貫和 特発性間質性肺炎(idiopathic interstitial pneumonias:IIPs)は厚生労働省特定疾患に指定されており, なかでも特発性肺線維症(idiopathic pulmonary fibrosis:IPF)は最も予後不良な疾患とされています。 1990 年代以降,治療法の研究が積極的に進められ,2000 年に米国胸部疾患学会(ATS), 欧州呼吸器学会(ERS)のコンセンサスステートメントにより IPF の診断基準が策定されました。 それを受け 2004 年,日本呼吸器学会の診断基準も国際的整合性をもつように改訂され,それ以降,臨床試験も非常に活発化してきました。
なかでも,有意差が認められなかったものの,印象深い試験として IFN−γの臨床研究があげられます。 また,良好な結果を得られたことから,非常に注目された N−acetylcysteine(NAC)の経口摂取の試験があります。 NAC は,日本では去痰吸入薬として使用されていますが,杉山幸比古先生,NAC についてご説明いただければと思います。
杉山 IPF では,末梢気腔でグルタチオンが減少し,レドックスバランス(酸化還元状態)の不均衡が生じ, 進行例ほどその不均衡が顕著であると言われています。 その状態に対して,グルタチオンの前駆物質である NAC が有効だと考えられています。 さらに,NAC には抗酸化作用だけではなく,活性酸素のスカベンジャー作用や,炎症性サイトカインの産生抑制, 上皮−間葉転換の抑制など,さまざまな働きが報告されています。 それらが相まって,抗線維化作用が期待され始めたのです。
2004 年には欧州で,大規模臨床試験の“IFIGENIA study”により NAC の高用量経口投与の有効性が検討され, VC(肺活量)と DLCO(肺拡散能力)の経時的変化量で有意な減少抑制が認められたと報告されました。 国内では,2004(平成 16)年に日本医科大学の工藤翔二先生, 吾妻安良太先生らの「厚生労働省特発性間質性肺炎の画期的治療法に関する臨床研究班」が, 早期 IPF 患者(重症度IあるいはII,かつ 6 分間歩行で SpO2 90%以上)を対象に,NAC 単剤の吸入療法が IPF の進行抑制に有効であるかどうか,検討しています。無治療群との比較で,26 施設が参加し, 2007 年 2 月に登録が完了しました。48 週間での FVC(努力性肺活量)の変化には有意差は出ませんでしたが, 平均値として,NAC 群で−90 mL,対照群で−150 mL と,良好な傾向が認められました。 層別解析では,ベースラインの%FVC が 95%未満,または%DLCOが 55%未満の各群で, NAC 群は有意に良好だったというデータが出ています。 これらの結果は,東邦大学医療センター大森病院の本間栄先生から発表されました。
貫和 米国ではプレドニゾロンと NAC の併用も検討されていますが, 井上義一先生,併用に関して,何か聞いておられませんか。
井上 IFIGENIA study では,NAC はアザチオプリン,プレドニゾロンと併用されていましたが, NAC は副作用が少ないばかりか,アザチオプリンの副作用である骨髄毒性を抑えていたのではないかとも考えられています。 その後,米国,ヨーロッパでは NAC,プレドニゾロン,アザチオプリンの組み合わせが IPFの標準的な治療法のひとつとみなされるようになったように思います。NACは,他剤と併用しやすいかもしれません。
貫和 NAC とシルデナフィルとの併用も,現場では使用されていますね。 NAC による治療は有効であるという評価が徐々に集められており,臨床面での有用性が期待されています。
貫和 IPF の治療薬として世界に先駆け日本で初めて認可された抗線維化薬,ピルフェニドンについて, 吾妻安良太先生,お話しいただけますか。
吾妻 ピルフェニドンは,米国の Marnac 社で開発された低分子化合物です。 COX(シクロオキシゲナーゼ)を抑制しない抗炎症薬として開発が進んでいたところ, 前臨床試験で TGF−βを含めた線維化促進作用を抑制する作用が見いだされました。 IPF への臨床応用が期待され,種々の前臨床研究が報告されており,米国のパイロット研究では,FVC の低下抑制が認められました。 それで,国内でもランダム化比較試験(RCT)を初めて実施したという経緯があります。
ただ,何をエンドポイントにして治療するかにより,有意性が証明されたり否定されたりします。 IPF の臨床試験の難しさは,稀少疾患であるがゆえに,症例数を集めることにあります。 また,奏効するのは,ある特徴をもったごく一部の患者であることも徐々に明らかになってきました。 IPF の“診断”は,画像や病理といった形態学から入るにもかかわらず,治験では,呼吸機能を評価しています。 そのギャップからも難しい疾患だとわかります。
貫和 米国の前臨床試験結果だけでは,有効性に確信がもてませんでしたね。 しかし,塩野義製薬(株)の研究所で行った前臨床動物実験では,ブレオマイシンによる肺障害を, ピルフェニドンは急性期,慢性期ともに抑えたと報告されています。 また,プレドニゾロンを使用すると IFN−γの量も下げてしまいますが,ピルフェニドンは炎症性因子を抑制しながら IFN−γの量は維持します。このデータは印象的でした。
吾妻 日本での第III相試験では,VC あるいは FVC の低下抑制の再現性が確認されました。 また,副次評価項目とされた労作時の呼吸機能は,世界で初めて使用された項目であったため,賛否両論ありました。 結果として,主要評価項目の VC 下降の抑制が有意に認められました。
貫和 2009 年には,米国での試験結果が報告され,再現性が認められています。 市販前に,食欲不振や光線過敏症が懸念されましたが,実際に使用された印象はいかがでしょうか。
杉山 臨床試験の対象とは異なり,市販されるとさまざまな状態の患者に使われるので,どのように効くか, どういう患者に適しているのかなど,市販後の検証が行われています。 現在,約 130 人のデータを集計中で,重篤な患者にも使用されているので,解析結果に注目しています。
たとえば,第II相試験では急性増悪を抑制するとされましたが,第III相では認められませんでした。 それはなぜなのか。臨床面ではまだ課題が残されているようですが, これらのデータから,ピルフェニドンの最適な使用法が確立されればと期待しているところです。
貫和 重症の患者,特に肺高血圧症が前面に出てくると,治療が非常に難しくなってきます。 肺高血圧症薬のボセンタンについて,お話しいただけますか。
井上 ボセンタンはエンドセリン(ET)I受容体 A,B の両方を阻害し, ET の作用を抑えます(dual endothelin receptor antagonist)。ボセンタンは ET による血管収縮作用を抑えるだけでなく, 平滑筋細胞の増殖抑制,あるいはコラーゲン産生抑制などの抗線維化作用もあり,肺線維症の治療薬として期待されています。 そして,ボセンタンの肺線維化抑制作用を確認するため, BUILD−1(Efficacy and Safety of Oral Bosentan in Patients with Idiopathic Pulmonary Fibrosis), BUILD−2(Efficacy and Safety of Oral Bosentan in Pulmonary Fibrosis Associated with Scleroderma)の臨床試験が実施されました。 BUILD−1 は IPF が対象で,主要評価項目は 6 分間歩行試験,副次評価項目は予後でした。 BUILD−2 は全身性硬化症(SSc)が対象でした。 その結果 BUILD−1 は有意差が認められませんでしたが,層別解析の結果,外科的肺生検の行われた症例で予後が良好であることがわかりました。 そのため,引き続き IPF を対象とした BUILD−3(Bosentan Use in Interstitial Lung Disease)が計画されました。 BUILD−3 は,プラセボをコントロールとした,国際多施設共同無作為比較二重盲検第III相試験です。 主要評価項目は悪化あるいは死亡までの時間で,2006 年から開始されました。 対象は 3 年以内に外科的肺生検で IPF/UIP と診断され,高分解能 CT で蜂巣肺がめだたない患者です。 つまり,早期 IPF 患者が対象でした。現在も試験は進行中で,これまでにない多数の患者が登録されていて, 薬剤の効果だけでなく大型の臨床試験の結果,種々の IPF についての情報が得られるのではないかと期待されています。 〔補足:2010 年 3 月 1 日,BUILD−3 に関する Media Release が発表された。2008 年 11 月までに 616 人の患者が登録された。 合計 252 イベントが記録されたが,主要評価項目を満たさなかった(p=0.21)。 ボセンタン群で良好な印象が得られた。(アクテリオンメディアリリース,2010 年 3 月 10 日)〕