■治療学・座談会■
肺血栓塞栓症の臨床的対応と問題点
出席者(発言順)
(司会)大田 健 氏 帝京大学内科 教授
国枝武義 氏 日社会福祉法人隅田秋光園 所長
折津 愈 氏 日本赤十字社医療センター 呼吸器内科
檀原 高 氏 順天堂大学総合診療科 教授

検査と診断

■疑いのきっかけとなる症状とは?

大田 この疾患の診断は,対象とする患者が肺血栓塞栓症の病態にあるかどうかを疑うことから始まると思います。診察にあたって先生方が肺血栓塞栓症ではないかと疑いをもたれるときは,どのような症状を念頭に置かれているのでしょうか。

 

折津 肺血栓塞栓症は急性,慢性,あるいは軽症,重症と病態によってさまざまな症状が出るので,診断が非常に難しくなるわけです。 しかし,ほとんどの症例に共通して呼吸困難の症状がみられます。 もちろん例外はありますが,90%以上の症例が呼吸困難を自覚して来院するか, あるいは術後に息切れを訴えます。従来よくいわれていた咳や血痰,胸痛という症状は,少ないものでは 10%前後という報告もあり,出現頻度にかなり幅があります。 また失神発作やその他の循環系の障害として,頻脈,頸静脈の怒張や肝腫大といった症状が出現しますし,重症の場合にはショック症状も呈します。

 

檀原 たしかに息切れを訴える症例は多いとは思いますが,その他に経験する症状が胸痛です。 胸膜痛のために来院され,X 線写真では楔型の浸潤影があり,炎症所見もごく軽度で自然に治ってしまう症例に時々遭遇します。 胸痛で来院した 17 歳の男性症例では,胸水がわずかにありますが,炎症所見はほとんどありませんでした。 このように,胸痛,特に感染症状のない胸膜痛は重要な兆候と思います。

 

大田 教科書をみると,血痰もあると書いてありますし,実際に私も経験がありますが,国枝先生,このあたりの位置付けはいかがでしょうか。

 

国枝 肺血栓塞栓症では呼吸困難や息切れは 100%の症例で出るので,突然息切れが出てきたときには,まずこれを疑わなければいけないと思います。 ただ息切れというのは,ご承知のように呼吸器あるいは循環器疾患全般にみられるので,鑑別が難しい。

 

 肺塞栓症の中等度以上の場合には,失神によって発症する例がかなりあります。 失神は,心臓や脳の病気と間違われやすいのですが,肺塞栓の場合でも,発症と同時に失神して倒れることがあります。 たぶん,かなり massive な血栓が肺動脈に詰まるので,肺血流量が減少して,一時的に心拍出量が維持できなくて,脳虚血が起こって失神するのだと思います。 しかし,しばらくすると,またけろっとして起きてきて,動き出します。 そして,そのようなエピソード後に呼吸困難が始まるのが特徴です。 たとえば,ベッドから立ち上がったときや,2 階に上がろうと急に動き始めたときに失神して倒れ, その後,息切れが出現し,しばらく我慢していても,やはり治まらずにそのまま経過した,などという症例です。

 

 失神があるのは中等度以上の症例で,失神がなくても,突然発生する労作時呼吸困難にはともかく注目する必要があります。

 

 ほかに,血痰,胸痛ももちろんあり,血痰は肺梗塞を起こした場合,胸痛はその病変が胸膜に波及したような場合に起こります。 しかし,胸痛,血痰が起こる頻度は 30〜40%以下です。そのようなことで,突然発症する息切れが最も重要かと思います。

 

■まず行うべき検査

大田 たいていの場合は急激に起こるので,手早く検査をして,鑑別診断を詰めていかなければなりません。 檀原先生はまずはどのような検査を行われているのでしょうか。

 

檀原 肺血栓塞栓症の場合は,診断のための検査と除外のための検査とがあります。 診断のための検査はルーチンにすぐにできる検査とは限りませんので,通常は疑いながらも除外診断をします。 X 線写真を撮ったり,低酸素血症がないかどうかをチェックしたりします。 そして,可能ならば血流シンチグラムの検査をお願いするというのがいちばん多い診断の経過だと思います。 もちろん,必要な場合は右心負荷の状況もチェックします。

 

大田 いくつかのことを同時に進行させるというお話ですが,折津先生はいかがでしょうか。

 

折津 呼吸困難の訴えがあると,通常,胸部 X 線写真と心電図の検査をすることになりますが, 胸部 X 線写真で説明のつかない低酸素血症を呈している場合は,まず肺血栓塞栓症を考えるべきであると私は常々指導しています。 ただし,患者の状態が悪いときにはポータブルの X 線写真の場合も多く,読影がなかなか難しいこともあります。 次に心電図で右心負荷所見の有無を調べます。 しかし心電図の動きにもいろいろあって,肺血栓塞栓症のごく初期には ST の上昇がみられることもあり,心筋梗塞との鑑別が必要な場合もあります。

 

 それから,臨床症状だけでみると,過換気症候群と鑑別を要することもありますが,その場合は血液ガス分析の検査で鑑別は比較的容易だろうと思います。

 

檀原 あとは FDP D ダイマーですね。いまは緊急検査でも活用できますので,参考にしています。

 

大田 従来は,LDH(乳酸脱水素酵素)が上がり,白血球の増加,血沈促進,そして,AST の増加もみられるということで,統計学的にはある程度高い頻度で示されているようで,そういった一般検査と並行してということですね。

 

折津 当然,心筋由来の酵素も含めて血液検査をします。 本症で LDH が上昇するとの報告もありますが,最近の LDH アイソザイムの検討では,肝由来との報告もあり,必ずしも特異的所見とはいえません。

 

大田 確かに,胸部 X 線写真で影が出るだろうと思って病気をみていると見誤るというか, 影の出ないレベルの肺血栓塞栓症は全部通り過ぎていくわけです。それから,影の割にとにかく血液ガス検査の結果が悪い症例が多いように思います。

 

国枝 そうだと思います。 ただ,問題は,外来では動脈血ガス検査をやらないことが多いので,やはり疑いを抱くことが最も大事です。 問診と心電図と X 線写真ぐらいまではやるので,このへんのところで疑いをもたないと誤診することになりかねません。 血液検査はすべての症例でやるとしても,LDH はまだしも FDP にしろ D ダイマーにしろ,外来では必ずしもすべての人に行う検査ではありません。

 

 だからこの 3 つのなかで,X 線写真は肺梗塞を合併しない限り,陰影はみられません。 肺塞栓症ではクリアであるということです。 ただ,心電図は中等度以上では動くことがあるのですが,細かいことをいうと,超急性期には,徐脈でその後頻脈となり, 各種の不整脈が出現します。 そして重症肺塞栓症では,V1〜3の ST 上昇と同時に第I 誘導の S が右軸偏位のかたちでみられます。 この ST 上昇は発症時の一時的なもので,おおかたは翌日には V1〜3の陰性 T になります。 V1〜3の陰性 T があるときには第I 誘導の S は消失します。 このように心電図が動くというのが特徴で,狭心症などと似ているので,そのところが問題になっているかと思います。

 

 発症の急性期に V1〜3の ST 上昇がみられるときに第I 誘導の S があるかないかが,心筋梗塞との鑑別の要です。 右軸偏位と同時にこの ST 上昇がみられ,その翌日には右軸偏位がとれて V1〜3の陰性 T になります。 V1〜3の陰性 T がある心電図をみたら,これは発症 2 日以降の肺塞栓を疑わなければいけません。

 

■確定診断に必要な検査

大田 治療を行うには,確定診断をしなければなりません。 しかも,テンポを早くしないことには,患者の容態はどんどん悪くなってしまうことになります。 確定診断として実際にどのようなことをされるか,あるいは最も信頼されている方法とはどのようなものか,伺いたいと思います。

 

折津 先に述べましたように,X 線上,低酸素血症を呈しうる所見の有無と心電図の右心負荷所見が重要になります。 次に,心エコーを施行し,右心負荷がかかっているかどうかをみますが,軽症の場合は右心負荷がかかっていないこともあり,必ずしも確定診断にはなりません。 しかし,右心負荷がかかっていると,かなりその可能性は高いわけです。

 

 次の段階としては肺血流シンチグラムということになりますが,これは緊急に実施するわけにはいきません。 さらに肺血流シンチグラムが早期に実施されたとしても,その評価がなかなか難しい場合があり,診断に悩むこともしばしばあります。 そのようなときには肺血管造影を検討することになります。

 

 一方,最近ではヘリカル CT で肺血栓塞栓症の診断が可能なことも多くなり, 肺血管造影の前に是非検討すべき検査と考えています。肺血管造影はそれほどリスクがないといわれていますが, 本症を増悪させる因子ということも完全に否定できず,その適応も十分考慮しなければなりません。

 

大田 CT は造影剤を入れた CT ですか。

 

折津 造影剤を使用したほうがより診断率が上がると思います。

 

檀原 そうですね。侵襲の少なくて確実なものというのが検査の原則です。 侵襲が少ないのは血流シンチグラムだと思います。 それから,肺の血管造影と CT のどちらを選ぶかということについても,非常に精度のいいヘリカル CT を使うと,区域レベルまでは病変が見つかるということが報告されています。

 

 また,MR アンジオグラフィがあります。これは,かなりのレベルの血管まで評価できるといわれています。 できる検査から早く行って,血管病変の有無を調べていくことが肝要だと思います。

 

大田 実際に先生のところではまずどのような検査をされていますか。

 

檀原 胸部 X 線写真が陰性で,症状から肺血栓塞栓症が疑われる場合には,まず血流シンチグラムを行います。 血流シンチグラムが実施できなければ,ヘリカル CT で調べることも 1 つの方法です。さらに,末梢のレベルから造影剤を投与して血管造影を行う場合もあります。

 併せて,FDP D ダイマーを測り,右心系の状況を心エコーで評価します。心エコーは右心負荷が強いと予想される患者には優先して行います。

 それから,除外診断がある程度はっきりできて,かなり肺血栓塞栓症が疑わしいケースでは,ヘパリンを入れながら検査をするようにしています。

大田 治療しながらでも,とにかく検査を進めていくということですね。

檀原 本症と鑑別すべき疾患が具体的にあがっていれば別ですが,そうでなければ,ヘパリンを入れながら検査を進めるようにしています。

大田 国枝先生,理想的な検査法とはどのようなものでしょうか。

国枝 一般には,肺シンチグラムができる施設では肺血流シンチグラムを行って,血流のデフェクトの範囲を確定すればいいと思います。 しかし,先ほど折津先生がいわれたように,肺シンチグラフィーの読影は確かに難しいところがあり,専門家がみても議論が分かれることがあります。

 

 典型的な例は肺シンチグラムでも,血流シンチグラム(Q スキャン)だけで確定できるのですが,境界領域の例では, 換気シンチグラム(V スキャン)も実施しなければならない例もあります。症例によって,そのへんのところを選別しなければなりません。 V/Q スキャンのミスマッチというか,そのようなものは確定診断の 1 つになっています。

 ゴールドスタンダードは PAG(肺血管造影)で,可能な施設ではこれを行うということが原則です。 というのは,いろいろな誤診例がかなり含まれるので,説得力のあるという意味では PAG が最も確実だからです。

大田 いま檀原先生から,状態に応じて,たとえばヘパリンを投与しながらでも検査を進めるというお話がありました。 しかし,急性で重症の状態では,少し時間的余裕を必要とするような検査は,かなりのタイムラグをおいて行うという状況になることもあるわけです。 そのような症例への対応もそれでよろしいでしょうか。診断を確定させるという点では,ほかに手段は見当たらないと考えてよろしいですか。

国枝 PAG ですか。

大田 といいますか,非常に重症な状況の患者に対して,鑑別診断を重ねていったときに, 極端な例として,より突然死に近いような状況の患者に遭遇した場合の対応,あるいは診断のプロセスですね。

国枝 致死性肺塞栓症はだいたい発症 2 時間ぐらいで死亡してしまうので,確定診断までの時間が十分ありません。 PAG や肺血流シンチグラムを行う時間的余裕が全くないことがあります。 ですから,今のところ,病理解剖で確定診断できたものから早期診断法を模索しています。 早期診断ということでは利用しやすい機器は CT でしょうね。CT をやって,あるいは MRI でもいいのですが, 造影 CT で血栓塊の検出を行い,あと心電図の変化で大きい肺塞栓症はだいたいわかります。

折津 われわれは最近,ショック症状を呈するような重症例で,急性肺血栓塞栓症が強く疑われたときには, 直ちに診断と治療を兼ねる目的で昇圧薬投与下で肺動脈造影を施行し,カテーテルによる血栓破砕術・吸引術を試みています。 また同時に下大静脈に一時的フィルターを置いてくるということも行っています。まだ例数は多くありませんが,比較的うまくいっています。

大田 血管のなかに直接アプローチされるわけですね。逆にいえば,CT が生かせるというのは根幹部に詰まるものが重症になっているから,一応,探知できるということにもなるわけですね。

折津 そうですね。

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