調査に用いたデータソースの一覧を表1に示す。承認の有無,承認年月日,開発状況等は2007年12月末時点での状況であり,2008年6月までの調査において得られたデータである。 以下,「現在の状況」とは2007年12月31日時点での状況を指す。
米国,EUおよび日本において1999年から2007年の間に承認を取得した新医薬品を以下の方法でリストアップした。 また,リストアップされた新医薬品について以下の関連情報を収集し,地域ごとにデータベース化した。
(1)米国
FDA CDERの“CDER Drug and Biologic Approval Reports”をデータソースとし, 1999年から2007年の間にnew molecular entity(NMEs)あるいはnew biologics(New BLAs)として承認を取得した医薬品をリストアップした。
関連情報として,一般名,商品名,適応症,申請年月日,承認年月日,申請企業, オーファンドラッグ指定の有無,Fast Track指定の有無,Priority Reviewの有無を調査した。
(2)EU
EMEAが公開している European public assessment report(EPAR)の全リストの中から,1999年から2007年の間に承認され, EUにおける新有効成分を含む医薬品をリストアップした。EPARが公開されるのはcentralized procedureによる承認品目である。 したがって,分析対象新医薬品リストアップの段階で,centralized procedureによらずEUのいずれかの国において承認を取得した新医薬品は対象に含まない。
関連情報として,一般名,商品名,適応症,申請年月日,承認年月日,申請企業,オーファンドラッグ指定の有無を調査した。
(3)日本
PMDAのwebsite「医薬品医療機器情報提供ホームページ」の公開情報をデータソースとし, 1999年から2007年の間に「新有効成分含有医薬品」として承認を取得した医薬品をリストアップした。 1999年1月〜6月の情報についてはwebsiteから削除されていたため,「最近の新薬」(じほう)平成11年(1999年)度版をデータソースとした。
関連情報として,一般名,商品名,適応症,申請年月日,承認年月日,申請企業,オーファンドラッグ指定の有無,優先審査の有無を調査した。
各地域で新医薬品として承認された医薬品のデータベースを統合し,分析対象新医薬品を特定した。 有効成分が国際一般名(international non-proprietary names: INN)で同一であるものは同一の新医薬品として扱い, 3地域において適応症が本質的に異ならないことを確認した。新医薬品を含む配合剤は分析対象に含めた。
分析対象から除外した医薬品は下記のとおりである。
- ワクチン
- いずれかの地域において販売中止となったもの
- 効能追加,用法用量追加,剤型追加など新医薬品でないもの
- 医療器具,消毒薬,試薬など人体に用いないもの
- 新医薬品を含まない配合剤
- 3地域での開発戦略がまったく異なるもの(経口剤と点眼剤など)
2.2でリストアップされた分析対象新医薬品については1999年から2007年の間の承認年月日はすでに得られているが, ある地域で1999年以前に承認になっている場合には承認年月日は得られていない。 未承認である場合もある。そこで,FDA CDERの“Drugs@FDA”, 日本製薬工業協会のwebsite「開発中の新薬」,IMS Healthのデータベースサービス“IMS R&D Focus”, 申請企業のwebsiteをデータソースとし,各地域における承認の有無と承認年月日を可能な限り調査した。 各地域において未承認である薬剤については,“IMS R&D Focus”をデータソースとし,当該地域での開発状況を調査した。
先述したように,EUについてはcentralized procedureにより承認された新医薬品のリストアップを行った。 一方,米国あるいは日本において承認された新医薬品のEUにおける承認年月日を検索すると,centralized procedureによらず, EU加盟国のいずれかで承認されているものがあった。このような場合,EU主要国であるイギリス,フランス, ドイツのいずれかにおいて承認を取得している場合にはEUでの「承認あり」として扱い,承認年月日はこれら3国でもっとも早い日付を採用した。
2.4.1. 絶対的ドラッグラグ
絶対的ドラッグラグの指標として,各地域における承認割合(各地域での承認薬剤数/分析対象新医薬品数)を算出した。 また,補足情報として,各地域における未承認薬の開発状況について,開発段階(承認申請中,治験実施中,開発中止,開発未着手)ごとの集計を行った。
2.4.2. 相対的ドラッグラグ
相対的ドラッグラグの指標として,各地域における世界初承認割合(世界初承認となった薬剤数/分析対象新医薬品数) および承認ラグ(世界初承認から当該地域での承認までの期間)中央値を算出した。3地域初の承認を世界初承認と定義した。 承認ラグについては,中央値のほか10, 25, 75, 90パーセンタイル値,最大値,最小値を算出し,ヒストグラム表示により分布を示した。
個々の薬剤の承認ラグの算出に際しては,各地域で承認されている薬剤について, 世界初承認となった年月日を基点とした当該地域での承認年月日までの期間を算出した。 すなわち,各地域における承認薬剤のおのおのについて,世界初承認であれば0を与え,2番目あるいは3番目であれば, 世界初承認の年月日から当該地域での承認年月日までの期間を与えた。正確な承認年月日が不明であるものが一部あったため, 承認年まで特定できたものについては承認年の中央の日付(例:1980年まで特定できた場合には1980年6月30日), 承認年月まで特定できたものについては承認年月の中央の日付(例:1995年6月まで特定できた場合には1995年6月15日)を与えて計算した。
各地域での承認ラグ中央値の算出に際しては,各地域において承認された全薬剤を対象とした。 参考として,いずれの地域においても承認されている薬剤を対象とした分析も行った。 また,年次推移をみる場合には,1999年から2007年までの期間の年ごとに,各地域における承認薬剤を対象として算出した。
2.5.1. 収集データ
要因分析にあたり,図1に示すドラッグラグの構造を想定した。承認ラグ(海外初承認から日本での承認までの期間)は,海外と比較した,(1)開発着手の遅れ,(2)臨床試験長期化による遅れ,(3)審査の長期化による遅れ,の3つの「構成要素」に分けられる。 これらの構成要素に影響を及ぼす「要因」として,薬剤のオリジン(日本で創製されたものか海外で創製されたものか), 臨床的重要性,日本における開発・申請企業(自社品か海外企業からの導入か),治療領域など疾患や薬剤の特性,患者数,市場性などが考えられる。
ドラッグラグの構成要素を示す変数として下記(1),(2),要因を示す変数として下記(3)〜(8)のデータを収集した。
(1)世界初承認時の日本における開発状況
分析対象新医薬品全薬剤について,IMS R&D Focus,審査報告書,申請資料概要,申請企業のwebsiteをデータソースとして,世界初承認時の日本における開発状況(日本における開発着手時期の間接的指標)を調査し,開発段階により下記の区分で分類した。
i )承認(日本が世界初承認)
ii)承認申請中
iii)治験実施中
iv)開発中止・開発未着手
(2)審査期間
分析対象新医薬品全薬剤について,地域ごとの審査期間(申請年月日から承認年月日までの期間と定義)を調査した。
(3)オリジネーター国籍
分析対象新医薬品全薬剤について,IMS R&D Focusをデータソースとし,当該薬剤を創製した企業・研究機関の本社所在地を国名で特定した。 さらに,以下の2区分に分類した。
i )日本オリジン
ii)海外オリジン(米国,ヨーロッパ,その他日本以外の国)
(4)臨床的重要度
分析対象新医薬品全薬剤について,表2に示す定義および選択基準に従い,以下の2区分に分類した。
i )臨床的重要度が高い薬剤
ii)臨床的重要度が低い薬剤
(5)バイオ医薬品/その他の別
分析対象新医薬品全薬剤について,以下の2区分に分類した。
i )バイオ医薬品:遺伝子組換え蛋白製剤あるいは抗体医薬品
ii)その他:i)以外のもの(化学合成医薬品,天然物由来医薬品を含む)
(6)治療領域
分析対象新医薬品全薬剤について,IMS HealthによるAnatomical Therapeutic Chemical(ATC)分類第1水準を用い, 治療領域による分類を行った20)20)Anderson TM. Introduction to multiple statistical analysis. John Wiley & Sons; 1958.。HIV感染症治療薬については特別な施策が講じられており,別個に取り扱う必要があると考えられたことから, 「感染症(Group J)」については,「HIV感染症治療薬」と「HIV以外の感染症」に分割した。 また,ライソゾーム病などの「先天性代謝異常症」は「その他(Group V)」に含まれていたが, きわめて重篤・致死的な疾患群であり,標準的治療法が存在しない重要な領域と考えられたことから,一つの領域として扱った。
(7)日本における開発・申請企業の区分
分析対象新医薬品全薬剤について,IMS R&D Focusをデータソースとしてライセンシングの状況を調査し, 日本における開発企業(現在未承認の場合)あるいは申請企業(承認済みの場合)について下記の区分で分類した。
i )オリジネーターである日本企業
ii)海外企業の日本法人
iii)海外企業からライセンスを受けた日本企業
iv)日本での開発権を有する企業なし
(8)日本における予測患者数,予測市場規模
分析対象新医薬品のうち日本で承認されている薬剤について,薬価算定時に申請企業により算出され, 中央社会保険医療協議会(中医協)総会に提出された資料をデータソースとし,日本における予測患者数(人),予測市場規模(円) (売上げピーク時の年間予測値)を調査した。
2.5.2. 重回帰分析
分析に用いた各変数のデータを表3に示す。分析対象新医薬品のうち日本で承認されている薬剤について, ドラッグラグの指標である「承認ラグ」を被説明変数とし,各要因を説明変数とした重回帰分析を行い, 承認ラグの大きさに及ぼす各要因の影響度を標準回帰係数で示した20)20)Anderson TM. Introduction to multiple statistical analysis. John Wiley & Sons; 1958.。 「承認ラグ」のほか,承認ラグの構成要素である「世界初承認時の日本における開発状況」, 「審査期間」を被説明変数とし,開発着手時期および審査期間に及ぼす各要因の影響についても分析した。 「世界初承認時の日本における開発状況」は順序カテゴリカルデータとみなして用いた。統計解析ソフトウェアはStatDirect ver.2.7.2 を用いた。
2.5.1に示した要因を示す変数のうち,「オリジネーター国籍」と「日本における申請企業」との間には強い関連 (「オリジネーター国籍」から「日本における開発・申請企業」への因果関係)があるため, 外生変数である「オリジネーター国籍」を採用し,内生変数である「日本における申請企業」は本分析から除いた。 その他の変数はすべて独立とみなしてモデルに含めた。要因を示す変数のうち,量的データである「予測患者数」, 「予測市場規模」は連続値として扱い,カテゴリカルデータである「オリジネーター国籍」,「臨床的重要度」, 「バイオ医薬品」,「治療領域」の各領域にはダミー変数を用いた。
2.5.3. サブグループ分析
分析対象新医薬品全薬剤を対象として,2.5.1に示す要因についてサブグループ分析を行った。 ドラッグラグの指標である「承認割合」および「承認ラグ中央値」をおもな評価項目とし,必要に応じ,「世界初承認割合」, 「世界初承認時の日本における開発状況」および「審査期間」についても分析を行った。
2.5.4. インタビュー調査
治療領域ごとの特性,代表的薬剤の実際の状況などについて詳細な情報を得,結果の解釈にあたり参考とするため, 臨床医・大学研究者4名,患者団体1名,製薬企業13名の計18名を対象にインタビュー調査を行った。