■治療学・座談会■
不整脈治療の動向
出席者(発言順)
(司会)平岡昌和 氏 
東京医科歯科大学難治疾患研究所循環器病 教授
三田村秀雄 氏 慶應義塾大学医学部心臓病先進治療学 教授
豊岡照彦 氏 東京大学医学部内科 教授

薬物療法について

■Vaughan−Williamsの分類からSicilian Gambitへ

平岡 抗不整脈薬はVaughan−Williamsの分類でI 〜IV群に分けられていて,これは非常に簡単で覚えやすいのですが,簡単すぎるため, たとえばI群,II群……と分けたときに,いったいそれが臨床的にどのような役に立つのか,いろいろ問題がありました。 その反省から出てきたのが,Sicilian Gambitという考え方です。

 

 Sicilian Gambitには,抗不整脈薬の新しい分類を考えるという面と,これまでは不整脈を治療するにあたっては, ただ経験的に薬を選んで治療していたという面があるので,それをできるだけ不整脈の成因に根ざした合理的な治療をしていこうという2つの目的があります。

 

 日本心電学会と循環器学会の診療基準委員会で,このSicilian Gambitの考え方に基づいた抗不整脈薬の選択の指針というものを出しているのですが, 豊岡先生,このSicilian Gambitの考え方,あるいはその分類についてどうお考えになりますか。

 

豊岡 私自身は頻繁は使っているわけではないのですが,循環器科の医師よりも, 一般内科や外科系の医師が不整脈の治療をするときに,適切な薬に達するのに役立つと思います。 従来のVaughan−Williamsの分類よりははるかにわかりやすいという印象をもっています。

 

平岡 三田村先生は,実際これを臨床に使うことはありますか。

 

三田村 私の病院ではVaughan−Williams分類はもう使っていません。 われわれの年代では,抗不整脈薬を用いる場合,この不整脈にはこの薬という,経験的な選択の仕方をしてしまいがちです。 それでうまくいっているときはいいのですが,新しい薬剤がどんどん増えてきて,あるいは副作用が出たときに,なぜなのか理解できないという問題が出てきます。 そのへんをもっと論理的に説明したほうが正しい選択ができるはずで,Sicilian Gambitにはそのようなバックグラウンドがあると思います。

 

 Vaughan−Williamsの分類は,伝導を落とす,あるいは不応期を延ばすという機能別の分類の仕方をしていて,ある意味では理論的なのですが, 現実の薬剤は,1つの薬剤で,伝導だけではなくて不応期も変えるという複数の作用があるので,もうすでにVaughan−Williamsの分類に押し込めること自体が不可能だと思います。

 

 もう1つSicilian Gambitの特徴は,それぞれの薬剤がどのようなチャネル,ポンプ,受容体に影響を与えて, しかもそれが,それぞれのチャネルに対してどのくらい強く効くかということもある程度はわかるような仕組みになっているので,その点も参考になります。

 

 それと複数のチャネルに働くということを知っておくと,副作用を予防することにつながります。 抗不整脈薬で1つのチャネルをターゲットにして治療しようというときに, その薬剤がほかにも作用をもっていると,その余計な作用が副作用を起こすという心配が出てきます。 そのような面をあらかじめ予測するという意味で,これは非常に役立つのではないでしょうか。 ただ,非常に大きなスプレッドシートなので,コンピューターを利用したほうが使いやすいかもしれません。

 

平岡 確かに非常に論理的だし,教育的ですよね。そのような意味では非常にいいのですが, 今おっしゃったようにあの膨大な表を見せられると,頭が痛くなることがあるので(笑), それをどうやって一般の人たちに,あの意味を理解して使っていただくかというところが,これからの問題だろうと思います。

 

三田村 1つだけ具体例をあげさせていただきますと,キニジンはVaughan−WilliamsのI群に分類されていますが, 遅い心拍数のときにはIII群作用があって,速い心拍数だとI群作用が出るといわれます。これはNaチャネルとKチャネルに働くということをいったにすぎないのですが, しかもそれが濃度によって違って,キニジンの濃度が低いときにはKチャネル遮断作用がより強く出ます。そういった基礎的理解が臨床でも求められています。

 

平岡 Sicilian Gambitの表をみると,キニジンやプロカインアミドなど古い薬が出ています。 今までは,新しい強い薬がいいんだと考えられてきましたが,実はそうではなくて,それぞれの薬の特徴をみてみると, 古くからの薬にもいいところがあるということを見直すきっかけにもなったのではないかと思います。

 

■標的分子に対する受攻性因子とは何か

平岡 Sicilian Gambitでは標的分子と受攻性因子という考え方が出ているのですが,標的分子については薬がどのようなチャネル, あるいはどのような標的に効くかということで,スプレッドシートにある程度記載されていますが,受攻性因子は入っていません。 三田村先生,不整脈のすべてに受攻性因子がわかっているわけではないですね。受攻性因子とはどのようなものでしょうか。

 

三田村 受攻性因子とは,リエントリー回路におけるウィークポイントと理解されるといいかと思います。 リエントリー回路の中で,そこをいじれば,回路が止まるかもしれないということです。 もちろんリエントリーというのは,1周のどこを遮断しても止まりますが,その中にどこかウィークポイントを持っている場合がほとんどです。 多くの場合は,伝導が非常に遅延する場所がウィークポイントになります。伝導がどのような背景で遅延しているかによって作用する薬も違ってきますが, 最もよく例にあげられるのは房室結節を介するリエントリー回路です。その場合には房室結節が伝導遅延の場所,すなわちウィークポイントです。 しかも主にかかわっている電流はCa電流だということになると,そのCa電流を抑制する治療をすればいいということになります。 このCa電流を抑制する場合,直接的にはCaチャネルを遮断することを考えますが,もう少し間接的に考えると,β受容体を遮断するとか, あるいはムスカリン受容体やアデノシン受容体を刺激する,そのような方法でも同じ効果を期待できます。

 

 ただ,すべてのリエントリー性の不整脈でウィークポイントがみつかっているかというと,実はあまりみつかっていません。 確かに伝導遅延部位はどこかにあるはずで,そこがNa電流依存性の線維であれば,そこをブロックすることによって止められるかもしれません。

 

 けれども不応期を延ばすことによって止めるという場合には,伝導遅延部位が不応期にとってもウィークポイントとなり得るかどうかというのは実はよくわかっていません。 別の場所で不応期を延ばすことによって止められるという可能性もあります。

 

 たとえば副伝導路を介するようなリエントリー回路で,房室結節で止めるというのは,先ほどもいいましたが, 副伝導路の不応期を変えるのも1つの方法かもしれないわけです。その場合,いちばんのウィークポイントは房室結節かもしれませんが, 2番目のポイントは副伝導路のほうになるかもしれません。そのようにまだまだ実際問題としてはわからないことのほうが多いと思います。

 

平岡 実際の不整脈において,もう少しこれがクリアになると,治療法ももっと理論的に説明でき, 抗不整脈薬選択の情報として使えるようになると思いますが,まだ臨床での検討がそこまでいっていないというところはありますね。

 

三田村 もう1つ付け加えますと,Sicilian Gambitは,基本的に薬剤の治療ターゲットを示したものですが, アブレーションという立場からいうと,アブレーションをどこに加えるかというのがポイントになってきます。 心臓の三次元的構造の中の,どのポイントにアブレーションを加えると,最も効率よく回路が切れるか, あるいは異常自動能のフォーカスが抑えられるかということになります。もし帯のように幅をもったリエントリーでは,かなり広い線状のアブレーションを引かないといけません。

 

 ところがリエントリー回路で,ごく狭い場所がもしあれば,狭い範囲のアブレーションですみます。アブレーションの立場からは,そのような見方があります。

 

■新しいKチャネル遮断薬の登場

平岡 最近,わが国に導入された新しい抗不整脈薬がいくつかありますが,使い勝手などについてはいかがでしょうか。

 

三田村 従来からあるたくさんの種類の抗不整脈薬は,そのほとんどがNaチャネルをターゲットにした薬剤です。 そのNaチャネル遮断薬の予後に対する影響が,CASTによって,かなり危惧されるようになりました。 そこで,Kチャネルをターゲットにしてはどうかという考え方が出てきました。 ところが,Kチャネルにしても,SWORD(Survival With Oral d−Sotalol)とよばれる大規模試験の結果,d−ソタロールという薬が,心筋梗塞後の患者において, 予後をむしろ悪化させるということが判明したのです。それで,Naチャネル遮断もKチャネル遮断も必ずしも予後を良くしないということで, 新しい抗不整脈薬の開発は滞ってしまったのですが,最近になって日本でもKチャネル遮断薬としてソタロール,あるいはニフェカラントといわれる薬剤が市場に出てきました。

 

 われわれがしばしば経験する難治性の心室性不整脈は,多くは慢性心不全のように心機能の低下した症例で出てくる不整脈です。 ところが,心機能が低下した症例では,Naチャネル遮断薬は陰性変力作用が働いて,ますます心機能を悪くしてしまいます。 あるいは,伝導を遅くすることによって,新たなリエントリー回路を作ったり,リエントリーの維持を助けてしまう可能性があります。

 

 そこで,もしリエントリーであれば,不応期を延ばすことによってリエントリーを断ち切れるのではないかという考え方から, Kチャネル遮断薬が登場したわけです。しかもKチャネル遮断薬は,原則として心機能を抑制しません。

 

 実際,急性の,心機能が非常に悪くて心室性不整脈が出て,Naチャネル遮断薬のリドカインが効かない, プロカインアミドも効かないというような不整脈では,Kチャネル遮断薬のニフェカラントが有効であるという場面があります。

 

 ソタロールは経口薬なので使い方が少し違います。基本的に予防的な目的で使われます。それとKチャネル遮断薬ではありますが, 同時にβ遮断作用もあるので,極端に心機能の悪い症例には使えず,心機能がある程度は保たれた症例で使うということになります。

 

 新しいKチャネル遮断薬が出てきたもう1つの背景は,これまでわれわれは,いろいろな薬剤が効かなくて心機能が悪い症例では, 最後の手段としてアミオダロンをよく使ってきました。ところがアミオダロンは,必ずしも使いやすい薬ではなく, 使い始めてから本来の効果を発揮するまでに数週間以上かかることもあります。救急の場面では,そこまで待っていられません。 それと,肺線維症という重篤な副作用を起こす可能性があるという面で,それに代わる薬が待たれていたわけです。

 

 そのようなことから,ソタロールとニフェカラントの2つの薬剤を,アミオダロンよりも前の段階で使ってみるという場面が, 今後増えてくるかな,という印象をもっています。

 

平岡 アミオダロンは,マルチチャネルブロッカーということで,いってみればダーティコンパウンドですね。 しかし,致死性の不整脈については非常に良く効くということで,そのような面からすると,マルチチャネルに効く薬がいいのか, あるいはある程度ゆっくり効いてくる薬がいいのかということになると思いますが, 豊岡先生は,これらの望ましいタイプの抗不整脈薬として,このようなものがいいというお考えはありますか。

 

豊岡 アミオダロンは,ダーティというより,多面的な作用をもっているので有効なのであって, もし特異的だったら,有効でなかったかもしれません。単独使用してみれば,それぞれはあまり効かないものが, うまい具体に組み合わされば有効なことがある,ということを教えているのかもしれません。

 

 従来,心機能を悪化する薬が多かったのですが,これを悪化しない薬を開発してもらいたいと思います。 私は不整脈を専門にしていませんが,重症心不全をみる立場としては,そのような薬が特に望まれると思います。

 

平岡 心機能を抑制しないというのが,非常に大事なポイントですね。

 

豊岡 副作用が起こらないということですね。

 

三田村 心機能の悪い症例における不整脈死,突然死について,大規模試験で有効性が実証されたものは,抗不整脈薬ではほとんどありません。 アミオダロンが一部の報告ではありますが,あとはメトプロロールやビソプロロール,カルベジロールと,みなβ遮断薬です。 アミオダロンもβ遮断作用があるので,大規模スタディにおいて証明されているのはβ遮断作用をもっている薬剤だけで, 残念ながら純粋な抗不整脈薬でそれに優るものは,今のところはないようです。

 
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