■治療学・座談会■
EBMの功罪
出席者(発言順)
(司会)豊岡照彦 氏 
東京大学医学部第二内科 教授,保健センター所長
松崎益徳 氏 山口大学医学部第二内科 教授
島本和明 氏 札幌医科大学第二内科 教授
寺本民生 氏 帝京大学医学部内科 教授

EBMに基づく教育

■ ガイドラインに法的拘束力はない

豊岡 さて,EBMをもとにしたガイドラインができたとき,次はそれを活用するために学生や一般臨床医の教育が必要になります。 専門医はともかくとして,それほど経験の深くない者に対する教育はEBM一本やりでいいのかどうかに関して,いかがでしょうか。 学生には「これが金科玉条だ」と教えるのではなく,「スタンダードな治療はこうですよ」といいたいのです。 そこには必ずバリエーションがあってしかるべきであるし,そうしなければ医療の進歩はあり得ないと思います。 「EBMに基づいていたら大丈夫だ」と,いわば医者の免罪符的に使われることもあると思いますが,いかがでしょうか。

 

島本 それと同時に,オフィシャルなガイドラインが出た場合,そのガイドラインから外れた治療を行ってその結果が悪いとき, 法的に罰せられたり,患者側から損害賠償を請求されないかということも大きな問題です。法的に拘束力のあるガイドラインと, 日常臨床で参考にできてmodifyする余裕を残したガイドラインとでは,私は後者でなければもう医者の使命はなくなってしまうと思うのですね。 特に非専門家の方はガイドラインが出ると「何でもこれに沿っていかないとだめだ」と硬く考える可能性がありますので,むしろそちらのほうが危険です。

 

寺本 ガイドラインの本来の目的は目の前にいる患者に対して,一般的に,どう治療していくかですから, 個々の患者に対しては,その患者にあったそれぞれの治療が必要です。 ですからガイドラインはあくまで指針ですから,法的な意味をもたないのは当たり前なのです。 高脂血症のガイドラインでも,最初に「これはあくまでも1つのガイドラインであって,先生方がそれぞれで修飾されてお使いになるのが当然である」といったことをうたっております。

 

 ただ問題になるのは,表や図が出てくるとそれだけを覚えていて,まわりの記載にノータッチになってしまうことがあることです。 それがガイドラインの恐いところですね。

 

 ですから,学生に教えるときには私は2本立てでいきます。1つは病態生理から進めていく個人に対する科学的な方法,もう1つは一般に認められている平均的な治療法です。

 

豊岡 法的拘束力をもつかどうかは大きな問題になってくると思いますね。 「免罪符として使う」という意味は,ガイドラインに安住してしまってよいのかという懸念でもあります。 いわば未来志向型の治療ができなくならないかという懸念ですね。これについては社会環境,そしてマスコミを含めた整備が必要と思いますね。

 

寺本 ガイドラインがあると法的な問題は必ず出てきます。 ですから,私たちが患者に対応するときに絶対に必要なことは「この患者さんはガイドラインではこうなんだけれども, こういう理由でそこからちょっと外れて違う医療をしている」ということを自分で考えておくことです。

 

■ EBMに基づいているからガイドラインは変化する

松崎 いま寺本先生が言われたとおりのことを私は慢性心不全の治療ガイドラインの冒頭に記載しています。 日本では保険適用になっていない薬物がアメリカではずいぶん使われていますし,われわれは薬効の説明書には禁忌とある薬もガイドラインに載せているのです。 しかし,「病態生理の解析が進んで違った解釈が出てくれば,当然このガイドラインは変わってくる」「世の中の流れに沿ってガイドラインは変わってくるものだ」と序文に書いています。 つまりガイドラインとは,現時点ではこのように考えるのが最も正しかろうというものをまとめたに過ぎないと理解してほしいのです。

 

 実はアメリカでは「ガイドライン」と明記しているものは少なくて,単なるレポートとして出している例が多いのです。 例えばACC/AHAのものも“Task Force Report”といいますね。ですから,この「ガイドライン」という言葉は本当はやめたほうがいいのかもしれません。

 

寺本 そういわれてみれば,欧米では「ガイドライン」と書いていないですね。

 

■ EBMを踏まえつつ患者に即した治療を教育する

豊岡 私は病棟で学生や研修医に「ガイドラインは必ず書け」と指導しています。 「ガイドライン」を書いたうえで,個々の患者の背景に則して治療する。 例えばガイドラインでβ遮断薬を使うとされているときに「呼吸不全のある人にβ遮断薬はあえて使わない」といった記載を加えれば,万一法的な問題になってもそれが証拠として残るからです。

 

松崎 それに,日本には保険適用というしばりがありますね。 けれども,保険適用と実情とはかなり食い違っていて,実情に何年か遅れて保険適用になるのが常ですから, そのあたりのひずみを今後どうするかが問題です。これは一般の臨床医にとっては大きな問題です。

 

 保険病名というのも問題で,その病気に対する治療薬として保険適用のない薬剤を処方するときにつける日本固有の「病名」であり, 患者に告げる病名とは違っているんです。今後それがいつまで許されるかですね。

 

寺本 将来は電子カルテの時代になりますよね。私どものところではすでにICD−10で病名を入れるようになっているのですが, ICD−10で入れる病名と保険病名とが両建てになっていて,非常に問題です。ダブルスタンダードが日本にはあるという感じですね。

 

松崎 学生にはそこのところをなかなか教えるわけにはいかないのですよね(笑)。学生にEBMに基づく教育をするとなると, 保険病名をかなり使用しなければいけないことになってきます。

 

豊岡 教科書的に行うとなかなか有効ではない事例もたくさんあり,ときには極端な薬の使い方をすることもありますね。

 

 教官にはもちろん教科書的にきちんと教える義務はあるわけですが,学生や若手の医師たちがそのバリエーションを常に考えられるようにする教育も求められていると考えます。

 
前のページへ
次のページへ