室田 VEGFは現在,何種類かみつかってファミリーを形成していますが,その受容体も複数みつかっています。 その主なものとしては,澁谷先生のみつけられたFlt−1がありますが,これは内皮細胞に遊走のシグナルを出すといわれています。 それにもう1つ,KDR(2型受容体)といわれている受容体がありますが,これは主に内皮細胞の増殖を担っているといわれています。このように言い切ってよろしいでしょうか。
澁谷 まだ完全にそう言い切れるところまでは至っていないと思います。 条件によってはKDRが両方のシグナルを出すことはありえますが,Flt−1は増殖刺激活性は非常に弱く,一方,マクロファージ,場合によっては内皮細胞に遊走刺激を入れます。
ただ,VEGFに対する親和性がFlt−1は非常に強いのです。胎生期にはむしろVEGFをトラップして濃度をほどほどに下げるという抑制的な性格も持たされているようだと,われわれはみています。
室田 最近では遊離型のFlt−1を使って,血管新生や癌を抑制しようという研究もありますが,それにつながってくるわけでしょうか。
澁谷 そうです。最近になり遊離型Flt−1は生理的に使われている蛋白であることが,しだいにはっきりしてきました。 とくに,ネズミの遺伝子の遊離型Flt−1を調べたところ,イントロンに由来するはずのアミノ酸が30個ぐらいつくのですが,ヒトとマウスで非常によく保存されていました。 ということは,そのような蛋白が遊離型Flt−1として何かの役割を担わされているということを強く示唆しています。
室田 VEGFの受容体について,Flt−1,KDRのそれぞれについてのノックアウト動物を使った研究が報告されています。 非常に興味深いものでしたが,それについて佐藤先生に詳しくお話しいただきたいと思います。
佐藤 受容体はいずれもノックアウトマウスの報告がなされています。 それから澁谷先生がその後でFlt−1のキナーゼ・ネガティブの突然変異も研究されていますが, アウトラインとしては,2型受容体であるKDRをノックアウトすると血管芽細胞から血球細胞,内皮細胞の両方の分化がなくなることがわかっています。 一方,Flt−1は完全にノックアウトしてしまうと内皮細胞は出てくるが,血管様の構築をつくることができず, 管腔内に異常に増殖したような像がみえ,やはり胎生致死になることから,2つの受容体がまったく別々な機能を担っている, 少なくともKDRがそれ以外の成績からも大切なシグナルを伝えているらしいということがわかっていいます。
澁谷 シグナルを定量的にいうことはかなり難しいと思いますが, 2番目の受容体KDRがたぶん増殖シグナルの90%ぐらいを出しているであろうと思います。 1番目の受容体Flt−1もキナーゼがあるので,ポジティブなシグナルも若干は出すが,生理的な条件, とくに胎生期にノックアウトすると内皮細胞が過増殖に近い反応を示すので,胎生期にはVEGFをトラップするという性格が大事なようです。 たしかにキナーゼを除いても,細胞外の部分を残しておくとマウスはほぼ正常な血管をつくれることから,単純に解釈するとそのようになります。
室田 ES細胞(胚性幹細胞)から血管内皮前駆細胞に分化するときに, KDR陽性のクローンから血管内皮の前駆細胞が出てくるようですね。
澁谷 西川先生のデータでは,胎生期にはVEGFのKDR陽性細胞から内皮前駆細胞が出てきますね。 また,浅原先生のデータですと,KDRの抗体を使って,KDRの陽性細胞をCD34陽性細胞から選ぶと,成熟期でもそのようなところから内皮様の細胞が出てくるようです。
佐藤 それと最近は胎児のVEGFの発現パターンを示した報告がなされています。 それによると胎生初期の脈管形成(vasculogenesis)のときはVEGFの発現が非常に多く,それからだんだん減っていきます。
最初はVEGFが非常にたくさん出ていて,しかも内皮の分化に効いているらしいことは間違いありません。
室田 VEGFの作用として,血管内皮細胞の維持に重要で,それがないとアポトーシスを起こしてしまうという説もありますが,そのあたりはいかがでしょうか。
澁谷 われわれの実験では,ラットの骨髄から取った初代培養の内皮細胞では, VEGFに対する依存性が非常にはっきりしていて,VEGFを入れないと,別な増殖因子を入れてもほとんど抑えることができず,死んでしまうということがあります。 HUVEC(human umbilical vascular endothelial cell)においても,VEGFは重要な生存因子として働いていると思います。
室田 VEGFは最初は血管透過性因子(vascular permeability factor :VPF)としてみつかっていましたので,血管透過性の亢進作用も重要だと思うのですが, そのあたりに関しては研究が遅れているのか,あまり報告がないようです。なぜ血管透過性がこのシグナルを使って亢進してくるのか, そのあたりに関しては何か新しい知見がありますでしょうか。
澁谷 いくつか実験はされていますが,まだ個体レベルを使わないとin vitro実験系ではきれいな透過性がみえないことが最大の障害です。 そのため,シグナル伝達については完全にはわかっていません。VEGF165は非常に強い透過性亢進活性がありますが, あとはほかのいくつかのファミリーでどれが透過性活性があるかという点では,世界的にも完全な一致はなく, 少しずつ矛盾したデータが出てます。その中ではっきりいえるのは2番目の受容体だけに結合する, ウイルスから得られたファミリー,それをわれわれはVEGF−Eという名前で呼んでいますが,そのファミリーはかなり強い透過性亢進活性を出すので, おそらく最初はKDRがその受容体に関与しているのだと思われます。
ただ,その次の細胞の中にいくと,ボストンのDvorakらがいっているような小胞構造が大事なのか, あるいは京都大学の月田先生らが研究されているようなタイトジャンクションの問題なのかというのは,まだ決着がついていません。