伊藤 CKD 診療の課題はいかがでしょうか。
渡辺 最大の問題は,一般市民がどの程度 CKD を理解しているかということだと思います。非常に厳しい状況にあります。J−CKDI には,日本腎臓学会,日本透析医学会,日本小児腎臓学会,日本医師会の代表が参加し,オブザーバーとして日本腎臓財団も加わっています。J−CKDI は数年前から CKD 啓発のため,さまざまなイベントを全国で展開しています。2009 年から,厚生労働省が,CKD 対策費として予算をつけてくれ,都道府県単位で組織を整備し,糖尿病対策推進会議に相互協力してもらうよう推奨しています。まだ,J−CKDI の活動は始まったばかりです。
伊藤 こういう大きな問題には,マスコミが関与しないといけないと思っています。たとえば,米国では,“ファイトザストローク”といったキャンペーンが成功しています。簡潔で明確なメッセージをテレビやラジオで繰り返し実施するといった,多くの人に知ってもらう努力をするべきだと思いますね。
渡辺 公共放送に関しては,いろいろ取り上げていただいてはいますが,まだ不十分ですね。米国では,たとえばコレステロールに関しては公共的なキャンペーンの成果が現れ,国民の血清コレステロール値は減少してきています。一方で,日本は逆ですね。女性の平均血清コレステロール値は米国を抜き去りました。
伊藤 かかりつけ医の方々に対する啓発は,すでに十分なわけですか。
斎藤 CKD はほぼ認知されているようですが,大事なのは,かかりつけ医の先生方には最初の一ことを患者さんに告げる際に留意していただきたいと思います。「このくらいは大丈夫ですよ」と言ってしまうと,一般の人は「症状が何もないから,このままでよいのだ」と,誤解してしまいます。その時に「これは,腎機能が低下しているので,十分に気をつけ,血圧やその他原因になる因子の治療を行う必要があります」と言ってほしいのです。実地医家の先生に対するコンセンサスづくりが重要になっていると思います。特定健診の次に受診する医師が必ずしも内科専門ではなかったりするので,最初のひとことへの注意を喚起する必要があると考えています。
伊藤 確かに,実地医家や専門外の医師が,CKD のステージ 3 の患者に対し,次の対応はどうすればよいのか,さらにどこにいったらよいのかを,きちんと示す必要がありますね。
渡辺 特定健診に関して腎臓だけでみると,健診項目に血清クレアチニン値がないことは問題を感じていますが,それが本当に問題なのかどうかを証明しないといけません。特定健診は,本来は一次予防を重視している保健指導を含む制度で,一次予防をシステム化した点は評価しないといけないと思います。しかし,メタボリックシンドロームに偏りすぎている感は否めません。日本の健診データで調べてみると,CKD 患者の 6 割以上はメタボリックシンドロームではありませんでした。日本の糖尿病患者や高血圧患者もそれほど太っていません。また,保健指導の在り方は,これらの点も踏まえて,科学的に検討する必要があると思います。
もう 1 つ,厚生労働省「腎疾患重症化予防のための戦略研究」(FROM−J)が,筑波大学の山縣邦弘先生をリーダーにして,全国 15 拠点で行われています。目的は,CKD 診療について,かかりつけ医と腎臓専門医との連携による効率的医療体制の模索です。これには,3 つの段階があります。第 1 段階が健診からかかりつけ医受診までで,かかりつけの医師が CKD を診断して医療の土俵に乗せるかの問題です。第 2 段階はかかりつけ医が CKD を腎専門医に紹介すべきかの判断をすること,次に紹介しない CKD 患者の原疾患である生活習慣病などの管理をすることです。また,腎専門医から逆紹介を受けた患者の管理も重要です。第 3 段階が,かかりつけ医から紹介されて,専門医が CKD の原疾患を診断して,治療方針を立て治療する段階です。安定した患者は,かかりつけ医に逆紹介することも重要です。これらの 3 段階をどう連携させ整備するかということで,制度をどのように設計していくか,考えていく必要があります。
伊藤 以前,仙台市で産婦人科の先生方の集まりに行き,二次性高血圧の発見について講演したことがあります。産婦人科の先生方には,非常に参考になったそうです。内科以外の他科の領域の先生方には,CKD の情報がどの程度伝わっているのか,少々疑問に思っています。
渡辺 実は,CKD 診療ガイドが最も役立ったのは整形外科領域なのだという話もあります。 腎機能が悪い人に NSAIDs を使用している場合に,薬剤の使い方に留意するようになったという意味です。 つまり,医療連携システムには他科の先生も含まれ,診療ガイドはその媒介として重要です。
井関 あれは非専門医へのガイドですから,目的はかなり達したというわけです。
伊藤 アンケートで,CKD について最も知らなかったのが大学病院の医者だということがわかりました。大学病院全体でみると,腎臓に関連する科以外はなじみがないようです。
井関 私どもも戦略研究に参加していますが,基幹病院がある医師会では CKD の紹介率が悪いのです。特定健診などを契機とした専門機関への紹介率が一番低いのは大学があるところでした。
渡辺 大学があまりにも縦割りになりすぎています。その是正には,CKD の問題はまさに良い機会になります。CKD は,概念的に腎臓病,心臓病や脳血管障害が関連し,いわば全身の病態なのです。もう 1 つ大事なのは,そういうことを大学や専門病院の医師が認識することです。さらに,われわれが教育を受けたころには腎臓病は治らないと教えられましたが,それが 30 年後も尾を引いています。今,そういう誤解を払拭しておかないと,30 年後まで,将来かなり尾を引くことになると思います。教育体制が大事だと思います。
伊藤 そうですね。多くの人に共通する情報をできるだけ広範囲に正確に伝えられるシステムを作っておかないといけません。
斎藤 心・腎連関という言葉ができたので,カテーテルを使用している先生が,造影剤の使い方を以前よりは気をつけておられます。そういう意味で,言葉ができるのは良いことです。
伊藤 CKD の管理で不十分だと思うことに,高血圧患者への対応があります。そのあたり,いかがでしょうか。
井関 日本では,男性の糖尿病患者は女性の 2 倍です。40 代〜60 代の男性は,仕事をしていますので,高血圧の管理があまりなされていません。未治療者は,男性が圧倒的に多いです。肥満もありますが,糖尿病も管理されているのかなと思います。
渡辺 喫煙率も高いですね。
井関 啓発情報なども,男性には届きにくいようです。
伊藤 次の対策で重要なことは,生活習慣の是正ですね。特に塩分の問題は,キャンペーンをしても,なかなか思うようにいかないです。
渡辺 減塩,肥満,喫煙などの問題は,やはりマスコミによる啓発が重要かもしれませんね。
伊藤 CKD 対策全般に関し,今後の課題をお話しくださいますか。
渡辺 課題を大きく 2 つに分けると,1 つは健診,保険制度などの社会システムの問題,もう 1 つは高血圧,糖尿病,喫煙などの生活習慣改善啓発の問題があります。コスト面から考えると,この両面でコメディカルの人にいかに活躍してもらうかが重要な鍵になります。そのためには,コメディカルの活動の達成度を評価して,なんらかのかたちのインセンティブをつけることが大事だと思います。それが,大きな視野からみれば,医療費の削減につながるのではないかと思います。腎臓疾患の関連では,CKD 対策指導料といったものが,保険制度上,いつも削られています。指導の際には,糖尿病と同様,コメディカルの人が中心になる必要があります。そういう意味で,戦略研究で栄養ケアステーションが各地にできていますので,広がっていくとよいと考えています。一方,メタボリックシンドロームが国民に理解されたように,なんらかのかたちで,CKD の概念を刷り込んでいくことが重要で,口コミもかなり大事かなという気がしています。
斎藤 市民講座を行うと,参加者は高齢の人が多いのです。日本は,40 代の若い人が集まりにくい社会なのでしょう。だから,そこを変えないといけません。
伊藤 昔,ヘンリー・フォード病院の車庫を出たところに,「あなたの健康はわれわれの財産だ」と書いてありました。米国では,勤めている人たちのヘルスケアをきちんと行うシステムが構築されています。日本は徐々に,それを切り捨てるような方向にいき始めていますね。それは,いろいろな意味で逆にコストを上げてしまうという懸念があります。たとえば,正規雇用の社員から派遣社員になってしまい,責任がなくなっています。構造的に問題だと思います。健診で疾患発見された人は,きちんと受診して治療しないかぎり働かせないなどの対策も重要です。すると,血圧は下げられる。糖尿病や肥満までは無理かもしれないが,血圧を下げただけでも相当効果があると思います。特に,40 代,50 代の未治療の人たちには必要です。
渡辺 もう 1 つ,研究予算の問題もあります。米国と異なり,臨床研究,治験を含めて日本の研究は,企業からの支援に依存していることが多いです。ただ最近は,戦略研究などの大型の公的研究が出てきたので,少しは改善されてきています。要は,直接的な経済利益とは関係がない,真に国民の福祉向上につながる研究に予算をつけることが大きく影響すると思います。
斎藤 やはり経済的なことを考えて,実現可能な方法を研究しないといけないと思います。多くの費用が必要なことを実施することは,国民全員には不可能です。たとえば尿検査も,デップスティックはよいが,アルブミン尿の検出は保険でカバーされていないので,実地医家の先生には測定しにくい現状があります。現状の手持ちの道具を,いかに上手に使用するか,費用負担が少ない方法を研究することも必要だと思います。
井関 もう 1 つ問題なのは,血尿です。アジア人には腎炎が多いので,血尿をなんとか KDIGO の CKD の概念中に含めようと検討しています。血尿がある人は蛋白尿が出やすいこともわかっています。腎炎は別個の問題だという気がします。
斎藤 日本高血圧学会の高血圧治療ガイドラインには,血尿+尿蛋白は生検の対象となっています。
渡辺 日本腎臓学会と日本泌尿器学会合同で,血尿に関するガイドラインが作られていて,今度改訂作業に入ります。どのように,腎生検など,特殊検査にもっていくかの指針は今でも一応作ってあります。
腎機能評価の場合には,クレアチニンを使用した式には欠点もあるので,シスタチン C を使った推算式を検討すべきで,現在進んでいます。
井関 糖尿病性腎症は特に違います。糖尿病の人では eGFR はあまり正確ではありません。
伊藤 短期的には,今あるクレアチニンのほうがシスタチン C より安価ですから,どういう流れで最も経済効率良く,かつ見落としもせずに予後に結びつけられるかという研究が大事です。それと同時に,なんでも最初は高価なので,未来に向かっては,シスタチン C のほうが良いということにもなります。大量に行うようになれば,コストも下がります。基礎研究も重要です。
透析療法に関してはどうでしょうか。
井関 透析療法に関して画期的な進歩はありません。しかし,透析量の問題,CAPD(持続式携帯型腹膜透析)の低普及,併用療法(血液透析と CAPD)など,いろいろ課題があります。ナーシングホーム入所者に血液透析を導入すると,ADL(日常生活動作能力)はもちろん,治療意欲がどんどん落ちて,米国では死亡率が 1 年間で 60%と報告されています。以前から気になっていましたが,わが国でも老人ホーム,介護施設入所者では見逃されているケースが多いのではないかと思います。高齢者医療では腎機能にもう少し留意する必要があります。
渡辺 社会的な問題としては,移植をさらに推進しないといけません。
伊藤 腎臓領域には,最先端のバイオマーカーやメカニズムの研究から,社会的な移植医療まで,さまざまな問題が山積しています。その解決は,なかなか困難です。CKD に関しては,心血管疾患のリスクであると同時に,透析療法が必要になるなど,多数の不利な点があります。このことを,できるだけ多くの人に知ってもらうことが,われわれの努力の第一歩かなと思います。本日の座談会が少しでもそのお役に立てばと思います。どうもありがとうございました。