■治療学・座談会■
わが国の現状とその対策
出席者(発言順)
(司会)河田純男 氏(山形大学医学部消化器内科学)
小野正文 氏(高知大学医学部消化器内科)
角田圭雄 氏(市立奈良病院消化器肝臓病センター)
田村信司 氏(箕面市立病院)

発症機序―two hits theory―

■first hit:脂肪肝の発症機序

河田 NASH の発症機序について,今のところ明確な説明がつかない状態です。 一般的には“two hits theory”が提唱されています。まず脂肪沈着が起こるメカニズムを簡単にご説明いただけますか。

田村 NAFLD 患者に沈着している脂肪の由来についての検討があり, 明らかになった特徴は,@大部分が脂肪組織から動員された脂肪酸の蓄積であること, A肝臓で新たに脂肪酸が生合成される de novo 合成も,健康な人と比べ増加していることの,2 つです。 この大きな要因には,食事の影響もありますが,内臓脂肪の蓄積により脂肪組織が肥大化していることがあげられます。

 なぜ内臓脂肪が蓄積すると脂肪酸が動員されるかについては,NAFLD の基本的病態であるインスリン抵抗性が影響しています。 正常な場合には,インスリンが中性脂肪の分解酵素であるホルモン感受性リパーゼの活性を抑制しますが,インスリン抵抗性ではそれが解除されています。 中性脂肪の分解により脂肪酸が動員され肝臓に入り込み,肝細胞内の中性脂肪の合成に使われてしまうのです。 また,インスリン抵抗性状態では,高インスリン血症,さらには高血糖にもなるので,脂肪酸の合成を司るさまざまな転写因子が活性化あるいは増加します。 それにより,脂肪酸合成の酵素が誘導され,肝臓内の脂肪酸の合成能も高まります。

 また,異化代謝として,脂肪酸が肝臓外に VLDL として出ていくわけですが, 実際に絶対値が下がっているかどうかは不明ですが,肝臓で増える要因に見合うだけのくみ出しができないのではないかといわれています 。また,β酸化で脂肪酸は燃焼されますが,流入量を消費するほどの燃焼が起こっていないと考えられます。

 さらに,脂肪酸の酸化により,さまざまな活性酸素種が発生し,それによりミトコンドリアが障害される。 そのため,β酸化が低下して,ますます脂肪が肝臓にたまっていくことが考えられます。 要するに,入るのが増えて,出ていくのが減っていく状態で,その根本にあるのは肥満だと考えられています。

■second hit:炎症,線維化の要因

河田 炎症や線維化発症の要因である second hit は具体的にどうとらえられているのでしょうか。

小野 肥満や脂肪肝では,鉄の吸収が亢進することが知られています。 鉄が肝臓に過剰蓄積することにより活性酸素が発生し,炎症の発生につながっていると考えられます。

田村 そして,酸化ストレスにより種々の膜が障害されます。 たとえばミトコンドリアの膜を障害すると,活性酸素の発生量が増加します。腸管から入るとされるエンドトキシンにより炎症反応が惹起されるという説や, 遺伝子多型が要因であることも考えられます。おそらく,ある閾値を越えると悪循環に陥り,炎症が進み,NASH に進展するのではないかと思います。

小野 遺伝子多型については,Mn SOD(活性酸素スカベンジャー), MTP(中性脂肪移送関連蛋白),PEMT(フォスファチジルコリン合成酵素)などのほか, IL−1βや TNF−αなどの炎症性サイトカインの遺伝子多型が,NASH を発症しやすい遺伝的要因になっていると考えられています。

■病態の可逆性

河田 単純性脂肪肝に second hit が加わり NASH へ進展するという経過は,緩徐なのか,それとも一気に進行するのでしょうか。

小野 first hit,second hit と 2 段階の病態を経ずに,直接 NASH を発症する場合もあると考えられるようになってきています。 たとえば,サイトカインの TNF−αは,炎症のみならず,肝臓の脂肪化そのものにも関与する因子であることが明らかになっています。 これらの因子の存在を考えると,単純性脂肪肝を経ずに NASH という病態が発生することも十分に想定できます。

田村 肥満では種々のアディポサイトカインの分泌異常が認められており,肝の脂肪化に深く関与しています。 一方,これらアディポサイトカインの分泌異常は炎症をひき起こすことも知られており, 厳密に,first hit と second hit とを分けるのは難しいのではないでしょうか。

河田 では,NASH における炎症や線維化の程度に可逆的な変化が起こりうるのでしょうか。

田村 減量すると組織学的にも良くなることは明白です。ほんの 2,3 kg やせただけで, AST・ALT 値は下がりますので,病期にもよりますが,多くの病態は可逆的だと言えます。

角田 当院では 3 回肝生検を施行した例を経験しています。 前立腺癌の患者で,リュープロレリン酢酸塩が処方されていました。1 回目の肝生検は単純性脂肪肝でさまざまな治療を行いましたが, まったく AST・ALT 値が下がらずに,インスリン値はかなり上昇していきます。 2 年後の肝生検で完全なNASH への進展がみとめられ,AST・ALT 値が 200 IU/L を超えていました。 メトホルミンを使ってインスリン値を下げると,即座に AST・ALT 値が正常化しました。 さらに 2 年後,3 度目の肝生検を行うと,単純性脂肪肝に戻っていました。

小野 私たちも 1 例ですが,4 回肝生検をした患者さんがいました。 この患者さんの場合,服薬なしで食事と運動療法だけで治療を行っているのですが,体重が減ると単純性脂肪肝に, 逆に増えると NASH へ進展します。やはり線維化は急には改善しませんが,風船様腫大や Mallory−Denk 小体の出現などは即座に改善され, 何度も繰り返しているという状況です。

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