診断ということで万人を納得させるには,何か肺血管に詰まっているという客観的な所見がどうしても必要です。

 今日,予防法と治療法の実施には危険を伴う場合が少なくなく, その重大性から考えて,overdiagnosis も underdiagnosis も両方とも許されない病気なので, 私としては肺血管のなかに詰まっているのだという確定所見をなんとしてでも得て, それから治療を進めたい。病態がほかの疾患と非常によく似ているので,そこが診断の難しいところかと思います。

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