室田 癌が大きくなったのでそれを切除したら,いままでじっとしていた転移先の癌が急に大きくなってきたことから, 癌自体が転移先の癌細胞の増殖を止めるような物質を出しているのではないか,という疑問がきっかけとなって, アンジオスタチンとエンドスタチンが発見されました。実際にすべて癌というものは,切除すると転移先の癌が急に大きくなるものなのでしょうか, あるいは,取らない限りじっとしているものなのでしょうか。
戸井 取って急激に大きくなるというエビデンスはどこまであるかといわれても困るのですが, そのような臨床経験は確かにありますし,その逆もそれほど頻度としては多くはないかもしれませんが確実にあると思います。
室田 もともとの癌があっても,転移先でもどんどん大きくなるケースもあるということは, 癌細胞が促進因子と抑制因子を出していて,そのバランスが重要だということになるのでしょうか。
戸井 アンジオスタチンもエンドスタチンもまだヒトの体内での動態がはっきりしていないので, メカニズム・オリエンテッドでどこまでそのことがいえるかわかりません。しかし,臨床的にはそのようなことは以前からいわれています。
室田 エンドスタチンもアンジオスタチンも,その構造が決まってみると, われわれの身体の中に実際に存在しているコラーゲンやフィブリノーゲンが部分的に壊れてできたものだということがわかりました。 先日,中国の天津で行われた血管新生に関する国際会議では,Folkmanのところの研究者が, さらにそのような抑制物質をみつけて発表しておりましたが,トランスファーRNAの一部だといっていました。
こうしてみると,癌細胞が実際にわれわれの体を構築しているいろいろなものをうまく加工して, そのような抑制物質につくりかえていることになり,非常におもしろいことだと思います。アンジオスタチン, エンドスタチンに関してほかに何か興味深い話がありますでしょうか。
戸井 アンジオスタチン,エンドスタチンは,あるフラグメントが生理活性をもつことで, ネガティブ・フィードバッグの役目を本来持っていると考えられます。それは,プロラクチンのフラグメントであるとか, 最近いわれているHGFのNK4,あるいはアンチトロンビンIIIの凝固系のフラグメントにも同じように血管新生を抑制する作用があります。 これは局所のネガティブ・レギュレーターとして非常に重要だと思います。
室田 それは,クリングルドメインをもった物質には共通して血管新生抑制作用があるかもしれませんね。
佐藤 エンドスタチンは全然違います。XVIII型コラーゲンです。
アンチトロンビンIIIもクリングルではないと思います。それからプロラクチン・フラグメントも全然クリングルがありません。
戸井 もう1点はやはりマウスの系の話ですが, いわゆるポジティブ・レギュレーターと比べて血中の半減期が非常に長いという点が大変重要だと思います。 だからこそ原発巣の制御が転移巣の増殖に関与してくることになります。 ただ,残念ながらヒトではまだその仮説を立証する明快なデータが出されておりません。 アンジオスタチンについてはデータは全くなく,エンドスタチンの解析のほうは最近キットが出たので検討が始まっています。 いずれにしてもヒトでどこまで理解されるかが,重要なポイントだと思います。