■治療学・座談会■
血管新生研究の新しい展開
出席者(発言順)
(司会)室田誠逸 氏 東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科分子細胞機能学分野 教授
佐藤靖史 氏 東北大学加齢医学研究所腫瘍循環研究分野 教授
澁谷正史 氏 東京大学医科医科学研究所細胞遺伝学研究部 教授
戸井雅和 氏 都立駒込病院外科

血管新生抑制薬と制癌効果

■ 強力な制癌効果を示すエンドスタチン

室田 Nature誌に掲載されたエンドスタチンによる癌抑制の論文をみると,エンドスタチンを投与すると, その間,癌は小さくなってきますが,投与を中止するとまた大きくなり,再投与するとまた小さくなります。 これをずっと繰り返していくと,最後はエンドスタチンを与えなくても癌は小さくなったままになってしまいます。 非常に不思議ですが,ついには癌細胞が完全にやられてしまったということでしょうか。もしこれが事実だとすれば,非常に素晴らしい薬ですね。

戸井 ヒトで再現できれば素晴らしいことです。臨床試験が始まったと聞いていますので, その成績をみればいろいろなことがかなりはっきりすると思います。

佐藤 FolkmanとHanahanが共同で,膵臓のラ島の腫瘍を自然発症するトランスジェニックマウスを使って, やはりエンドスタチンやアンジオスタチンを使った成績を出しています。それでは,癌の発育を少し遅らせることはできたが, エンドスタチンを投与したから癌が消えるということではありませんでした。たしかに最初のNatureの報告は素晴らしいデータでびっくりしましたが, この系ではこのような結果でも,それがすべてに適用できるとはいえないのではないかと思います。

澁谷 アイデアも非常に魅力的ですし,結果も発表されたものは非常によかったのですが, ほかの研究グループではなかなか再現できないという報告もあったりするので,蛋白が不安定であるかもしれません。 したがって,もう少し基礎的な研究が必要な蛋白ではないかという印象を持っています。

室田 エンドスタチンには亜鉛を結合する部位があり,それによって立体構造が保たれるようで, その立体構造が保たれていないリコンビナントのものでは活性が現れないという報告も出ていますね。アポトーシスと関係があるという話もありますが,どうでしょうか。

澁谷 論文はありますが,劇的ではないですね。

室田 エンドスタチンは血管内皮細胞の中に入って分解を受けてはじめて活性を示すようになるようです。 内皮細胞以外の細胞では分解が起こらないようです。また最近エンドスタチンのターゲットはEPOだという論文も出ています。 体の中にはいたるところに血管がありますので,エンドスタチンが正常の血管内皮細胞にやたらに作用してしまっても困ることになります。

佐藤 トロンボスポンジンや,そのfamilyでp53のレギュレーションを受けているような蛋白で血管新生も抑えるようなもの, それから京都大学の開先生がやられているコンドロモジュリン1や,ほかにもいくつかありますが,そのようなものも含めたかたちで, 今後インヒビターは評価していかないといけないのではないかと思います。

■ 血管新生抑制薬の開発状況

室田 血管新生抑制薬は,いまどの程度のところまで開発が進んでいるのでしょうか。

佐藤 欧米を中心にして,かなりの薬剤が臨床試験で第U相,第V相までいっています。 有名なものとしてはフマジリン誘導体のTNP470がありますが,これは副作用で中止しているようです。 いま非常に有力視されているのは次の2つの系統の薬剤だと思います。1つはMMP(マトリックスメタロプロテアーゼ)の阻害薬です。 マリマスタットをはじめいろいろなものがいま走っていますが,これはマトリックスを消化するようなMMPをブロックします。 この場合は血管新生も抑えるし,癌の浸潤も抑えるというかたちで効果を出していきます。

 もう1つは,VEGFのシグナルをブロックしようということで,抗体もあるし,VEGF受容体キナーゼの阻害薬というものもあります。 その2つは同じような標的ということで,現在,たくさんのグループが開発を進めているので,今後,新しい薬を含めてさらに出てくるのではないかと思います。

 ヒトでのいままでの成績は,報告が断片的なのでよくわかりませんが,かなりいいということをきいています。 戸井先生,そのあたりはいかがでしょうか。

戸井 VEGFをターゲットにした治療は現在最も注目をされていると思います。 1つはVEGFあるいはPDGFなどのシグナル・トランスダクション阻害薬で,これはある一定の効果が出ているようです。

 もう1つはVEGFのヒト化中和抗体で,大腸癌と肺癌で第U相に入っており,乳癌や腎臓癌でも行われつつある状況で,注目を集めています。

 変わったところでは,COX−2の阻害薬のもつ,血管新生阻害作用なども注目されています。 また,すでに臨床で広く使われている薬ですが,タキサンの血管新生阻害作用も非常におもしろいと思います。 とくに,タキサンは大量間欠投与より少量頻回投与のほうが抗腫瘍効果が高いことが見出されてきており, タキサンのもつ抗血管新生作用が抗腫瘍効果の違いに関与しているのではないかと想定されています。

室田 澁谷先生のところも新しい薬の開発に関わっていらっしゃいますね。

澁谷 VEGFと受容体,そのシグナルについて研究しており, いろいろな段階でのブロックができるのではないかということでいくつかの日本の企業と共同して研究しています。 1つは受容体に対する中和抗体の開発で,着実に進んでいます。キナーゼの阻害薬は理論的には可能で, アメリカではすでに1つか2つ開発されております。日本の企業でも遅ればせながらも,そのような開発研究,共同研究を進めています。

 VEGFに対する治療を受けたとしても,おそらく遺伝子発現の違いなどから癌組織からはまた逃れようとする細胞が出てくると思うので, そのような点ではたくさんのステップに対して有効な薬を作っておくのは非常に大切ではないかと思います。

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