室田 血管新生には,胎児のときに起こるvasculogenesis(脈管形成)と, 成長してから起こってくるangiogenesis(血管新生)があります。血管新生は,血管内皮細胞の一部が基底膜を越えて血管外へ発芽し, 新しい血管をつくるというように理解されていましたが,1997年に浅原先生らが,血液の中に内皮細胞の前駆細胞が存在し, たとえば血管新生が必要な場所があるとそこへ馳せ参じて血管新生に関与するという, あたかも脈管形成のような血管新生を行うのだという,驚くべき実験的証拠を発表されました。 そのへんの血管内皮前駆細胞(endothelial progenitor cell :EPC)のお話を戸井先生にもう少し詳しくお伺いしたいと思います。
戸井 腫瘍血管新生における前駆細胞の役割は,血管新生の概念を大きく変えてきていると思います。 実際にヒトの腫瘍血管新生において前駆細胞がどれだけ役に立っているのか,どのように関与しているかということについては, まだ必ずしも明らかにはされていませんが,タフツ大学のグループのマウスにおける研究をみる限りは, 少なくともある割合の腫瘍血管は骨髄由来と思われます。 したがって,Folkmanらが提唱してきたpre−existing endotherial cellからの血管新生という概念とはまったく異なる概念が新たに入ってきたことになります。
戸井 EPCの具体的な分化などに関しては,先ほど澁谷先生がおっしゃられたとおりだと思います。 どの因子が具体的にEPCを局所に誘導するのかということがもう1つ重要な問題で,いまのところVEGFが最も有力になっていると思います。 もちろん,他の因子が複雑に絡み合っており,そのあたりの研究はいま盛んに行われています。
それから最も重要なのは,ヒトで骨髄由来の前駆細胞による血管新生が起きているかどうかですが, 論文でみる限りは,まだ具体的に立証した報告はないと思います。 ただし,ヒトの循環血中の単核球を取ってきて内皮細胞に分化させるという実験はすでにいろいろ行われていて, かなりのパーセントで循環血中の単核球が血管内皮に分化できるということが証明されてきています。
室田 どのぐらいの割合でしょうか。
戸井 浅原先生や高橋先生のお話では,5%前後といわれています。
室田 ふつうの人の血液を抜いてきて単核球を集めると,その5%ぐらいはEPCと考えられるということでしょうか。
戸井 数字を論ずるのは難しい問題ですが,ともかく血管内皮に分化できる能力を持っている単核球が循環血中にある割合で存在すると考えてよいのではないでしょうか。
室田 EPCのマーカーとして,KDR陽性,PECAM−1陽性,CD34陽性,それからVE−カドヘリン陽性と, 4つぐらいクライテリアがありますが,それでよろしいのでしょうか,それともまだ議論の余地のある段階でしょうか。
戸井 おそらく浅原先生らが研究されている系では,わりとシンプルで,循環血中より単核球を分離し, VEGF存在下フィブロネクチンコーティングディッシュにて培養をすると数回で内皮に分化した細胞が得られるということです。現在ラットでやっておりますが, その実験系でも同じように取れてきています。
室田 たとえばヒトの臍帯血中にはEPCが豊富にありそうな気がしますが,どうでしょうか。
佐藤 久留米大学の室原先生のグループがヒトの臍帯血からCD34陽性の細胞を取ってきて血管新生を起こす実験を報告されています。 臍帯血は非常にいいソースになるようです。澁谷先生もたぶん臍帯血でやられているでしょう。
澁谷 やっていますが,まだはっきりと同定するところまでいっていません。
室田 確実にEPCが取れるようになった場合に,それを虚血の部分に入れ込むことはできるのでしょうか。
佐藤 それを皆さんが考え,実験が行われており,骨髄からの細胞を注入することを提唱している研究者もいます。