■治療学・座談会■
肺血栓塞栓症の臨床的対応と問題点
出席者(発言順)
(司会)大田 健 氏 帝京大学内科 教授
国枝武義 氏 日社会福祉法人隅田秋光園 所長
折津 愈 氏 日本赤十字社医療センター 呼吸器内科
檀原 高 氏 順天堂大学総合診療科 教授

疫  学

■増えている背景

大田 まずこの疾患の疫学的な側面について国枝先生に伺いたいと思うのですが, 私自身の印象としては,この疾患は増えているように思われますが,実際に増えているのでしょうか。

国枝 今から 30 年ぐらい前,私は肺塞栓症を病理的に調べたことがありますが, 当時は,問題になるようなものはほとんどありませんでした。 血液疾患に合併してみられる本当に小さい,些細なものはありましたが,今のように massive(広範性)な肺血栓塞栓症はほとんどみられませんでした。

 その後,私は,昭和 52(1977)年に国立循環器病センターが設立されたときにそこへ移り, 呼吸器と循環器の担当をして,初めて肺血栓塞栓症を診ました。 以来,年次的にだんだん増え,臨床的に問題になる肺血栓塞栓症も増えてきていると思います。

大田 だいたいどのぐらいの頻度で起こっているのでしょうか。

国枝 外国ではアメリカが非常に多く,日本では,いろいろなデータを勘案すると,アメリカの 1/50 ぐらいではないかと考えています。それでもかなりの数になりますが, これは,症状が出て,その原因が肺血栓塞栓症であった症例ということで,臨床上有意な肺血栓塞栓症です。

大田 確定診断がついたものですね。

国枝 臨床的には,広範性あるいは亜広範性の肺塞栓症と確定診断がつくものということで, 臨床の場で問題になる肺血栓塞栓症の頻度と考えていただいていいかと思います。

大田 実際に臨床の場でもそのような印象があろうかと思いますが,折津先生はいかがでしょうか。

折津 実感としてはやはり少し増えているのではないかと思っています。 その原因としては,診断技術の向上もありますし,もう 1 つは高齢者の手術が増加し,それに伴って頻度が高くなっているのではないかと思います。 特に最近の傾向としては,手術後に起こる肺血栓塞栓症が,救急で来院する患者よりも多いような印象をもっています。

大田 檀原先生はいかがでしょうか。

檀原 私が研修医になって最初に耳にした症例は,突然死された SLE(全身性エリテマトーデス)を背景にもつ若い男性でした。 剖検で肺血栓塞栓症が判明しました。 その後,高齢女性で,PPH(原発性肺高血圧症)かどうかが問題になった症例を経験しました。 今でいう慢性のタイプだと思います。背景疾患は発見されなかったのですが, 高齢者の原発性肺高血圧症はおかしいということで問題となりました。剖検で比較的末梢の肺動脈を中心に病変をもつ,慢性の肺血栓塞栓症でした。

 その後,いろいろな背景の患者を経験するようになりました。 SLE 以外の膠原病の PSS(強皮症)症例,それからさまざまな背景による長期臥床の症例と,いろいろな背景をもつ症例が増えてきたと思います。

 1985 年ごろでしたか,私の恩師の吉良枝郎先生(順天堂大学・自治医科大学名誉教授)が全国調査を行いました。 そのときの症例数は大変少なかったと思います。 しかし,吉良班長は,経時的な調査結果から,将来は日本も欧米並みに肺血栓塞栓症が増えてくる危険性があると警鐘を鳴らされたのを覚えています。

大田 最近ではエコノミークラス症候群ということで再び脚光を浴びていますが, 増えている背景,あるいは診断技術について,どのようにとらえておけばよろしいでしょうか。

国枝 頻度はそれほど高くはないのです。 飛行機という公共の乗り物で突然死するようなことが起きるということで, マスコミで非常に騒がれたのですが,この病気が特に飛行機に乗ると起こりやすいということではありません。

  先ほど折津先生がおっしゃったように,最近の統計でも手術後で多いということもありますが, そのほかにも片麻痺や心臓病,悪性腫瘍などの場合でもかなり発症します。 このような疾患を手術も含めて基礎疾患というのですが,この基礎疾患がほとんど何もないにもかかわらず発症する例もかなりの頻度であります。 最近は,手術で何かアクシデントが起こると,肺塞栓ではないかということで問題になってきているので, そのようにして関心が高まったこともあって,だんだん症例が多くなってきているのだと思います。

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