■治療学・座談会■
受動喫煙防止条例施行への道程
出席者(発言順)
藤原久義 氏(兵庫県立尼崎病院)
大和 浩 氏(産業医科大学産業生態科学研究所健康開発科学)
吉見逸郎 氏(国立保健医療科学院研究情報センターたばこ政策情報室)

受動喫煙防止条例施行までの解決すべき課題

■受動喫煙に対する問題意識の高揚

藤原 現在,喫煙については明白なデータが出されています。 研究者の立場としても,受動喫煙防止法を施行すべきだと思います。どういうステップを踏んでいけばよいのでしょうか。

吉見 神奈川県でも,レセプトを集める体制になれば,できるのではないかと考えています。 「変わりませんでした(自然減と同じ傾向でした)」という結果であっても,それは評価すべきだろうと思います。 「少なくとも学校や病院,役所などは完全禁煙になったのでよかった。 だから,ほかもいろいろやろう」と,他の自治体に拡がっていくような後ろ盾を,われわれも行っていかないといけないと思います。

大和 それに関連した案内が,日本医師会から唐澤祥人会長名で, 都道府県知事に「禁煙に関する声明文」として出されています。 そのなかで,「FTCT(世界保健機関枠組条約)の締約国は,建物内禁煙に取り組まなければならない」とし, 神奈川県の条例も取り上げ,「同様の取り組みが全国に広まること, また職場における受動喫煙対策の取り組みも推進されることを期待する」と述べられています。 あらゆる医学団体から都道府県知事に要望していくことが,大切ではないかと思います。

藤原 今後,スモーキング・バンがひとつの医療として確立していくでしょうか。

大和 海外のように法律で国全体に規制をかけないかぎり, いくら条例を施行しても限界があると思います。国会議員にも,まずは科学的なデータを理解してもらうのがよいと思います。

吉見 禁煙推進に関連した議員連盟もまた発足し,国会でも取り上げられる可能性も大きくなってきました。 そのときに「国は何をモタモタしているのだ」と国民が思うくらいに,たばこそのものではなく,受動喫煙への問題意識を高めていく, そしてわれわれは,そういう情報を提供する必要があると考えています。

■飲食店の禁煙化

藤原 飲食店などが経済的に悪影響を受けると訴えていますが,打撃はそれほどでもないというデータもあるようですね。

吉見 ニューヨークの例では,「より外食に出かけるようになった」,「税収でみた収入への影響はなかった」という結果が出ています。

大和 禁煙の飲食店を紹介する 「禁煙スタイル(http://www.kinen−style.com/info/about.html)」というウェブサイトがあります。 サイトの運営者は,禁煙,分煙,喫煙の店が混在する現状で,全席禁煙の店にも固定客がついており, 売り上げは落ちてはいないと述べています。

藤原 日本でも,飲食店に不利にならないという可能性が十分にあるわけですね。

吉見 「禁煙スタイル」での調査結果では,「家族連れなど新たな客が増えた」, 「禁煙により客層が良くなった」,「回転が良くなり収入が上がった」という例もあります。 「働く側の健康上の不安がなくなった」という声もしっかり出ています。

 しかし,飲食だけが目的ではなく,場所と時間を提供するタイプのお店, たとえば居酒屋や喫茶店などは売り上げが減少する可能性があると,そのサイトでも懸念しています。 特に,全体としては影響がなくとも,個別の店にとっては影響を受けるケースもありえますから, 今の社会・経済の状態もあって,悩ましい課題のひとつです。

 つまり,店や業界の自主努力ではすでに限界で,どこかの時点で,職場も含めて,一律に横並びに仕掛けていくべきだと思います。

大和 すでに受動喫煙防止法が成立している国々のように, 法律ですべての店や業界を例外なく規制し,違反者には罰金や営業停止処分を設けることが, この問題の唯一の解決方法だと思います。個別の店舗や業界の自主努力に任せる時代はすでに終わりました。 FCTC が批准国に対して求めているように,わが国でもすべての屋内とそれに準ずる空間を禁煙とする受動喫煙防止法を成立させることです。

 そして,その際に議論すべきは,これまでのように客足や売り上げなどの経済的なことだけではなく, 先ほどもふれたように,サービス産業で働く従業員の安全と健康の問題であることをさらにクローズアップすることが必要です。 また,そのことを市民に啓発することも重要です。 すでに,受動喫煙防止法が成立している国も一足飛びに対策が進んだわけではありません。 フィンランドのように,まず病院や学校が禁煙化され,それが職場の禁煙化に拡大し,最終的にサービス産業の飲食店も, 従業員にとっては職場であるからという理由で禁煙化が進んできています。

■研究者からのエビデンスの提示

藤原 最後にひとことずつお願いします。

大和 産業保健という立場から,一般の職場やサービス産業という区別なく, 働く人たちが高い濃度で長時間,長期間にわたって受動喫煙に曝露されているという状況を,見過ごすことはできません。 職業的な受動喫煙の影響は深刻です。法律を改正して規制するべきだと思います。

吉見 当院で,たばこの 3 銘柄の煙について分析したところ, 主流煙はニコチンが平均 1.03,タール 12.67 で,これは表示値であるニコチン 1 mg,タール 11 とほぼ一致していました。 しかし,副流煙を完全に捕捉するとニコチン 4.5 くらいで,タールは 22 くらいになります。 ニコチンは 4 倍,タールで 2 倍の量が副流煙に含まれているのです。 主流煙は吐き出すので,全部捕捉したとしたら,その程度の量が受動喫煙のもとになるわけです。 それはもちろん換気や人のいる位置などで変わりますが,重要視すべき数値だと思います。

 成分それぞれに関しては,発癌性についても検討されています。 他人のたばこの煙は,マナーや好き嫌いだけではなく, シックハウス症候群の原因になる物質や発癌性物質が含まれていることを強調したいですね。

 また,札幌市衛生研究所での研究では,非喫煙者を被験者にし,喫煙コーナーに入ってもらった後, 尿と唾液でコチニンを測定したところ, 確実に体内に吸収され,曝露と並行して変動しているデータが示されました。

 受動喫煙とは,マナーや好き嫌いだけではなく,実際こういうものである,という事実をぜひ伝えていきたいと思います。

藤原 スモーキング・バンをぜひ国内でも実現させ, 日本人でも循環器疾患を減少させられるのかという検討を,ぜひ行いたいですね。 すでに“そのとき”がきていると思います。本日はどうもありがとうございました。

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