■治療学・座談会■
ロコモ,メタボ,認知症とそれらの連関
出席者(発言順)
(司会)中村耕三 氏(東京大学大学院医学系研究科整形外科学)
寺本民生 氏(帝京大学医学部内科学)
鳥羽研二 氏(国立長寿医療研究センター)

各診療科からの発信

■内科から:“ミニマム”の推奨

寺本 循環器領域ではこれまで“運動療法”など,頻繁に“運動”という言葉を使ってきました。 しかし最近では,“身体活動”と表現することが多くなっています。 たとえばニート(NEAT:nonexercise activity thermogenesis)という言葉がありますが, 人間は立っているだけで筋肉を使っています。家事に限らず,テレビを立って見ている程度の活動にも, 心血管疾患の発症予防効果があるというデータが出ているほどです。 「毎日○○○m,走りなさい」と,高齢者に運動の継続を強いることは非常に困難で,逆に運動器を壊してしまうことにもなりかねません。 ですから,ニートの概念を取り入れた身体活動を推奨することはきわめて有用だと思います。 同様に,“若いうちは電車で座るな”といった考え方も,道徳的な意味合いに加えて,ニートの概念からも実は良いことです。 こういう動きを社会に広めていくことは非常に重要ではないでしょうか。

中村 整形外科では,ロコモーショントレーニング(ロコトレ)のなかでスクワットを推奨しています。 最初は椅子の立ち座りなどの動きでも十分で,簡単なことから実行していけばよいのです。 転倒には十分注意するべきですが,短時間片脚で立つだけでもかなりの効果が得られます。 それでは不十分だという意見もありますが,あまり運動しない生活に,安全な範囲から“何かをプラスする”ことが大事だと思います。

寺本 逆に言えば,“ミニマム”が守られていないのかもしれません。その典型は食生活で,“少し超えてしまう”ことが多いです。 といって,極端な食事制限が必要なわけではなく,まさに運動も同じだと思います。

中村 たしかに,筋肉と骨は負荷量が大きいほど機能的には向上します。 しかし,膝の軟骨や椎間板の安全の閾値は筋肉や骨とは異なるので,筋肉などの状態が十分に準備されていないと, 即座に過重になってしまうことが少なくありません。運動量のミニマムはここまで,逆にマックスはここまでと区切ることは難しいのです。 これは個々の骨格の仕組み上,ある程度仕方のないことです。 そのあたりを十分に意識して実行するべきなので,その意味でニートの考えを取り入れることは,とても良い方法だと思います。

■整形外科・脳神経内科から:早期からの運動習慣の推奨

鳥羽 杏林大学もの忘れセンターには転倒予防外来が設置されていて,認知症と運動器を同時に診ています。 すべての患者さんに,3 m の歩行で測定する Timed up & go test を行っていて,虚弱などの早期発見には非常に有効です。 若い年齢層に関しては,全国組織として「三井島体操」とよばれるストレッチ運動が広く行われていますが, この参加者 12000 人(95%が女性)を対象にした検討結果があります。 7 年間横断的に観察した結果,継続的な運動によってウエストが少し細くなったり, 一部の人で動脈硬化の指標である PWV(脈波伝播速度)が改善したりするなど,メタボ予防と運動機能維持が同時に得られたとされています。 若年者と 75 歳以上の高齢者とを比較したサブ解析の結果では,若年者では体操による転倒予防効果が 2 倍高いことが示されました。

中村 埼玉県立大学保健医療福祉学部の坂田悍教先生が 70 代前半の人を 2.5〜3 年間追跡したところ, 女性で 9%,男性で 4%がフォロー中に新たに杖などが必要になりました。杖などが必要になった人とそうでない人とでさかのぼって, 種々の指標を比較してみると,歩行速度,下肢筋力,そして片脚立ち時間が有意に異なっていました。 文部科学省の調査でも,若いころからの運動習慣は運動機能や体力の維持に重要であるというデータが示されています。 また,若年齢から運動していると,歳をとっても自然と年齢なりの運動習慣が身に付くようです。

 独歩を維持するには,バランス力と下肢筋力を鍛えることが重要で,膝が悪くても,膝を痛めないようなトレーニングも可能です。 すでに転倒を起こした人でも無理なく行える運動メニューを処方するなど,きめ細かい対応策を提案していくことが必要ですね。

■3 科から:無理せずに楽しむ運動の推奨

鳥羽 先ほどの 12000 人で運動時間についても解析したところ, 50〜60 代までは 1 週間に 6 時間以上,運動をすればするほど良いという結果でした。 70 代では 1 週間に約 3 時間,80 代では約 2 時間が良いという結果で,年代に応じた適度な運動時間があるようです。 もちろん,個人の関節や神経系の状態が異なれば,適度な運動時間も異なってくるものと考えられます。

 認知症に対する運動の効果については多くのエビデンスがあり,3 倍程度の予防効果があるとされています。 65〜75 歳で,30 分以上の運動を半年以上継続することが理想的です。 それほど若くなくとも運動による認知症の予防効果は高く,その人の状態に合わせた運動を処方し,メタボやロコモと同様, 無理をせずに長期にわたって運動してもらうことが重要です。 運動時間は,一度に 30 分でなくても,15 分ずつ 2 回に分けても,いわば“分割払い”でもかまいません。

 一般的には,75 歳以上で 3 割が転倒するとされており,2 年間程度継続して運動をしている人ではその割合は 2 割程度にとどまるといわれています。 骨量や筋肉量の数値だけでなく,運動を行うことでトータルの“歩行能力”を高め, 認知症や転倒を予防することになるロコモの提唱は,社会的にもより強いインパクトのあるメッセージとなるのではないでしょうか。

中村 ご当地体操のようなかたちで運動を行っている地域が増えています。音楽を取り入れ,楽しみながら集団で続けられる, まさにこれは代表的なロコモ予防だと考えられます。

鳥羽 特に認知症予防では,集団で行う運動をすすめています。男性ばかりで黙々とするのでなく, 女性も多い集団でコミュニケーションをとりながら行うのが理想的です。その意味で,ゴルフやダンスは非常に良い運動だと思います。

寺本 運動だけに集中している人たちと,コミュニケーションをとりながら運動する人たちとでは, 心血管疾患の発症率が違うというデータもあります。 運動療法は,HDL コレステロールを上げ中性脂肪を下げることをめざして推奨されることが多いですが, 運動自体がストレス解消にもなっており,心血管疾患予防にも有効です。 たとえば,適量のアルコール摂取は一般的に動脈硬化予防に働くといわれていますが,コミュニケーションをとりながら飲んでいる人たちと, そうでない人たちとを比較すると,効果がまったく違います。わいわい騒ぎながら飲むほうが良いのです。 人間にとって他人との対話は非常に重要で,社会的な活動は疾患予防にも不可欠だということになります。

■今後の課題

中村 これまでのお話で,ロコモ,メタボ,認知症の 3 つの疾患には,「加齢」,「運動」,「転倒」,「介護」が互いに深く関連し, これからの時代のキーワードになることがよくわかりました。ただ,ロコモ,運動器はまだ啓発事業のレベルですが……。

寺本 その背景には,運動器の障害は加齢だから仕方がないという考えがあるように思います。

鳥羽 たしかに骨粗鬆症や動脈硬化,そして認知症も,約 20 年前は「年齢のせい」と片付けられていました。

中村 そうですね。ですから,まず運動器の健康について広く理解してもらうために, 親しみやすい名称として「ロコモティブシンドローム」とつけ,多くの人々に認知してもらえるように活動し始めたのです。 まずは介入しやすいところから始めていますが,それだけにとどまらず,より広く日常診療に取り入れていく必要があります。

鳥羽 たとえば高感度 CRP(C 反応性蛋白)は,広く利用されている炎症マーカーのひとつです。 最近,認知症に至る機序のひとつに酸化ストレスの影響があげられていますので, 高感度 CRP は今後ますます活用されていくものと思われます。 また,骨粗鬆症,筋肉減少症,動脈硬化症などの診断にも有用で, ロコモの診断にも利用できそうです。認知症と同様,ロコモも加齢のさまざまな表現型のひとつとして位置付けられます。 これまでは,寝たきり状態に至るまでの血管,脳,運動器の障害は別々に語られてきましたが,実は多くの共通項があるわけです。 運動機能全体,生活習慣全体をみすえた症候群としてとらえることが必要です。 その意味で,今後はこうしたマーカーを活用して,しっかりとした診断基準を整えていくことが重要だと思います。

寺本 たしかにマーカーの存在は大きく,メタボなども非常に診断しやすくなりました。 アディポネクチンなど,新たなサイトカインの発見によってますますマーカーへの関心が高まってきています。 先日行われた日本成人病(生活習慣病)学会で,慶應義塾大学の広瀬信義先生が『百寿歳』の患者さんの話をしておられました。 100 歳になっても元気な人は炎症マーカーの数値も良好だそうです。運動器が障害なく保たれているから,お元気なのではないでしょうか。 炎症マーカーもわかりやすい指標になる可能性もあり,そうなれば,内科医も,ロコモが理解しやすくなるように思います。

鳥羽 われわれの転倒に関する研究では,サルコペニア(筋肉減少症)の概念も含めて検討しています。 中枢系についても検討を行っていますが,実際のところ,アルツハイマー病では転倒頻度はそれほど高くなく, むしろ微小ラクナ梗塞で非常に高いことから,ラクナ梗塞に至る前の大脳深部白質病変が転倒のひとつの原因ではないかと考えています。 すでに論文で発表しましたが,転倒者と非転倒者では病変に顕著な差が出ており, 認知症,メタボ,ロコモは中枢神経系でもつながる可能性があると考えています。 2010 年から研究班がつくられ検討を開始しましたが,新しい結果を出せればと,いま奮闘しているところです。

中村 私たちはいま,どのような特徴をもつ人がどのような介護や介助を必要とするかというコホート研究を行っています。 閾値の設定を検討していますが,炎症マーカーの有用性なども含めて,さまざまな方面から考えていけそうです。 ぜひ,その成果を出したいです。

 認知症,メタボ,そしてロコモについて,それぞれの領域からお話しいただき, 発症機序から予防・治療に至るまで相互に関連していることがよく理解できました。 「加齢」,「運動」,「転倒」,「介護」を関連付け,多角的に考えていかなければならないと思います。 それには,メタボ,認知症,ロコモの共同プロジェクトのようなスタイルで研究を進められれば理想的なのかもしれません。 本日の鼎談が日常診療のヒントとなり,ひいては日本の高齢者医療全体に良い影響を与えることができれば幸いです。本日はありがとうございました。

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