平岡 1990年代は,不整脈の治療という点では非常に大きな変革をきたした10年間ではないかと思います。 CAST(Cardiac Arrythmia Suppression Trial)の問題に始まって,抗不整脈薬に対する疑問,副作用,催不整脈性という問題がクローズアップされて, それを受けてSicilian Gambitのような新しい流れが出てきました。また,抗不整脈薬を使わない非薬物療法として,カテーテルアブレーションの成功があり, あるいは植込み型除細動器(ICD)の発展によって不整脈による突然死の防止ということがある程度は可能になったりして,かなりの試行錯誤が続いてきました。
それから,ほかの学問分野と同様に,分子生物学が不整脈の分野にも影響を及ぼしてきており,不整脈の成因について, あるいは不整脈の基盤をもたらす疾患についての遺伝子,分子の異常がある程度わかってきました。 その代表的なものがQT延長症候群(long QT)であり,最近はブルガダ症候群なども遺伝子の異常が原因ではないかといわれています。QT延長症候群からいうと, たとえば催不整脈を起こす1つのチャネルとしていわゆるIKr電流がありますが, そこに作用するのは抗不整脈薬だけではなく,心臓病以外の薬も薬物誘発性のQT延長をもたらすということもわかってきました。
そのように,分子生物学が臨床の場にどの程度入ってきているか,まずは三田村先生にお伺いしたいと思います。
三田村 分子生物学の知識が現実に臨床に役立つという場面は,今の時点では決して多くはないと思いますが, 先天性のQT延長症候群に関しては,大分いろんなことがわかってきました。従来は,臨床的な観察結果から, この症候群の心室細動は交感神経の緊張に伴って引き起こされるものであり,したがってβ遮断薬が効果的だろうと考えられていました。 QT延長という現象は,活動電位第2相の延長を反映したものですが,はたしてそれが外向きK電流が減ったためなのか, あるいは内向きの,たとえばNa電流が増えたことによるものなのか,それが遺伝子レベルで解明されてきました。 たとえばLQT3では,従来単純に考えられたようなKチャネルレベルの異常ではなくて,Naチャネルの異常ということもわかってきました。 それに基づいて今度はそれをどのように修飾したら治療に結びつくかという議論になってきました。薬剤の選択においても, QT延長というフェノタイプだけではなくて遺伝子型を意識しないと,より適切な治療ができないのではないかと考えられています。 分子生物学の発展によって,そのような面で役立つ情報が増えてきたのではないかと思います。
平岡 QT延長症候群で多いのは,LQT1, 2, 3という3つのタイプですが,治療面からするとその3つはかなり違うのでしょうか。
三田村 まずLQT1は外向きK電流のうちでもキネティックスの遅いIKsチャネルの機能不全によって起こります。 本来,運動や興奮など交感神経の緊張はβ受容体を介してIKsを増加させ, それによって活動電位の短縮をもたらしますが,それがLQT1では見られなくなります。 一方,β受容体の刺激はICaを増加させ,そちらの方には機能不全はないので, 結果的に内向き電流が勝って活動電位が延長します。したがってこの場合のQT延長を防ぐ一番の方法はβ遮断薬ということになります。 LQT2のほうはIKrチャネルの機能不全ですので,徐脈や低K血症によって活動電位が延長しやすくなります。 それを防ぐ方法としては心拍数をペースメーカーなどで早くしたり,スピロノラクトンのような薬剤でKを増加させるなどが考えられます。 LQT3ではNaチャネルの不活性化が遅れてNa電流が流入し続けるためにQTが延長するとされています。そのような状況ではメキシレチンのようなNaチャネル遮断薬が有効な治療薬となります。
平岡 もう1つ遺伝性の病気で不整脈が問題になるのは心筋症だと思います。豊岡先生は長年,心筋症を研究されていますが, 心筋症の不整脈の特徴ないしは治療法ということではいかがでしょうか。
豊岡 心筋症固有の不整脈をあげることはできないだろうと思います。心房性,上室性,心室性の他に, これらの混合したものが出ます。遺伝子異常を不整脈に結びつける明確な説明は難しいと思います。
私の大学では新入生全員の心電図をとりますが,不整脈を示す者がかなりみつかります。心室性期外収縮が多発している学生については, 倫理委員会と両親の了解を得て,遺伝子診断を行います。
意外と多いのがミトコンドリアによる心筋症です。軽度の心拡大を伴い,収縮能も少し低下した拡張型心筋症で, 心電図では不整脈がパラパラと出る程度のもので,超音波検査を行わないと正確にはわかりません。運動負荷をかけると不整脈が増加する例が認められます。
多数例を調べてみますとミトコンドリアの遺伝子変異は500人に1人ぐらいいて,かなりポピュラーなものです。 ただ遺伝子型が同じでも表現型が異なり,不整脈が出る場合と出ない場合があり,明確な説明をすることができません。 したがって,現段階で分子生物学の臨床応用はまだ遠いという印象です。
平岡 これまでの話題は先天的な異常についてのお話ですが,肥大心や心房細動などでは後天的にチャネルのリモデリングが起こってきます。 現在では,そのようなリモデリングについてある程度頭に入れて治療を考えないといけない時代になってきていると思います。 三田村先生,心房細動の薬物治療を考えた場合に,チャネルのリモデリングということを意識して薬の選択をされますか。
三田村 今までわれわれは不整脈に対して薬物投与をするときには,目の前にある不整脈を抑えるという目的で治療をしてきたのですが, リモデリングの概念によって,不整脈は時間経過によって変わっていくものだということを学びました。
時間とともに経過していったときの不整脈は,当初の不整脈とは性質が変わってきて,同じ薬でもだんだん効かなくなってくる可能性があるし, 初期と後期の段階では,予防的な治療も変わってきます。たとえばNaチャネル遮断薬は, 当初は心房細動の停止には非常に効果がありますが,時間とともに効きが悪くなってきて, 何週間もたった心房細動に対しては薬物的な除細動は非常に難しくなり,電気的なショックに頼らざるを得ない場合が増えてきます。
そのような点からも,心房細動を薬物によって停止するのであれば,心房細動が起こってからなるべく早く, できれば48時間以内に始めるべきで,そのような段階で投与すれば効く可能性が高いと思います。また再発に関しても, 短い心房細動のあとの予防は比較的しやすいのですが,数ヵ月もたった心房細動を除細動として, そのあとに薬を投与しても,リモデリングから十分に回復していないので,薬はすぐには効きません。 そのようなことで,心房細動ではいろいろな場面で薬剤選択が変わってくるので,どの時点でどういったチャネルに働く薬剤を選択するかということを知っておくことが,重要だと思います。
平岡 もう1つ,チャネルのリモデリングが起こるのは肥大心ですが,これについては,豊岡先生はどのようにお考えでしょうか。
豊岡 チャネルの発現を調べるため,肥大心を人為的に作って,電気的な検査だけではなくて, チャネル蛋白を免疫的に染め出してみると,空間分布が変わってくることが報告されています。
三田村先生のご指摘のように,時間的にも変わりますが,空間的にも変化します。心肥大は一般に心内膜下に虚血様の病態が現れ,膜が不安定になってきます。 特に心肥大,肥大型心筋症と狭心症は病態的には非常に似ており,相対的な虚血状態が起こると私は予想しています。
不整脈に関して,今までは現象でしか語ることができなかったものが,分子レベルで議論できるようになってきたことは大きな進歩と思いますし, その研究は今後必要不可欠な要件になってくると思います。
三田村 リモデリングは分子レベル,蛋白レベルで変わっていくわけですから,単純にdown-streamの電流を繰作すればいいという問題でなく, よりupstreamに向かって,治療ターゲットが変わってくる可能性があるのではないかと思います。