平岡 CASTが非常に大きなインパクトとなって以来,欧米ではすべて,死亡を抑制するかどうかということで抗不整脈薬の有効性を論じています 。私は抗不整脈薬の有効性を論じるためには,QOLの向上も決して忘れることができない要素だと思います。 不整脈治療のエンドポイントをどこに求めるかということについて,豊岡先生はいかがでしょうか。
豊岡 私自身の昔の体験ですが,心筋梗塞で不整脈が多発している症例にメキシレチンをかなり大量に使って不整脈を抑えることができました。 その患者さんはプロの写真家で,手が震えることは致命的だったので,退院後,服用を中止してしまい,突然死したケースがあります。
心室細動(VF)を怖れるからメキシレチンの投与という単純な図式は許されず,患者の生活背景,QOLを考慮したエンドポイントを求めるべきかと思います。
三田村 そのへんは,この10年間で大幅に考え方が変わってきているように思います。 確かに突然死の予防というのは何よりも重要ですが,はたして抗不整脈薬が突然死を予防できるかという問題が,まずあります。
もともと,不整脈を抑えれば突然死は減るだろうという単純な考え方があったのですが,それはCASTによって否定されました。 不整脈を抑えることが必ずしも突然死を予防することにならないということがわかってきたわけです。 多くの大規模スタディの結果からみて,従来からあるNaチャネル遮断薬で突然死を予防し,予後を良くする薬というのは,少なくとも今のところはないように思います。
唯一,アミオダロンだけが一部の症例の予後を改善するようですが,その程度のレベルの証拠しかありません。 となると,抗不整脈薬で突然死を予防できる薬は,限られた場面における限られた薬剤でしかなく,むしろ大多数の抗不整脈の役割は,QOLの改善に関連するものなのではないかと思います。
私が最近最も意識しているのは心房細動による脳梗塞です。これはもちろん予後にも関係しますが, 脳梗塞を起こすとそのあとの神経的な障害も非常に大きく,特に高齢者に与える影響は測りしれないものがあります。 ですから心房細動のマネージメントでは,不整脈を抑えること以上に,いかに脳梗塞を防ぐかということが重要ではないかと思っています。
それからもう1つ,薬物はQOL改善の面で有効なこともありますが,短期的にしか効かないことが多く, 最近はそれに代わってアブレーションという治療法が発展してきました。この治療法は,予後にインパクトを与えるということはあまりありませんが, QOLに対しては著しい効果をあげていると思います。特に発作性の頻拍症などでは,不整脈そのものの苦痛よりも, 今後,いつ次の発作を起こすかという精神的な負担に悩んでいる人たちがたくさんいます。このアブレーション療法は不整脈を抑えるのではなく根治するという意味で,QOLを劇的に改善してくれるわけです。
平岡 今まで不整脈治療の目的は,QOLの向上か,突然死の予防かという二者択一的な問いかけでしたが, おそらく不整脈の種類によって,これから変わってくるという感じがします。 たとえば,心房細動で亡くなる人はいないので,発作による患者の不快な症状を取り除くか, あるいは心房細動によって起こってくる血栓塞栓症をいかに防ぐかということで,抗不整脈薬の有効性を判断しなければいけません。 これは心室頻拍などの致死性の不整脈とは全然違うと思います。ですからこれからの不整脈治療は, おそらく,不整脈の種類によって有効性の判定基準を考えなければいけないのではないかと思います。