■治療学・座談会■
EBMの功罪
出席者(発言順)
(司会)豊岡照彦 氏 
東京大学医学部第二内科 教授,保健センター所長
松崎益徳 氏 山口大学医学部第二内科 教授
島本和明 氏 札幌医科大学第二内科 教授
寺本民生 氏 帝京大学医学部内科 教授

EBMに基づく薬剤の選択

■ HMG−CoA還元酵素阻害薬間の臨床的な相違

豊岡 高脂血症は最もガイドラインがしっかりしているし, その効果も歴然と出てきている領域なので,ここでは特にHMG−CoA還元酵素阻害薬を取り上げて,薬物の選択に関して話をすすめていきたいと思います。

寺本 スタチン系の薬はいろいろな試験でEBMが証明されているのですが,確かに非常に特殊な薬です。 これはLDLコレステロールの降下作用の有効性が高く,しかも最大の利点は副作用がほとんどないんです。 ですから,死亡率の面からいうとこの薬剤は非常に都合がいい。最近はスタチン系のなかで比較試験が行われていますが, スタチンを開発された遠藤章先生(東京農工大・名誉教授)によれば,なんとい ってもコレステロ ール合成抑制作用が基本的な効果であ って, その他の付加的な効果で種別化する必要はないのではないかということです。

 ただ,私が気にな っていることは,スタチンがいかにもゴ ールデンスタンダードのようにいわれますが,他の薬剤にも注目すべき物があります。 つい先ごろVA−HIT (Veterans Affairs−High−Density Lipoprotein Intervention Trial)の結果が発表されましたが, フィブラ ート系薬で明らかにイベントの発症率が低下しています。 ですから,1つの薬剤だけでなく,いろいろな面から治療を考えるべきと思います。

 アメリカのガイドラインであるNational Cholesterol Education Programでも「主たる薬剤はこうだけれども」という形で段階的な薬剤の選択を示唆しています。 その一番目だけを見て,それのみで治療するのは大きな間違いです。

豊岡 似たような話はβ遮断薬に関してもあるかもしれません。 また,心不全に関しても最近抗アルドステロン薬がまた見直されてきております。 このように治療薬には絶えず進歩がありますから,「こうでなくてはいけない」ということではなく, ガイドラインとは「いまある治療法のスタンダードを示している」という位置づけでいいと思います。

■ 日本人の特性が薬剤選択にも現れている

松崎 EBMが出ると,その薬の売り上げが非常に増えることが気になります。 これは日本で顕著ですね。われわれ日本人はどうもEBMに敏感なところがあるようです。 誰かがスタンダードを示すと,すぐに乗 ってくる。特に循環器分野ではβ遮断薬でもCa拮抗薬でも多くの種類があるのに, EBMの結果が出るとどっとそちらにシフトする。そうではなくて,そろそろEBMを取捨選択をする姿勢ができてこないといけないと感じます。 冒頭で私は自分の経験に基づく治療を否定するようなことを言いましたが, 自分の経験に基づいてEBMを判断する時代が近くな っているという意味で言ったのです。

■ 高脂血症の大規模臨床試験のトピックスから

豊岡 冠動脈疾患を抱えている患者の場合には,コレステロールが正常値であってもHMG−CoA還元酵素阻害薬を投与したほうが予後がよいという結果の試験が多いですね。 それではどの薬剤を,どのくらいの用量で,どのくらいの期間用いるか,という問題が出てきます。

寺本 ガイドラインの弱さの1つがそこにあるのです。 例えば,National Cholesterol Education Programで設定された目標値はもうほとんど世界的にスタンダードにな ってしま っていますが, その目標値が本当に正しいというEBMは実はないのです。 そこを目標にして治療をすればいいかもしれないと設定されたもので,今ようやくそのEBMが少しずつ出てきているのが現状です。 ですから,あのガイドラインは「エイヤッ」で決めたのですね。日本のガイドラインなどはも っと「エイヤ ッ」ですが。

 最近の仕事では,かなりコレステロ ールが低値の患者(二次予防でいえばCARE Cholesterol and Recurrent Events Trial)や LIPID(Long−Term Intervention with Pravastatin in Ischaemic Disease)でほぼ正常とされる患者, アメリカの基準では総コレステロ ール240mg/dL未満,LDLコレステロール120 〜130mg/dLぐらいの患者)でも HMG−CoA還元酵素阻害薬を投与するとある程度再発を予防できるという結果が出てきているので,少なくともコ ーカシアンについてはそれは正しいと言えましょう。

 もう1つ,やはり最近のTexCAPS(Texas Coronary Atherosclerosis Prevention Study)というアメリカとカナダでの臨床試験でも, 総コレステロール値が正常で冠動脈疾患がない人でもコレステロ ール値を下げることにより動脈硬化を予防できるという結果が出されています。 この試験で心筋梗塞を起こした人は比較的HDLコレステロールが低か ったことを考えますと,これは日本の臨床にも ってくることができるかもしれません。 このように,臨床試験のデータをわれわれは細かく見ていく必要があると思います。

豊岡 内皮機能の改善とか従来にない薬の効能も見つかってくることもあるのかもしれません。

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