■治療学・座談会■
血管新生研究の新しい展開
出席者(発言順)
(司会)室田誠逸 氏 東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科分子細胞機能学分野 教授
佐藤靖史 氏 東北大学加齢医学研究所腫瘍循環研究分野 教授
澁谷正史 氏 東京大学医科医科学研究所細胞遺伝学研究部 教授
戸井雅和 氏 都立駒込病院外科

血管新生研究の歴史

室田 血管新生(angiogenesis)という言葉を聞いた場合, 一般的には創傷治癒過程や,血栓が生じたところの周りにバイパスができるといったことなどを想像するのではないかと思います。 実際に,血管新生の研究はそのようなことを念頭に置いて始められたのだろうと思われます。

 ところが血管新生をまったく別の角度から眺め,血管新生の研究に新しい命を吹き込んだのはFolkman教授です。 Folkmanは1971年に,癌の発育・成長が完全に血管新生に依存していることを突き止めました。 さらに彼は,癌細胞は自ら血管新生因子を放出し血管新生を促すことによって,癌自体が増殖するための栄養を得ているに違いないと考えました。 そして,血管新生を阻害することが癌の制御につながるという考え方を提唱しました。

 これを契機に,制癌という観点から,血管新生の研究は発展してきました。その後,1989年には,Folkmanの説が正しかったことを証明するように,血管内皮増殖因子(vascular endothelial growth factor :VEGF)が発見され,血管新生の研究に大きなインパクトを与えました。

 さらにFolkmanは,癌が転移した後,転移先ではあまり大きくなれない,つまり冬眠状態になっていることに注目し, 癌細胞は癌の成長抑制因子も放出しているに違いないと考え,研究を開始しました。そして,1994年にはアンジオスタチン, 1997年にはエンドスタチンを相次いで発見し,マウスを使った動物実験でエンドスタチンやアンジオスタチンが癌の冬眠状態をもたらすことを実証しました。 このことは「ニューヨーク・タイムズ」紙の一面に大きく取りあげられ,血管新生抑制が次世代型の制癌剤開発の中心テーマの1つになるのではないかと評されるようになってきました。

 その間,1994年にはボストン・タフツ大学のIsnerらによって,下肢の血管閉塞症患者にVEGFの遺伝子治療が行われ, 予想外の大成功を収めたことが報告されました。 1997年には,外科的および内科的治療が絶望的な重症虚血性心疾患患者に対するVEGFの遺伝子治療が行われ,患者は完全に健康体に戻ったことが報ぜられました。 1997年にはまた浅原先生らによって,流血中に血管内皮細胞の前駆細胞が発見され, それまで考えられていた血管新生のメカニズムに対する考え方そのものが大きく揺らいできて,血管新生研究が新たな時代に突入した感があります。

 本日は,このような点を中心に,さらに掘り下げてお話を伺いたいと思います。

■ VEGF発見に至る過程

室田 VEGFの発見以前から血管新生の研究は脈々と続いていました。 まずはじめに,そのあたりの研究の流れを佐藤先生に簡単にお話しいただきたいと思います。

佐藤 この研究はFolkman以前とFolkman以後とに分けて考えるとわかりやすいと思います。 Folkmanより前の研究は,病理学者や解剖学者が形態学的な観察を行っており,血管,とくに腫瘍における血管形態の変化は1800年代の後半にVirchowが記載しています。 20世紀に入ってからは多くの病理学者がそのようなことを記載していますが,実際にはFolkmanが腫瘍の発育が血管新生に依存しているという仮説を出し,腫瘍血管新生因子(tumor angiogenesis factor :TAF)という言葉を使ってから生物学的な考え方が導入され, 癌から血管新生因子を抽出する研究が進められました。

 その過程で内皮細胞を培養し,そのようなファクターの効果を研究することによって,細胞レベルあるいは分子レベルでの発展があり, FolkmanがTAFの単離を報告しました。 ところが,別のグループがすでに線維芽細胞増殖因子(fibroblast growth factor :FGF)を脳から単離しており, TAFをクローニングしてみたらbasic FGFと同じものだったということで,basic FGFが非常に注目されるようになりました。 それが1980年代の中頃だったと思います。

 basic FGFが腫瘍血管新生因子ではないかということでずいぶん研究されましたが,1つの問題点はシグナル配列がないので分泌の効率が非常によくないということです。 血管新生の関係でいろいろな相関を取ってみても,たとえば腫瘍との相関性がきれいに出ない, あるいは抗体でbasic FGFの作用をブロックしても,腫瘍にそれほどドラマティックに効かないということがありました。 それで多くの研究者が頭を悩ませていたときに,Ferraraが1989年にVEGFを報告しました。 クローニングの結果,それは以前にvascular permeability factorといわれていたものと同じものだということが判明しました。 このようにして内皮に特異な因子が同定され,解析すると非常に相関性もよいということで,VEGFの時代に至ったわけです。

■ VEGF発見の経緯

室田 われわれもVEGF発見以前はbasic FGFが血管新生促進因子の主なものとして実験を行っていましたが, たしかに分泌性の蛋白ではないために,細胞が死なないと細胞外に放出されないなど,非常に不思議なことが多いと考えておりました。 それから血管内皮細胞だけではなく,ほかのどんな細胞にも非特異的に働いてその成長を促進するので, はたしてbasic FGFが本物なのかどうか多少の疑問は抱いていました。そこに登場したのがVEGFでした。 VEGFについてはその後,VEGF受容体の発見という輝かしいお仕事をされた澁谷先生に少し詳しくお話ししていただきたいと思います。

澁谷 血管に関する研究,とくに癌を中心にした病理学的な面での血管の重要性が明らかになり,いろいろなファクターがみつかってきました。 VEGFそのもの,あるいは受容体そのものをみつけた研究者も,それがどの程度重要であるかということは,たくさんの研究の積み重ねの中でわかってきたわけです。 そして現在では,血管新生についてはVEGFが制御の中心にあり,それ以外のいろいろなファクターがさまざまなかたちで絡むということが明らかになってきたと思います。

 私自身も,さまざまな受容体に関する分子レベルの研究をずっとやってきており,癌が血管に依存しているということは教科書的にはよく知っていましたが, 血管ということを直接意識したわけではありませんでした。ところが幸運にも,1つの新しい受容体Flt−1(1型受容体)をみつけることができました。 最初われわれは,構造的には癌遺伝子になりうるようなチロシンキナーゼかなと思ったのですが,いまにして思うと逆のほうを考えてしまったのです。

 しかしたくさんの癌細胞を調べてみると,予想に反してまったくといっていいほど発現がない,ある意味でFlt−1は変わったタイプの受容体でありました。 しかも血管の非常に豊富な胎盤の組織ではかなり発現があります。さらに血管の内皮細胞を調べてみると,非常に限局したかたちで発現していることがわかってきて, これは血管内皮細胞に深くかかわる受容体ではないかと考えました。

 われわれはその時点では,VEGFの受容体だということをはっきり詰めることはできませんでしたが,アメリカのWilliamsのグループがVEGFと非常に特異的に結合することを報告し, それと,われわれのデータでは内皮細胞に非常に特異的であるということを併せて考えると,VEGFの受容体の1つであることはほぼ確実ではないかと思われました。

 当時,そのような受容体の単離が世界的にいくつか進んでいて,Lemischkaのグループは我々より1年後に胎生のマウスの肝臓から, また,Termanらはヒトの内皮細胞から2番目の受容体を単離するといったことで,VEGFと受容体の関係がしだいにはっきりしてきました。 どちらの受容体も内皮細胞に限局して発現するので,そのあたりから非常に重要な生物系ではないかということが世界中で認識され, 研究がかなり進んできました。その結果,受容体の性格自体もふつうのチロシンキナーゼと違って,ras系をあまり使えず, ほとんどがPLCγからCキナーゼ系を介して,細胞増殖シグナルを送るという非常に興味深い性格がわかってくるなど,予想を超えたいろいろな結果が出ています。

 VEGFの発見が困難だった理由として,VEGFそのものを内皮細胞にかけても活性がそれほど強くないこと, FGFのほうが増殖活性が強いということがよくあり,培養の系によってはその活性がなかなかみえにくいなどのこともあったと思います。 しかし全体としては,癌の血管ではVEGF系が主役であること,また,VEGFはあくまでも癌細胞が出しているが, 受容体は内皮細胞にほぼ限局しているパラクリン系だということも明らかになってきました。

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