中村 わが国は 2007 年に 65 歳以上の人口が全体の 22%を超える“超高齢社会”になりました。 介護を必要とする高齢者は増加の一途をたどっており,介護保険制度導入時の 2000 年に 210 万人だった要介護者は,今や 450 万人と倍増しています。 要介護となった原因は,2003 年の報告では,脳卒中が 23%,認知症が 14%,関節症や転倒骨折などの運動器関連疾患が 21%を占めています。 これらはすべて加齢が関係する疾患です。わが国の年齢構成を考えると,今後これらの疾患がますます増加して, 大きな社会問題になることは間違いありません。本日は,高齢者医療の現状と今後の医療連携について,ご専門の先生方と議論していきたいと思います。
中村 ロコモティブシンドローム(運動器症候群:ロコモ)とは「運動器の障害のために要介護になるリスクの高い状態」で, 日本整形外科学会が 2007 年から提唱している概念です。「人間は運動器に支えられて生きている。 運動器の健康には,医学的評価と対策が重要であるということを日々意識してほしい」というメッセージが込められています。 2006,2007 年の各 7〜12 月の半年間に,DPC(診断群分類包括評価)を採用した病院に整形外科手術を受けるために入院した患者の総数は, 40 代まではほぼ一定ですが,50 代を超えると一気に増加し始め,70〜79 歳がピークとなっています。 手術理由は外傷骨折が最多で,次に脊椎障害,そして,下肢の関節障害が続きます。 また,東京大学医学部附属病院 22 世紀医療センターの吉村典子先生を中心に行われているコホート研究(ROAD プロジェクト)では, 1 年ごとに 3 つの地域のデータを集計していますが,ロコモの原因となる病態として, 変形性膝関節症が 60 代の半数に認められ,骨粗鬆症と同様に女性に多く, また,男性では変形性腰椎症が多いことが明らかになりました。わが国の 4700 万人に, これら 3 つの原因のうち少なくとも 1 つが始まっていると推定されています。
中村 寺本民生先生,内科領域ではいかがでしょうか。
寺本 メタボリックシンドローム(メタボ)については,国民栄養調査などにより, 2005 年の診断基準策定以来,男性の 25%,女性の 8%が罹患していて,予備軍まで含めると, 男性なら半数が該当すると推定されています。メタボで特に問題になるのは,肥満に起因するさまざまな合併症が起きてくることです。 「肥満症」という概念がありますが,このくくりになると合併する疾病としてはさらに膨れ上がり, メタボに加えて重力に関係する膝疾患なども含まれてきます。肥満症は経済発展の著しいインドや中国で急増しているという WHO(世界保健機関)の報告もあり,これらの国では脳卒中発症が 2020 年には倍増すると予測されています。 メタボをめぐり,現状では世界的に危機感がもたれています。
中村 インドなどでは,生活習慣の変化の影響が大きいわけですね。
寺本 ええ,インドや中国では急速に経済成長しているわけで,それは明らかです。 一方,米国では,心筋梗塞の発症率や死亡率の高さが問題視され,コレステロールや喫煙に徹底的に介入が行われてきました。 それで心筋梗塞の発症率はみごとに減少したものの,ファストフードが普及し, フライドポテトなどの脂肪や清涼飲料水などの単糖類の摂取が多くなったことから,肥満症が増えています。 肥満に起因する関節症の影響により,米国では杖をついた高齢者を目にすることが多くなりました。 また,心筋梗塞とは対照的に,脳梗塞は発症率が減少しているというデータはなく,むしろ今後増加する可能性が示唆されているので,問題になっています。
中村 認知症について,鳥羽研二先生,お願いします。
鳥羽 ロコモやメタボがそれらの予備軍も視野に入れた広い概念であるのに対して, 認知症は一定の生活機能障害を生じた時点で初めて診断されるため,わが国の有病率は 6〜8%,患者数は 150 万人と推定されています。 このうちグレーゾーンとされる軽度認知機能障害(mild cognitive impairment:MCI)は 2%で, この 1/3〜1/2 が 3 年以内に認知症を発症するとされています。将来的な認知症発症リスクの診断法はまだ確立されていませんが, 脳内アミロイド沈着の程度によってリスクを評価する研究が進められていて,今後の展開が期待されます。
メタボと同様,ファストフードをはじめとする飽和脂肪酸の摂取が,認知症の発症リスクを高めると考えられています。 興味深いトピックとして,加工食品に含まれる亜硝酸塩や,食品の消毒に使用されるニトロサミドなどの食品添加物の摂取が, アルツハイマー病や糖尿病,脂肪肝の発症原因になるという疫学研究の結果が発表されました。 米国に移住したアフリカ人で認知症の発症率が高いことは,これまでは魚摂取の影響とされていましたが, これらのデータに加えて,先進国にアルツハイマー病患者が多いことから, 生活習慣病と認知症に共通するリスク因子が存在する可能性があるのではないかと注目されています。
ただ,「野菜の名を 10〜20 個,すらすらと言う」あるいは「10 人と名刺交換をして 1 時間後に何人の名前を覚えていられるか」といった検査をすると,50 歳以上では相当数が軽度記憶障害に該当するはずです。 しかし,それらの人たちが将来認知症を発症するかと言えば,まだ明らかではありません。 こういう予測はいたずらに社会に不安を与えるだけなので,長期的な検討を行い, 画像診断を取り入れたエビデンスに基づいた疾患概念を確立すべきだと考えています。
鳥羽 私は研究員として,カナダを中心にした高齢者の虚弱度を検討した国際研究に参加しました。 これを契機に 1995 年くらいから“frail(虚弱)”という概念を取り上げた論文が非常に多くなりました。 “robust(健常)→prefrail(前虚弱)→frail(虚弱)→dependent(要介護)”という流れが国際会議でも話題となり, カナダでは frail のみに関して 3 年間も研究が続けられています。 実は,この虚弱の判断材料として,運動器における歩行能力の低下が重要視されているのです。
中村 歩行機能の低下には,身体を支える骨,骨格の動く部分である関節と椎間板, それを動かす筋肉や神経の加齢による問題が影響します。人間が動くためには,関節を動かすことが必要になります。 関節に障害があると,周囲の筋力の低下が起こり,筋力の低下が起こると関節の衝撃吸収機構への負担が増す, そして動くことが減り,骨の量が低下する,といった悪循環が生じ,最終的には歩行障害が起こります。 虚弱の状態になる前に,骨量や筋肉量などの基準値を明らかにし,歩行障害のリスクを検出できれば理想的です。
鳥羽 もう 1 つ,歩行能力と合わせて中枢神経系の認知機能が取り上げられており, これらが虚弱の鍵になっています。定義はまだ明らかではありませんが,3 種類の虚弱度を測るインデックスが世界で提唱されています。 虚弱という大きなくくりのなかに,認知症もロコモも入ってきます。 そして,この虚弱を進行させる要因となるメタボの,特に若年期からの罹患は重要な位置付けになりそうです。
寺本 確かにご指摘のとおりで,メタボでも虚弱は非常に重要な概念になります。 体力がある人とない人とでは死亡率が約 8 倍違うとされています。循環器疾患による死亡率も同様で, 虚弱であること自体がさまざまな疾患を引き起こしていきます。しかし,これは至極当然のことで,虚弱であれば運動もあまりできず, 運動と食事とのバランスもくずれるので,脳卒中の発症リスクもしだいに高まっていきます。 虚弱のレベルをしっかりと把握し防御していくシステムをつくって,発症前の段階で抑えることが重要です。 つまり,予防なのです。メタボの概念を提唱する大きな目的はこの予防にあります。 メタボは肥満という言葉でくくっていますが,虚弱と肥満はある意味で同義語と言ってもよいと思います。
中村 ロコモの代表疾患である変形性腰椎症や変形性膝関節症には,加齢と同様に肥満も大きく影響します。 そこで,肥満対策として運動の重要性が強調されることになりますが,その一方で 50 代くらいから関節や腰の不調を訴える人が増加してきます。 理想的には肥満や運動不足の対策を講じるべきですが,現実にはなかなか難しいようです。 整形外科外来が初めてできた約 100 年前の当時は,平均寿命は 50 歳未満と低かったのであまり問題になりませんでしたが, 現状では,すでに運動器障害が始まっている高齢者に運動を奨励しなければならないシーンがかなり増えています。 中高年の人々の運動の問題が単なる運動不足で片づけられない理由は,ここにあります。
鳥羽 導入時には 2 兆円だった介護保険料が今や 7 兆円に膨らみ, その打開策として数年前から「介護予防」の事業が始まりました。ところが,膝痛を訴える人の運動器を診ないまま, 「みなさん,運動をしましょう,自転車をこぎましょう」と推進した結果,多くの人が挫折してしまいました。 介護予防事業は,残念ながら,うまく機能しているとはいえません。 東京都三鷹市武蔵野地区の高齢者の調査によると,実際に運動していたのは 1000〜2000 人中わずか 8 人にすぎませんでした。 膝に負担の少ない水泳などを取り入れていたら異なった結果になった可能性もありますが,いきなり自転車こぎでは継続が困難なのは当然かもしれません。
高齢の患者さんでは,骨と筋肉のバランスや関節の状態をチェックすることが必要です。 寝たきり予防で長い距離を歩いてもらうには,狭心症が発見されることもあるので,循環器系のチェックは必須となります。 関節疾患に動脈硬化性疾患も加えて,個々の患者さんの状態を診たうえで正しく運動を処方することが重要なのです。 そういう面では,他疾患の発症リスクが低い若年からの対応が理想です。
寺本 2008 年 4 月から始まった特定健診は,生活習慣病,特に血管障害の予防を目的とし, 背景には,肥満をはじめ将来の疾患発症リスクを抑制するという考えがあります。40 歳から健診対象となり, 早い段階で疾患リスクを認識してもらうためにも,40 歳は適切な時期だと考えています。 また,40 歳以上というのは,子ども世代への教育を期待しているとも考えられます。実際の診療では当然,より早期から食習慣の是正を指導しています。
中村 生活習慣と同様に,運動器についても配慮していただきたいですね。 たとえば高血圧や脂質異常症のチェックと同時に,運動器の評価を行うことができれば理想的です。 筋力や筋肉量,さらに関節軟骨量の測定なども導入できれば,ロコモも予防していけるはずです。