■治療学・座談会■
がん診療における放射線治療の役割
出席者(発言順)
(司会)中川恵一 氏(東京大学大学院医学系研究科放射線治療学)
甲斐崎祥一 氏(東京大学大学院医学系研究科腫瘍外科)
宮川 清 氏(東京大学大学院医学系研究科放射線分子医学)
江口研二 氏(帝京大学医学部内科学講座腫瘍内科)

放射線治療の認知向上

■ジャッジとしての腫瘍内科医の重要性

中川 米国の MD アンダーソン病院では,新患患者を,腫瘍外科医,放射線治療医,そして腫瘍内科医の 3 者で診ます。 その後,患者自身にどういう治療を受けたいかを考えてもらい,医者側もキャンサーボードにかけて,3 者の立場でディスカッションを行うというシステムが確立しています。 一方,日本にはこれまで腫瘍内科医がいませんでした。患者さんに対し,「それでは,放射線治療の話も聞いてみなさい」, 「外科手術の話も聞きなさい」,「両者を聞いて,どのような希望をもちましたか」といったコンサルタント的な機能を担う診療科がありませんでした。 簡単に言えば,ヘビー級の外科医とライト級の放射線治療医だけがリング内で向かいあっていたという状況で,レフェリーはいませんでした。

 腫瘍内科医の先生に,EBM や患者さんの意向重視という視点を持ち込んでいただけると,3 者のディスカッションが成立するように思います。 そういう点で,腫瘍内科医の参画が,日本のがん治療を大きく変える鍵になるだろうと思っています。放射線治療専門医は 575 人でしたが,腫瘍内科医は公式には何人でしょうか。

江口 約 200 人で,固形癌専門の医師がほとんどです。毎年約 100 人ずつ増えています。

中川 放射線治療医については,残念ながらあまり増えてはいません。

 これにはいろいろな原因がありますが,1 つはわれわれの問題で,放射線治療の専門講座が少ないからです。 日本放射線腫瘍学会は,わが国の医学部のうち 31 で,放射線治療の,少なくとも教授は不在であるとしています。 医学部全体の半数以下で,若い人たちが放射線治療をめざしにくいという事実もあるようです。

江口 癌拠点病院の要件には,放射線診断部門と治療部門があり,「治療部門は独立していなくてはいけない」とされています。 欧米に比べて,治療業務・診療・研究などの体制が不十分であり,今後,放射線治療は独立して講座をもつべきですし,そうでなければ人材はなかなか育成できないでしょう。 これは,緩和医療も同じなのですが。

宮川 内科医の立場は今まで以上に重要になってくると思います。放射線科だけで片づく問題ではなくなってきています。 問題は今のシステムでいかにそれを実現するかです。

■がんプロフェッショナル養成プランへの期待

中川 術後や再発後の化学療法を腫瘍内科医,終末期にかけてのケアを緩和医療専門医が担うとすれば,外科医としていかがでしょうか。

甲斐崎 外科医の本音としては,手術はするが,それ以外のところは専門の先生にやってほしい。 緩和ケアの先生や腫瘍内科医が増えれば,そちらにお任せしたいです。

宮川 緩和ケアがとりかかりとしては重要かなと思います。たとえば平成 19(2007)年から行われている 「がんプロフェッショナル養成プラン」(がんプロ)では,緩和ケアの教育の充実が重要な目的となっています。それで,かなり流れが変わってくるのではないでしょうか。

中川 そうですね。東大病院の実務担当者として,がんプロの概略をご説明くださいますか。

宮川 このプランでは,がん専門医療人の育成を主に大学院教育が担います。 大学院の博士課程において,集学的ながん医療研修が可能となりました。また,職種横断型の医療の教育にも重点がおかれるようになり, 看護師,薬剤師,放射線技師,医学物理士などの大学院教育も充実させることになりました。

 一方,大学院だけに特化するのは不都合なこともありますので,ある程度の経験を積み各専門領域で活躍されている医師も, 希望者は大学あるいは大学関係の施設で研修していただけることになり,より門戸を広げて,がん教育のプログラムを行うことになったのです。 これまでのシステムでは,希望してもなかなか研修できなかった領域もありましたが,希望者はある程度の期間にわたり研修を受けられるようになりました。それが最大の利点だと思います。

■可能になった医学物理士の雇用

中川 がんプロで私がありがたみを感じるのは教官の雇用ができることです。 通常,研究費がついても,よほどのことがないと教員の雇用にまでつながりませんでした。 物は買えるが,人は雇えない。ハードウェア重視が多いなか,がんプロで医学物理士の雇用が可能になったのです。

 米国には,放射線治療医が 5 千名,日本の約 10 倍もいます。 さらに特徴として,理論物理や原子力工学の博士号をもった物理の専門家がほぼ同数いて,医者をサポートしています。 ここが日本との最大の違いで,日本に米国型の医学物理士は全国で 50 lもいません。また,病院で医学物理士を雇用しようとしても, 前例がないので非常に困難です。それは,医学物理士は間接的に医師や技師をサポートし,その力を 3〜4 倍に発揮させる仕事ですが,ある意味で医療職ではないからです。

 2009 年 4 月からは,がんプロで緩和ケアの若手医師も雇用できることになりました

江口 平成 20(2008)年度の初めに約 20 の施設でがんプロが実施されていました。 しかし,各コースのなかには,本当に機能している所が数施設に満たないものもありました。 真に人材を育成できるコースに対して,資金を重点配分するなどの対応が必要であると思います。そうでないと,中途半端な結果に終わるのではないかと懸念されます。

■欧米に遅れをとる日本

江口 約 20 年前に,トロントの病院を見学する機会がありました。 当時,放射線治療に関して驚いたことに,直線加速器(LINAC:リニアック・ライナック)が 10 数台設置されていると, こともなげな説明を受けたのです。そのころの日本では考えられないことで,放射線治療に力を入れている施設でせいぜい 2,3 台といったところでした。 またカナダでは,医学物理士など,多数の治療支援スタッフが働いていました。

 また,私たちは米国の多施設共同試験グループと議論する機会が多いです。 放射線治療分野で有名な米国の医師に,日本国内の主な施設数か所を見学した後に「日本の放射線治療のクオリティは信用ならない」と,はっきり言われました。

中川 それは耳の痛い話ですね。

江口 世界的に有名な人ですから,国際的な学会などでそうコメントしています。 日本は診療に関する質の管理(QC)や質の評価(QA)をしっかりと行う必要があります。単に医学物理士の養成という話ではなくて,その先を見据え, さらに多くのことを早急に改善していく必要があると思っています。

中川 おっしゃるとおりです。米国では物理担当者が QA,QC も行っています。 日本の現状を簡単にいうと,診療放射線技師が,世界的には診療放射線技師の仕事ではない部分まで献身的に行っていました。 放射線治療は加速器を施設内で使用する数少ない仕事で,電子を光の速さの約 8 割まで加速するので,相対性理論が働き質量が増します。 技術が進めば進むほど,そこが難しくなっていきます。放射線治療の件数が増え,高度化し,要求される能力が増加していくなか,精度の問題が問われ始めています。

 日本の外科の技量は世界一ですが,放射線治療に関してはまだ発展途上にあり,過剰照射などの医療ミスも起きています。 放射線治療で QA,QC を怠ると,たとえば 2 で割るところを 1.5 で割れば,放射線量がそれだけ増えることになります。 そのうえ,装置を使用したすべての患者に影響が及びます。放射線治療のこわさはミスがシステムエラーになることで,それをどう防止するかが問題なのです。

 また,強度変調放射線治療が前立腺癌などに用いられています。これは,直腸に放射線を当てずに前立腺癌のある所だけに集中させるものです。 72 Gy を超える量では,前立腺全摘以上の成績が出ます。ところが,72 Gy 未満では前立腺全摘の成績が優ります。 一般的に高い線量をかけたほうが,がんの局所制御率は向上します。ところが,単純に照射量を増やしただけでは,周囲の臓器障害が起きてきます。周囲に当てないようにすることが大事なのです。

 ただ,その技術は基本的に米国発のものが多く,医学物理士が多数存在する環境を想定しつくられています。 そのまま日本に導入しても,日本の環境には適合しません。逆に複雑さだけが多くなるといったことも危惧されます。

■求められる基盤整備

中川 放射線科医は,基盤整備を絶えずしていかなければなりません。 先ほどの著名な先生の見解以外にも,「日本の放射線治療,特に物理部分の未整備は問題だ」と,IAEA(国際原子力機関)に指摘されています。 これは,最終的に患者さんの利害に関係することです。

 患者が放射線治療の施設を選ぶにあたり,物理の専門家の存在なども含めて情報を開示していく必要があるかと思います。 現実には,放射線治療の従事者でさえ,医学物理士の必要性を十分に理解しているとは言えません。 施設内に医学物理士が導入されるとなると,これまでその仕事を行ってきた技師に,職域を守るといった意識が働くようです。 結果的には,治療がうまくいき,そして治療件数が増えていく。そういう好循環が生まれるはずなのですが,入り口の所で問題になるようです。結局,患者側の評価にかかっていると言えます。

宮川 そういう点で,治療成績や地域の状況などを客観的に示す必要があり,がん登録をきちんと行うことが非常に重要になります。 また,基本的なことを言えば,がんの疫学などについてあまり教育されていないことも影響していると思います。 医療従事者,主に医師が若い時代からがんを見つめるという適切な教育を受けるべきではないかと思っています。

中川 たとえば東大の医学部教育でも,緩和医療と名づけられた講義は 6 年間で 2 回です。 カリキュラム作りも非常に大事です。放射線治療に関するものも少なく,3 コマ程度です。

宮川 ええ,私もこの数字には驚きました。

中川 放射線治療の機会が急増し,10 年後には 50%近くまでいくと思います。 この 50%は今の世界の平均です。日本は世界でもがん発症が最多で,ここに 4 人いますが,10 年後にはそのうち 1 人が放射線治療を受けると推定できます。 そういう意味で,たしかに医学教育が偏っていると感じます。

宮川 そうなのです。5,6 年生の講義内容をみると,各論では非常に細かいことまで行う一方,普遍的なテーマは不十分であるという問題があります。 講義内容の選び方では,教員側がさらに配慮すべきではないかと思います。

江口 帝京大学では,2009 年から「臨床腫瘍学」をカリキュラムとして採用しました。 各種がんを横断的に学ぶ目的で,19 コマを組みました。医科大学でそういうことをきっちり行っていかないと,人材育成にはなかなかなりませんね。

 2009 年 4 月には,腫瘍内科の集い「全国医科大学腫瘍内科連携協議会」が発足します。 ちょうど日本内科学会と合わせて会合を行いますが,教育内容の共有化なども含め,質の向上を図りたいと思います。 放射線治療についても,当然,教育内容に含める必要があると思っています。

中川 それは良い試みですね。歴史的にも,放射線治療と腫瘍内科は抱える問題がかなり共通しています。 互いに適切に主張し合い,スクラムを組んでいくという姿勢が重要になります。

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