三嶋 慢性安定期の治療に関する考え方をお話しいただけますか。
木村 GOLD や日本呼吸器学会の COPD ガイドラインでも,安定期の COPD の管理については階段状の図で示されています。 ここで着目したいのは管理目標に関連する重症度の意味合いです。
これまでの重症度としては,スパイロメトリーの重症度であり,その値をもとに GOLD ではステージ I〜IV に分けられています。 この重症度は管理指標として用いる場合には,それなりに意味をもちますが,それがすべてではありません。 最近では,呼吸困難感などを含め,患者の症状や QOL 指標を含め総合的に判断することがより重要であると考えられるようになりつつあります。 BODE インデックスはその一例と考えられます。
木村 COPD ガイドライン第 3 版では,重症度を管理の目安として,FEV1と症状の程度,たとえば呼吸困難感を総合的に判断し, それに見合うように,薬物治療と非薬物治療を組み合わせています。 その進め方は,早期からの禁煙,インフルエンザワクチンの接種,併存症の管理,そして薬物治療として, 症状に合わせた SABA(短時間作用性β2刺激薬)の使用,早期からの呼吸リハビリテーション(リハ)の開始,そして長時間作用性気管支拡張薬の使用という順番になっています。
ここで注目されるのは,2008 年に ERS(ヨーロッパ呼吸器学会)で発表された, 長時間作用性抗コリン薬であるチオトロピウムの UPLIFT(Understanding Potential Long−term Impacts on Function with Tiotropium)試験結果が全面的に採用されたことです。 まず基礎薬として抗コリン薬が位置付けられ,次の段階で併用薬として LABA(長時間作用性β2刺激薬),そしてテオフィリンを上乗せするというようになっています。
三嶋 気管支拡張薬について,最近の動向をお話しくださいますか。
藤本 長期管理薬としては抗コリン薬が第一選択です。 それでも息切れなどの症状が十分にとりきれない場合には,LABA あるいはテオフィリン薬を追加します。
また,SABA の使い方は喘息とは異なります。喘息の場合,発作時に SABA を吸入するのが一般的です。 COPD ガイドラインでは,すべてのステージにおいて息切れ時に SABA の使用が推奨されていますが,COPD では安静にしていれば改善するので, 患者さんはほとんどの場合 SABA を吸入されません。そこで,息切れが想定される動作をする前に SABA を吸入すると症状を軽減でき,ADL や QOL が改善します。 このような使い方,すなわちアシストユースが有用だと思います。
ただ,UPLIFT 試験ではチオトロピウムの服用が心循環器系の疾患,特に心不全のリスクを減少させたという結果が得られていますが, β2刺激薬の場合は不整脈,心不全,狭心症などのリスクを一般的に高めるとされているので,心循環器系の合併症をもつ患者には必要最小限の使用にとどめるべきです。 たとえば入浴前の吸入など,患者さんの希望に応じた使い方があるかと思います。
貼付薬であるツロブテロールテープに関してですが, 日本で行った BAREC(Beta−2 Agonist Research and Evaluation Committee in COPD)試験では,長時間作用性β2刺激薬であるサルメテロールとの比較試験で, 呼吸機能の改善効果は乏しいが,患者の QOL を改善しました。ただ日本でしか行われておらず, 日本独自の治療になりますが,チオトロピウムへの上乗せとして,労作時息切れの改善には有効と思います。 ただし,SABA の効果は約 4 時間しか持続しないので,短期的に症状をとりたいときに SABA を使用する,たとえばリハ前に吸入してもらうと,リハの効果を高めることができると思います。
三嶋 最近は,LABA のサルメテロールと吸入用ステロイド薬のフルチカゾンの合剤が,喘息のみならず COPD に関しても話題になっていますが,ご解説いただけますか。
長瀬 LABA とステロイドの合剤に関する大規模臨床試験としては,2007 年に発表された TORCH(Towards a Revolution in COPD Health)試験があります。この試験は,吸入用ステロイド薬単独,LABA 単独,合剤,プラセボという 4 群に約 1500 人ずつを割り付け, 3 年間にわたって検証したものです。主要評価項目は死亡率でしたが,有意差は出ませんでした(p=0.052)。 LABA はサルメテロールが選択され,吸入ステロイド薬は 1 日 1000μg という高用量が使用されました。 ある意味で否定的な結果に終わったのですが,肺炎がステロイド薬吸入群で有意に高かったと報告されています。 現状では,経年的な FEV1の変化に影響を与えるような薬剤はないと言えます。
三嶋 薬物治療・リハビリテーションとともに重要な栄養治療について,いかがでしょうか。
木村 リハは,診断後早期の開始が推奨されています。栄養治療もリハの一環として考え,早期から開始すべきです。 厚生労働省呼吸不全研究班(班長:三嶋理晃)において,われわれがまとめた全国データによると, BMI が 20 kg/m2 未満の顕著な痩せがある人の割合は,GOLD ステージ IV の最重症患者で約 60%, ステージ III で約 40%,ステージ II で約 30%でした。BMI が 20 kg/m2 未満になると,脂肪量だけでなく筋蛋白量も減少するので, しっかりした栄養治療が必要なことは言うまでもありません。
ステージ I,II では痩せの頻度は必ずしも高くありませんが,筋蛋白量について評価すると,COPD の罹患により筋蛋白量は BMI 以上に減少していることがわかります。 筋蛋白量の減少は骨量の減少とも並行することから,栄養治療の積極的な介入が大切といえます。 栄養治療としては,筋蛋白の異化抑制や筋蛋白の合成促進を目的に,バリン,ロイシン,イソロイシンなどの分枝鎖アミノ酸(BCAA)が入っている成分を選択します。
三嶋 体内で合成できないアミノ酸を含んだ成分ですね。
木村 そうです。全身性炎症の抑制をめざした栄養治療は,いくつか臨床試験が実施されていますが, まだエビデンスが確立されるまでに至っていません。n−3(ω−3)系多価不飽和脂肪酸の強化栄養剤やインフリキシマブにより TNF−αを抑える治療の臨床試験が近年,報告されていますが,まだ未確定です。
三嶋 栄養治療は,エビデンスを出すことがなかなか難しいですね。
木村 栄養状態の低下が独立した予後因子であることに関してはエビデンスはありますが, 臨床試験として介入のプロトコールを組むことはなかなか困難です。世界的にも,エビデンスのランク A に位置付けられるデータはほとんどありません。
三嶋 木村先生は,グレリンの研究で成果を出されていますが,少しお話ししていただけますか。
木村 グレリンは,28 ぐらいの短いアミノ酸が連続したペプチドホルモンです。 胃壁から分泌され,成長ホルモン刺激作用と同時に,食欲を増進し,抗炎症作用もあります。 グレリンは内因性の物質なので,実際に COPD 患者で測定すると,健康者よりも高くなっていて,代償作用が生じている可能性が考えられました。 現在,このグレリンを投与して,COPD の病態や栄養状態の改善を含めて,全身性作用がどのように起こりうるかを検証する臨床試験を行っています。
三嶋 実地医家の方々は,去痰薬を多く使用されるようです。 また,マクロライド系抗菌薬(マクロライド)の少量投与が有効だという話もあります。このあたりはいかがでしょうか。
長瀬 去痰薬に関しては,エビデンスがなかなか得られませんでした。 ところが 2008 年,日常頻繁に使われる去痰薬のカルボシステインについて,1 日 1500 mg の投与で 1 年間にわたって観察したところ, COPD の増悪が有意に抑制されたという論文が,中国から発表されました。日本でも一部補完的なデータが出ています。 東洋人では,カルボシステインが COPD の増悪を抑制する可能性があると,積極的にとらえてよいと思います。
一方,マクロライドに関しては,気管支拡張症あるいは副鼻腔気管支症候群に使われてきましたが,COPD にも使いうる可能性が示唆されています。 2008 年に欧米で行われた 1 年間の長期投与試験で,エリスロマイシンは COPD 増悪を有意に抑制したという結果が出ました。 今後,日本でも検証が必要かと思いますが,去痰薬やマクロライドのエビデンスは,ある程度得られています。
私はカルボシステインを,積極的に使っています。
三嶋 実際には,どのような患者さんに使われていますか。
藤本 エリスロマイシンは,喀痰の多い人,気道病変が強く増悪を繰り返すような人に使っています。
三嶋 リハビリテーションについて,お話しくださいますか。
藤本 COPD 患者は,活動時に息切れを覚えるので,安静にされていることが多いです。 その結果,廃用性の筋萎縮も含め,全身性の併存症として骨格筋機能障害を起こします。 リハは骨格筋機能障害をある程度軽減するというデータが得られていて,早期に開始すべきです。 また,長時間作用性薬剤との併用によって相乗効果が得られ,単独薬剤よりもさらに有意に呼吸障害が改善するというデータも出ています。 ただ問題なのは,リハをいかにして長期間継続できるかです。 リハ目的で入院しても退院後には継続できずに,約半年後にはもとに戻ってしまうこともあります。 ただ重症者で,ほとんど動かないデコンディショニングの状態にあった患者では比較的効果が持続するかもしれませんが, 在宅でも,リハを継続して行うことが重要となります。そうなると,在宅で患者がいかにリハを含めた自己管理ができるか,そしていかにサポートできるかが重要になると思います。
三嶋 在宅医療についての考え方をお話しください。
藤本 日本の場合,在宅での COPD 管理のキーパースンは訪問看護ステーションの看護師だと考えています。 重症の寝たきりの患者は除きますが,ある程度動ける人なら,呼吸器に特化した訪問看護ステーションの看護師を中心にリハの継続, 自己管理のサポートの継続が実現可能です。また,これらの看護師は,一般の実地医家と患者さんとの橋渡しとして, 治療のネットワークをつくる中心的役割を果たしてくれると思います。理想としては,病院勤務医が,実地医家の先生と連携をとり,増悪時には病院で治療を行い, それ以外は実地医家の先生が中心となり,訪問看護ステーションの看護師と連携をとって治療および管理を行うネットワークを利用することです。 実際に訪問看護ステーションが関わる在宅患者の約半数は,呼吸器疾患をもっています。 なかには,非侵襲的陽圧換気(NPPV)や人工呼吸器使用の人もいます。それらの看護師や一般診療所の先生を集めて勉強会を行うなど,地域のネットワークづくりが重要と考えています。
三嶋 慢性安定期の診療としてガイドラインに最初に出てくる禁煙療法とワクチン接種について,最近のトピックをお話しくださいますか。
木村 従来の禁煙療法は,ニコチン置換療法として,ニコチン製剤のガムを噛んだり, パッチを貼ったりするのが主流でした。2008 年に,わが国でもバレニクリンという経口の非ニコチン製剤が発売されました。 これは,中枢性に脳内に作用してニコチンの離脱症状を緩和するもので,安全性,有効性がエビデンス A にランクされています。禁煙治療の手段が増えたわけです。
また,ワクチン接種については,9 割近くの COPD 患者で,肺炎球菌はマクロライドの耐性を獲得しています。 一般の人と比べ,COPD 患者では肺炎球菌の耐性化が強く,日本全国で同様の状況になっていることから, 肺炎球菌ワクチンを積極的に使おうという動きが強くなっています。接種の有用性は,65 歳以上の高齢者に関して報告されています。 2006 年の TORCH 試験では,65 歳未満でも%FEV1が 40%を割るような人では, 肺炎球菌ワクチンの使用によって肺炎の発症リスクが抑制されたというデータが出ています。比較的若い人でも,重症患者には積極的なワクチン接種が推奨されています。
三嶋 COPD 患者に対するワクチン接種は危険ではないかという懸念もありますが,落ち着いている時期にはよろしいわけですね。
木村 初回投与の危険性は,インフルエンザワクチンと比べても副作用の発現率はほぼ同程度で, 一般的なワクチン接種と同じだと考えてよいと思います。ただ 2 回目の投与については種々の説がありますが, これまで言われてきたほどにはハイリスクではないと考えられるようになってきました。
藤本 肺炎球菌ワクチンの有効期間は 5 年です。5 年後にもう 1 回打ったらよいのかと,患者さんによく質問されます。
木村 5 年に 1 回しか打てないという制限はまだ緩和されていないと思います。国のほうでもそろそろ見直すべきではないでしょうか。
三嶋 確かにそういう動きも出てきています。