■治療学・座談会■
わが国の現状とその対策
出席者(発言順)
(司会)河田純男 氏(山形大学医学部消化器内科学)
小野正文 氏(高知大学医学部消化器内科)
角田圭雄 氏(市立奈良病院消化器肝臓病センター)
田村信司 氏(箕面市立病院)

予防と治療

■減 量

河田 私どもの経験した NASH 患者の長期フォロー例からみて,AST・ALT 値の動きに季節性がある例があります。 この症例では,夏は低く,冬になると AST・ALT 値が上がります。 それは運動量に関係していて,雪の季節は家の中でじっとしていることが多くあまり身体を動かさないので体重が増加し, AST・ALT 値は上がります。春から夏にかけては,ある程度身体を動かすので体重が減少し,それらが低下するのだろうと考えています。 このことからも,運動や食習慣による減量が重要になりますが,先生方はどのように指導されているのでしょうか。

角田 まずは 10%程度を目標に,減量を指導しています。若年者には,ファストフードや深夜の食事など, 明らかに食習慣に問題がある例が多いので,それらの改善を指導しています。 実際に治療に苦労するのは中高年以上,特に閉経後の女性です。 というのは,体重が増加しやすく,膝関節痛などにより運動ができないからです。 この年齢層に NASH の割合が高いので,どう指導していくかが今後の課題だと考えています。

田村 運動できない人をどう指導するかは確かに難しいです。 診察では,肝硬変や肝癌へ進展する可能性について詳しく説明します。 運動の必要性は説きますが,運動だけでの減量は困難なので,食事で減らしてくださいと言っています。

 効果的なのは,体重を毎日測定しグラフ化してもらうことです。あるいは,体重よりも肝機能の改善を目標にするのもよいかもしれません。 1,2 kg の減量だけでも AST・ALT 値が変動します。 そのときに,「よくやりました」と喜びをわかち合うと,意外とうまくいきます。

角田 モチベーションを保つことですね。

田村 そうです。長期戦になりますから,それが最も重要になります。 ある時点で停滞期に陥りますが,当初は減りやすいので,そのときに達成感をもっていただくことが,その後の持続力につながるような気がしています。

小野 食事や運動療法を中心に指導を行っている佐賀大学の江口有一郎先生のデータでは, 体重の減少と AST・ALT の低下率との相関が明らかになっています。 体重を落とすことがいかに重要かを物語っていると思います。

■薬物療法

河田 運動と食事による減量の効果が不十分な場合には,薬物治療を行うことになるのでしょうか。

田村 体重がどうしても落ちない人や,2,3 kg 落ちても AST・ALT 値が低下しない人もいます。 そういう人の場合には,肝生検での確定診断が前提になりますが,積極的な薬物療法を行わないと無理だろうと思います。

 脂肪肝に保険適用される薬はポリエンホスファチジルコリンのみで,あとは合併症に対する治療をベースに処方することになります。 最大の治療目標はインスリン抵抗性です。たとえば,糖尿病患者でインスリンが高い, あるいはインスリン抵抗性指数(HOMA−IR)が高い人に関しては, チアゾリジン誘導体(チアゾリジン系薬剤)を糖尿病治療薬として試してみるのがよいと思います。

 高血圧を有する人には抗線維化作用もあるアンジオテンシン II 受容体拮抗薬(ARB), コレステロールが高い人には抗脂質異常症薬を積極的に使用しています。エビデンスは高くはありませんが, ビタミン E,ビタミン C が two hits の要因をスカベンジするという論文も出ていますので,それらも使っています。

小野 脂質異常症をもつ患者には,ストロングスタチンがよいだろうと考えています。

角田 小野先生のグループは,ピタバスタチンに PPARαの活性化作用があるという動物実験のデータを報告されていますね。

小野 強弱の差はあるようですが,ピタバスタチン以外のストロングスタチンも,PPARαの活性化作用をもつことがわかってきています。

角田 従来のスタチンにはないのですか。

小野 ないようです。以前のスタチンではどうしても中性脂肪値が高くなるとともに,肝脂肪化も悪化する傾向に働くようです。

田村 PPARαの活性作用をもつ他の薬剤はどうなのでしょうか。

小野 私たちの検討では,高度肥満患者は肝臓内の脂肪酸β酸化が比較的低下していませんが, 肥満があまり強くない患者は,肝臓の脂肪化と脂肪酸β酸化の相関がかなり強いのです。 そういう脂肪酸β酸化活性が弱く,肥満ではない患者には,PPARα作用薬のフェノフィブラートが効果的な場合が多いようです。 また,乳癌患者に使用するタモキシフェン(抗エストロゲン薬)による NASH では,脂肪酸β酸化が低下している場合が多く,フェノフィブラートが効果的です。

■瀉血療法

河田 鉄沈着を軽減する目的で行われる瀉血療法の有効性について,いかがでしょうか。

角田 C 型肝炎に対する瀉血療法はすでに保険認可されています。 NASH でも鉄蓄積が 3,4 割の患者にみられるので積極的に瀉血療法を行っており,AST・ALT 値の改善に関して良い成績が出ています。 十分なエビデンスはないのですが,線維化の改善がみられる症例もあります。 海外ではインスリン抵抗性まで改善するという報告も出ていますが,今後の検討課題と考えています。

河田 先生はどういう基準で瀉血を行っていますか。

角田 対象になるのは,肝生検で鉄の蓄積が認められる患者です。 当院では,瀉血療法に加えて,ビタミン E を使用するなど抗酸化療法を中心に行っていますが, インフォームドコンセントのうえ,患者さんに瀉血療法か,ビタミン E かを選択していただく方法をとっています。

■睡眠時無呼吸の関与

河田 肥満に対する外科療法は,NASH 患者の治療にどのように応用できるのでしょうか。

小野 欧米ではエビデンスがかなり確立されてきているので,今後,日本でも高度肥満が増加すれば,一般的になるだろうと思われます。

 肥満に関連して,睡眠時無呼吸症候群が肝臓の線維化の増悪に関係するといわれています。 疑われる症状がある人は,ぜひ睡眠医療の専門医を受診していただきたいです。 CPAP(鼻シーパップ)やマウスピースを装着すると,睡眠時無呼吸が改善されるばかりか, 代謝が亢進して体重が減るという見解もあります。このため,NASH 治療にどれだけ貢献するのか,今後,検討すべきだと思います。

角田 最近,呼吸器科へ紹介することがとても多くなりました。

河田 睡眠時無呼吸により肝臓内の低酸素状態がひき起こされる可能性もあります。 それが肝線維化につながるとも考えられます。今後の検討課題ですね。

今後の課題

■新しい薬物療法の開発

河田 現在の治療法は,糖尿病や脂質異常症,高血圧などの治療薬を導入し,それが NASH の治療につながっていくという流れです。 ただ,それだけでは,NASH に対して十分な治療効果を得るには不十分かと思われます。 今後期待される新しい治療薬の開発の動きはありますか。

田村 まず,抗肥満薬の使用があげられるかと思います。 糖尿病患者を中心に使用されている吸収阻害薬や食欲抑制薬などが,NASH 患者に応用され,いくつか論文が出ています。

 ほかには,今のところ動物実験レベルでは,炎症カスケードの抑制が治療効果を示すことが報告されていますが, 臨床応用が可能なものはあまりありません。それから,second hit の一因としてエンドトキシンが腸管から吸収されて肝臓に直接いくので, 炎症を惹起している可能性も指摘されています。そこで,プロバイオティクスの使用も試みられていますが,効果はあまり高くないようです。

 やはり,インスリン抵抗性やアディポサイトカインの分泌異常を改善する,そのあたりが大きなポイントになると思います。 炎症の悪循環をどこで断ち切るのか,そこがターゲットになると考えています。 また,痩せていても脂肪肝を有する人がいます。内臓脂肪の蓄積がそれほど多くないにもかかわらず脂肪肝だという人は, 異化作用が落ちている可能性があるかもしれません。そうであれば,治療法もまったく変わってくるはずです。

小野 NASH や NAFLD では,一般的に血中の中性脂肪の値が高いと考えられています。 もちろん平均すればそうなのですが,必ずしも全員が高いわけではありません。 NASH や NAFLD 患者さんのなかにも,100 mg/dL 以下の人が 1/3 程度います。 こういう数値から,肝臓からの中性脂肪の分泌低下という病態もみえてくるように思います。 NASH や NAFLD も,患者により病態は必ずしも同じではないのだろうと考えられます。

角田 中性脂肪が低い人は EPL(ポリエンホスファチジルコリン)などの使用もよいのでしょうか。

小野 そうかもしれませんが,データは不十分なので,今後,検討していきたいです。

■糖尿病専門医との連携

河田 欧米では,NASH 患者の増加には著しいものがあります。 たとえば,米国における肝移植数は,C 型肝炎から進行した肝硬変患者が最多ですが, 2030 年くらいには,対象として NASH 患者が圧倒的に増えるだろうと予測されています。 わが国での NASH の増加も危惧されていますが,今後どういう対策を講じていくべきでしょうか。

田村 わが国では 2008 年 4 月より,生活習慣病の予防対策として特定保健指導が始まりました。 しかし,肝臓疾患については十分に理解されていない点もあるように思います。 実は,糖尿病患者の死因の第 1 位が肝臓疾患であるというデータもあり,NASH 患者はかなりの頻度で糖尿病を合併していると考えられます。 しかし,肝臓外来ではなく糖尿病の診療科を受診している可能性がきわめて高く,糖尿病専門医が診るのか, 肝臓専門医か,それとも連携していくのか,まずは医師たちの情報交換が必要です。 と同時に,患者にも肝硬変,肝癌への進展リスクについて,啓発する必要があると考えています。

小野 まったく同感です。糖尿病と診断された人は,一度は肝臓外来も受診してほしいです。 いわゆる「メタボ健診」では,AST・ALT の正常値が一般的な外来の血液検査よりも低く設定されています。 そのためか,ALT が 30 IU/L 台の人でも再検査になることがあります。そういうところでも,患者の拾い上げが必要だと思います。

角田 私も同様に感じています。まずは,NASH という疾患概念を一般市民に, そして一般の臨床医へも広めていくべきだと思います。そして,早期に専門医に紹介してもらうことが肝要です。

 現状の大きな問題点として,診断基準が統一されていないことがあげられます。 私は,先ほど紹介した多施設共同研究のため,全国の病院の病理組織標本を鏡検していますが, Matteoni 分類のタイプ 2 でも NASH と診断されていることもありました。診断法の確立は急務だと感じています。 病理医に任せるのではなく,肝臓専門医も病理診断を行っていくべきではないでしょうか。

河田 日本糖尿病学会が行ったアンケート調査では,糖尿病患者の死因のなかで肝硬変と肝癌が併せて 13.3%を占めています。 この一部に,NASH を合併した患者が含まれている可能性があります。 厚生労働省の NASH 研究班では,糖尿病患者 5000 件のデータを蓄積しつつあります。 そのなかで AST・ALT 値があまり高くない,正常の上限前後の症例のなかにも,肝生検により肝硬変に進展した NASH が認められています。 今後は,他科との連携,特に糖尿病専門医との連携も重要になると考えられます。本日はありがとうございました。

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