■治療学・座談会■
トータルマネージメントに挑む
出席者(発言順)
(司会)小川 聡 氏(慶應義塾大学医学部循環器内科)
杉  薫 氏(東邦大学医療センター大橋病院循環器内科)
矢坂正弘 氏(国立病院機構九州医療センター脳血管神経内科)
高橋 淳 氏(横須賀共済病院循環器内科)

ガイドラインの改訂

■Sicilian Gambit の考え方を維持

小川 本日の座談会は,心房細動の「トータルマネージメントに挑む」というテーマで進行したいと考えています。 心房細動の患者は,この数年右肩上がりで増加しています。ある統計によると,現在は 70 万〜80 万人で,2050 年には 150 万人くらいになると推定されています。

 心房細動の治療に関しては,『心房細動治療(薬物)ガイドライン』(2001 年版)がありますが,2008 年改訂版として全面見直しをしています(2008 年 11 月 25 日,日本循環器学会のホームページに公表)。2001 年版がどのように変わったのでしょうか。基本的な考え方についてはいかがでしょうか。

杉 2001 年版の発表からこれまで,海外では AFFIRM(Atrial Fibrillation Follow−up Investigation of Rhythm Management)試験,PIAF(Rhythm of Rate Control in Atrial Fibrillation)試験などの結果が公表され,日本では J−RHYTHM(Japanese Rhythm Management Trial for Atrial Fibrillation)試験が行われました。この J−RHYTHM の根幹は AFFIRM などとは異なり,Sicilian Gambit の考えが強調されています。今回の改訂は,Sicilian Gambit の考えをもとに抗不整脈薬を選択しよう,治療の標的を定めようという,日本での薬物治療の進歩にそった流れだと思います(図1)。

図1
図1 Sicilian Gambit の
病態生理学的薬剤選択
(『心房細動治療(薬物)ガイドライン(2008 年改訂版)』,日本循環器学会ホームページから引用)

 2008 年改訂版は,心房細動のクラス分けだけではなくて,基礎疾患の病態による相違を強調しています。 また,それぞれに対する具体的な治療というより,全体像の把握といった側面が強いと思います。 抗不整脈薬としては,海外ではアミオダロンが中心ですが,日本ではクラスTの Na チャネル遮断薬やその他の K チャネル遮断薬など,アミオダロン以外にも多岐にわたっています。 2008 年改訂版は,日本での心房細動治療の現状を正直に反映していると思います。

■抗血栓療法を重視

小川 2008 年改訂版は,新しいエビデンスも統合して,より実戦的なガイドラインだと思います。治療方針はどうでしょうか。

杉 心房細動は致死的な不整脈ではないので,最大の問題は,それが誘因となる脳梗塞,血栓塞栓症,心不全などの疾患です。 これらの予防が心房細動治療のゴールだと思っています。

小川 2001 年版のガイドライン作成にも関与されましたが,2008 年改訂版の考え方はいかがでしたでしょうか。

矢坂 はい。特に発作性心房細動(持続 7 日以内:PAF)に注意を払っている点に注目できます。 脳卒中専門医の立場からは,抗血栓療法をきちんと行うことが非常に大切だと考えています。特に PAF も,持続性心房細動(持続 7 日以上)と,脳梗塞発症率に差異はありません。 また,九州医療センターのデータでは,PAF でもひとたび脳梗塞を起こすと,その重症度は持続性心房細動に伴う脳梗塞の重症度と相違がありません。ですから,PAF も持続性心房細動と同様に,ぜひ抗血栓療法の実施を考えていただきたいと思います。

小川 アブレーションの適応で紹介されてくる患者以外に,ご自身の患者さんも多数おられるかと思います。 循環器内科医として,どう対応されていますか。

高橋 脳梗塞を発症すると予後は非常に悪くなると言われています。 まずはそれを予防することが重点となります。そのため,背景にある基礎疾患,糖尿病,高血圧などのコントロールを考えます。 それにはリスクを換算するのですが,CHADS2スコアなどを利用し,適応があれば抗血栓療法を行うことになると思います。

小川 心房細動のトータルマネージメントでは,抗血栓療法の位置付けが重要で,最初に理解しておかなければなりません。

■患者背景の把握が重要

杉 心房細動で紹介されてきた患者さんでも,当院で心電図をとると,すでに洞調律のことがあります。 それで,患者背景の把握が必要となります。そのため,X 線撮像や心電図により心拡大の有無,心エコーにより左房径の拡大, 左室の収縮能などを調べる必要があります。ホルター心電図をとると,発生頻度がわかることもあります。

 最も大事なのは自覚症状で,心房細動が起きた際に何か症状があったかどうかを患者さんに伺います。それも加味して,今後の治療法を決めています。

高橋 ただ,ホルター心電図は測定当日だけの事実だということを忘れてはいけません。 私は患者さんに,発作症状の有無にかかわらず,朝晩,携帯心電図をとってもらっています。 また,携帯心電図を使用しない場合には,患者に自分自身で脈を測ってもらうこともしています。 正常な脈を自覚してもらい,何かおかしいときにチェックする。そうすれば,発作の程度や持続する期間などが明らかになり,患者さん自身にも特徴が理解できると思います。

矢坂 脳血管内科に来る患者さんのほとんどは,TIA(一過性脳虚血)や脳梗塞を発症し,その受診時に心房細動が発見されたという方です。 脳梗塞の既往は,CHADS2スコア(慢性心不全,高血圧,年齢 75 歳以上,糖尿病:各 1,脳梗塞:2)中で 2 とされているように,脳梗塞発症のリスクが高いことが知られています。 まずはワルファリンによる抗血栓療法を行うことになります。

 注意したいのは,脳梗塞には心原性脳塞栓症,ラクナ梗塞,アテローム血栓性脳梗塞など,多くの種類があることです。 リスク評価における脳梗塞は,その病型を問いません。ラクナ梗塞でも心原性の可能性があります。 私たちも,ラクナ梗塞で受診された患者が,次の脳梗塞が心原性脳塞栓症だったという経験は少なくありません。 また,感染性心内膜炎の患者は塞栓症を起こすことがあります。その典型例を MRI でみると,皮質に塞栓症を起こしていますが,実際には基底核の穿通枝領域にもあります。 ですから,「穿通枝梗塞だから塞栓症ではない」とは決して言えないのです。 それで,心房細動に合併した脳梗塞病型がラクナ梗塞であっても,抗血栓療法を積極的に考えます。

 リスク評価として,一般外来で心房細動の患者すべてに MRI を行うことは現実的ではありません。 だが,偶然でも無症候性脳梗塞が発見されたら,症状が出ない場所に梗塞をつくっているだけで,症状の現れやすい場所に再発する可能性は十分にあります。 ですから,脳梗塞のリスクを有していると判断して,抗血栓療法の実施を考慮すべきだと思います。

高橋 たとえば,リスクがないような若年者で,脳梗塞になる人がたまにいます。疑問に思っていましたが, もしかしたら,そういう既往があるのかもしれません。

矢坂 さらに,患者さんに「TIA や脳梗塞の既往はありませんか」と聞いても,わからないことが多いです。 それで私は,具体的な症状として「手足が急に力が抜けたり,言葉がもつれたり,急に歩けなくなったり,目が急に見えなくなったり, そんな症状はありませんでしたか」と質問することにしています。

高橋 MRI ではなく CT 画像によって,梗塞がないと判断してはいけないのでしょうか。

矢坂 CT 検査には意義があると思います。ただ CT には,どうしても脳幹やその周辺評価に少し弱いという特徴があります。 梗塞巣のサイズが小さくなるほど,わかりにくくなります。また逆に,「MRI により脳梗塞はすべてわかるのか」と問われれば,「イエス」とは言えません。MRI でも検出できない脳梗塞もあります。

小川 そうなると,CHADS2スコアを判断するにあたっては,あえて MRI や CT を撮らなくてもよいことになりますね。

矢坂 National Registry of AF のスタディでは,明らかな脳梗塞,TIA の既往だったと思います。 MRI は日本では一般的ですが,欧米ではそれほど普及していません。スクリーニングとして,MRI や CT 撮像は不要と思います。

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