■治療学・座談会■
アディポネクチンの現状と未来
出席者(発言順)
(司会)山内 敏正 氏(東京大学大学院医学系研究科糖尿病・代謝内科統合的分子代謝疾患科学講座)
下村伊一郎 氏(大阪大学大学院医学系研究科内分泌・代謝内科学)
中野 泰子 氏(昭和大学薬学部遺伝解析薬学)
小田辺修一 氏(久留米大学医学部内分泌代謝内科)

アディポネクチンの解明

抗動脈硬化作用

山内 アディポネクチンを大阪大学が抗動脈化因子として最初に報告されましたが,報告に至るまでの過程をお願いします。

下村 垂井先生が教授になられたときに,国立循環器病センター副所長の山本章先生をチーフにして, 大阪大学に循環器脂質研究室が設立されました。 当時の循環器学と代謝学は,どちらも別々の先生がそれぞれに研究されていたので,循環器脂質学として, 心臓の血管学と代謝学の両面を診ることを使命としていました。

 私たちは,企業と協同でアディポネクチンの血中濃度測定系を立てましたが,まず測定したのが冠動脈疾患患者でした。 測定したところ,アディポネクチンは,肥満度や年齢など,すべての調整をかけても,冠動脈疾患患者で低いことがわかりました。

 それで,動脈硬化とは,脂肪から何かが飛んでいき,動脈壁に直接働いた結果ではないかという仮説を考えました。 種々の培養細胞,内皮細胞,平滑筋細胞,マクロファージにミメティックのような種々の刺激をかけると,細胞を動脈硬化性にすることができます。 アディポネクチンを同時に添加しておくと,その動脈硬化性が抑制されることがわかりました。まさに仮説がすべて実証され,驚いたというのが実感です。

 ただ注目すべきは,元気な細胞にアディポネクチンをかけても,何も変わりません。 細胞に対して,動脈硬化を起こすような刺激をかけるときに,アディポネクチンを添加しておくと,その刺激による動脈硬化が抑制されるのです。

山内 非常に参考になりますね。

下村 私たちは,1996 年にアディポネクチンを apM1 として同定した論文を出し,ヒトの血中濃度の測定系を作り, 1999 年に次の論文を出すまでに3年もかかっています。この間,船橋徹先生を中心に教室の先生たちは大変ご苦労されました。

 当時レプチンも含め,いずれのアディポサイトカインも,脂肪組織が増えるときには,それに相応して血中濃度が上がるというデータでした。 当時,肥満になってしまうとアディポネクチンの血中濃度が下がることを,査読者たちは信じてくれなかったわけです。

 ただ,肥満者の血中濃度のデータをいったん発表したら,国内外の先生方から共同研究を申し込まれました。 私たちが冠動脈疾患で報告すると,多くの先生方がそれをサポートするデータを出してくれました。 抗動脈硬化ホルモンとしての作用は確かにあると考えています。

山内 apM1 からアディポネクチンに,名前を変えられたのはいつごろですか。

下村 それは,1999 年です。アディポネクチンはコラーゲン様の構造をもち, いわゆるイレギュラーなものにつきやすいという性質をもつので,種々のものにつきやすい蛋白の接尾語として使われるネクチンから, アディポネクチンと,船橋先生が名付けられました。 その時,私は米国にいて,アディポネクチンが注目されていると聞いても,私が関わったapM1 だとは最初は気付きませんでした。

■抗炎症作用

山内 アディポネクチンの抗炎症作用を考えるうえで,ほかの悪玉がいて,それを慢性的に抑制するという考え方だけでよいのでしょうか。

中野 確かにアディポネクチンは炎症性の刺激があるときには抑制作用を発揮します。

 私どもは,実験にヒト血漿から精製した高分子量アディポネクチンとグロブラーアディポネクチンを使っています。 グロブラーアディポネクチンは,リコンビナントを作成してみましたが非常に凝集しやすく安定しないため, 市販品を購入し,使用直前に溶かして使用することにしています。 マクロファージをアディポネクチン処理するだけでIL−10 や IL−1RA の発現が誘導されるという報告もありますが, 高分子量アディポネクチンだけでなく報告どおりにグロブラーアディポネクチンを使ってみても,私たちには追試できませんでした。 しかし,炎症性の刺激に対しては必ずそれを抑制します。 たとえば,マクロファージを破骨細胞へ分化させる RANKL 刺激や LPS 刺激に対しては阻害します。 また,血中アディポネクチン濃度の低いアディポネクチンアンチセンストランスジェニックマウス由来のマクロファージは,酸刺激に対し感受性が高くなっており, アディポネクチンは生体を炎症が起こりにくい状態に保っていることが推定されます。 しかし,そこに感染が起こり炎症を起こさなければいけない場合などは,アディポネクチンはそれを阻害するようなことはしません。 マクロファージや好中球が活性化し,エラスターゼが分泌される状況のときは,アディポネクチンがエラスターゼにより切断されグロブラーアディポネクチンとなり,炎症をまず促進する方向に働き,その後,炎症を抑制するといったように,炎症のバランスをとるモデュレータの役割をすると考えています。アポトーシスを起こしている細胞に対しても,状況に応じて接着を促進してマクロファージによる貪食を促進したり,逆にその貪食を抑制することでマクロファージからの IL−8 の分泌を抑制して炎症を抑制したりします。

 これはグロブラーアディポネクチンが生成されることによってコントロールされているのではないかと考えています。 すなわち,グロブラーアディポネクチンが生成されるときには,炎症をある程度促進する方向に動き,グロブラーアディポネクチンにより NFκB が短時間活性化されますが,その後, NFκB 経路を阻害する分子などを誘導し,16〜24 時間後には抑制をかけます。

 このように炎症環境下では,アディポネクチンが炎症のバランスをとっており,もともと血中アディポネクチン濃度が低い人では, 動脈硬化や炎症性疾患を起こしやすくなってしまっているのではないかと思っていす。 また,炎症性刺激により炎症局所でアディポネクチンの異所発現が誘導されます。 肝臓や心筋,骨格筋で炎症によりアディポネクチン遺伝子や蛋白が発現してきます。

下村 炎症を起こしている組織に,アディポネクチンの遺伝子が誘導されてくるのですか。

中野 はい,私たちは四塩化炭素投与によりマウスの肝臓にアディポネクチン発現が誘導されることを発見し,非常に驚きました。

下村 四塩化炭素により,肝炎では線維化を起こしてきますね。

中野 時間的にそのような長期のレベルではなく,3〜6 時間で発現してきます。 四塩化炭素や塩化水銀をマウスに投与して損傷を誘導し,3時間,6時間,12時間後に調べたところ,組織損傷を起こした時点で, 抗アディポネクチン抗体で塩化水銀だと腎臓が,四塩化炭素では肝臓が染まってきます。 最初は,組織損傷部位に血中からきたアディポネクチンが結合していると考えていましたが,実質細胞も染まっており,in situ 解析で 6 時間程度でアディポネクチン mRNA が発現してくることがわかりました。

下村 組織をそのまま普通にハーベストして,炎症性刺激を加えることでも確かに誘導がかりますか。

中野 細胞株を使用した検討ですが,HepG2 を IL−6 処理するだけで誘導されました。 その後,C2C12 を IFN−γと TNF−αの組み合わせで処理することでも誘導されることが報告されています。

 アディポネクチンは損傷部位に集まりますが,心筋梗塞のときは血中アディポネクチン濃度は一度低下し,7 日後くらいに回復してきます。 一方,私たちは腎不全や心不全,肝不全をはじめ,血管性痴呆やアルツハイマー病,全身性エリテマトーデスなど, 慢性的な炎症を起こしていると思われる患者では,血中濃度が非常に高いことを観察しています。 正常より数倍〜10倍程度高いこともあります。炎症状態に対応するために代償的に発現してきたものが血中濃度を上げているのではないかと考えています。

下村 組織損傷が起こると,病理学的に脂肪変性という現象があります。 先生がお話しされたのは,そのような慢性的ななれの果てではなくて,よりダイナミックなステージのときに, アディポネクチンが遺伝子発現レベルで,四塩化炭素処理の肝炎でも上がってくるのですか。

中野 はい,そうです。

小田辺 そこで発現させると,その組織で直接的に働きますよね。

中野 私どもが所有するトランスジェニックマウスには,最初から全身でアディポネクチンを異所発現しているもの(センス)と, 異所発現を抑えるもの(アンチセンス)の2 種あります。 これらのトランスジェニックマウスでは全身でトランスジーンを発現させているので, 野生型と比べ,炎症の起き方がまったく違っています。血中濃度にそれほど大きな差はないのですが, センストランスジェニックマウスの場合,最初からアディポネクチンが異所発現しているため,炎症が起きにくいことが観察できています。 一方,アンチセンストランスジェニックマウスでは圧倒的に炎症が増悪します。

小田辺 通常は発現していないわけですね。

中野 はい。野生型マウスでは本来は脂肪組織以外では発現していませんが,炎症刺激で発現してきます。

下村 モデルとしては,四塩化炭素肝炎以外に,どのようなものがありますか。

中野 もう 1 つは,骨格筋です。マウス腹腔に LPS を投与すると 24 時間後に骨格筋で発現してくることが報告されています。

■寿命延長作用

山内 長寿になるトランスジェニックマウスについて,ご解説いただけたらと思います。

小田辺 約 10 年前になりますが,ヒト・アディポネクチンを肝臓に特異的に発現させるマウスをつくりました。 肝臓にした理由は,肝臓ならいろいろな蛋白を作るだろうと予想したからです。 また,ヒト・アディポネクチンであれば,元来のマウスのアディポネクチンと区別して測定できるからです。

 アディポネクチンは単位がμg/mL というように高い血中濃度なので,トランスジェニックマウスにしても,ほんの少ししか上がらないと考えていました。 約30系統のトランスジェニックマウスがつくれ,そのなかの 2 系統が合計でト 200〜300μg/mL ありました。 これは間違いだろうと何度も確認しましたが,肝臓でのノーザンブロッティング法でも強く発現したので,間違いないと考えました。 他の大学の先生にも確認していただいたところ,非常に驚かれました。

 それだけでは論文になりませんから,何か新しい表現型を発見しようと繰り返し実験を行いましたが,良いデータがなかなか出ませんでした。 そうしたところ,出生日と死亡日を詳細に記録している中国の研究員からデータをみせてもらい, アディポネクチンが入ったマウスのほうが寿命は長い傾向があることに気付きました。 これまでのデータをかき集めてみると,アディポネクチンが寿命を延ばすことが想定できました。 それで,内臓脂肪の炎症を抑えることによって寿命が長くなるのではないかと,発表させていただいたのです。

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