熊田 1992 年には C 型肝炎の IFN 投与も開始され, C 型肝炎はすべて制圧できるのではないかと期待されていたのですが,結局,単剤での有効率は 30%でした。 IFN 単剤使用からこれまでの流れについて,お願いできますか。
朝比奈 わが国では genotype 1b かつ高ウイルス量の症例,いわゆる難治性 C 型慢性肝炎が約 70%を占めています。 これらに対する IFN 単剤の 24 週投与の著効率は,私どもの成績では 8%程度でした。その後単剤で 48 週投与が可能になり,約 20%まで著効率が上がってきています。 しかし,それでは十分ではないというのが現状です。
genotype 1b で高ウイルス量の,治療が奏効しにくい症例では,単剤投与の場合,2 年投与でようやく著効が得られるなど, 長期にわたる投与により効果が得られる場合もあります。 したがって 48 週という限定つきでは,単独療法では十分な効果を得るのは難しいと思っています。
熊田 それで IFN+リバビリン(RBV)の併用療法が登場するわけですが,RBV の併用は,当初認められたのは 24 週でしたが,感触はいかがでしたか。
田中 RBV との併用で治療効果が向上したのは確かだと思います。
熊田 現在は,48 週の Peg−IFN を使用していますが,その治療成績を簡単にご説明いただけますか。
鈴木 虎の門病院の 407 例の解析では,通常量から始めたときの著効率は 47%で,全国治験を行ったときのデータとほぼ同等になっています。 ただ特徴的なことは,50 歳以上の女性で著効率が低いことです。 女性でも 50 歳未満の症例は約 6 割治りますが,50 歳以上の女性では,50 代で 30%,60 歳以上で 17%と,非常に有効率が下がってきます。このあたりが問題となっています。
熊田 現在,発表される成績のほとんどが Peg−IFNα2b と RBV との併用ですが, Peg−IFNα2a と RBV の併用の治験成績は,50 歳以上の症例でもわりあいに良かったと出ていますが,いかがでしょうか。
朝比奈 現状では臨床試験の結果しかありません。 Peg−IFNα2b と,Peg−IFNα2a の臨床試験はまったく別に行われましたから,症例の背景が違います。 その両者の試験結果を比べるのは科学的ではないと思います。
しかしあえて,成績だけを比べてみると,Peg−IFNα2a のほうは,年齢が高い症例にも効いていますし,性差もあまりありませんでした。 ただ,市販後に,臨床の現場でそういう治療成績がそのまま得られるのかどうかを検証する必要があります。
熊田 認可からすでに半年ほどたっていますが, Peg−IFNα2a+RBV 併用によるウイルス量の減少具合や early virological response(EVR)はいかがでしょうか。
朝比奈 武蔵野赤十字病院の成績で,12 週での陰性化,すなわち EVR をみると,60 歳以上,60 歳未満でその差が約 10%です。 男女差は若干ありますが,女性に限ると,60 歳以上と 60 歳未満では今のところ EVR には差がありませんでした。 しかし,症例数が少ないので,まだ決定的なことは言えませんが。
熊田 海外で行われている,Peg−IFNα2a と 2b についての 1000 例単位の大規模介入試験の成績が,2008 年 3 月には発表されるかと思います。 ただ,いずれにしても奏効しない症例は存在するはずですね。
熊田 虎の門病院での遺伝子解析の結果を紹介してくださいますか。
鈴木 虎の門病院で報告してきましたが,HCV のコア領域のアミノ酸の 70 番目と 91 番目に変異(置換)のない症例は, SVR(sustained virological response:ウイルス学的著効)になりやすいことが統計学的に明らかになりました。 さらに,以前から榎本信幸先生(山梨大学第一内科)が発表されている ISDR(interferon sensitive determinant region:IFN 感受性決定領域)の変異が 2 つ以上の症例は,Peg−IFN+RBV の SVR 率が有意に高いことも明らかになってきました。
さらに最近の検討で,ISDR とコア領域の変異について組み合わせると,治療前に成績をある程度予測できることが明らかになりました。 50 歳未満の症例は 6 割ぐらい治りますので,ISDR,コア領域に関係なく治療するのがよいと思います。 50 歳以上の症例には,ISDR が 2 以上なら 6 割程度効きますので,そのまま治療を行ったほうがよい。 また,ISDR が 1 以下の場合でもコア領域が double−wild 型(70 番目と 91 番目のアミノ酸がともに wild type)では 40%台の著効率です。 この場合も治療するのがよいかと思います。
しかし,ISDR が 1 以下で,かつコア領域が double−wild ではない症例は,非常に著効率が下がります。 特にコア領域が double−mutant(70 番目と 91 番目のアミノ酸がともに mutant type)では 15%しか効きません。 このような症例には,Peg−IFN+RBV48 週間投与ではあまり効果は期待できません。 さらに 50 歳以上の女性では,虎の門病院では 12 人中 1 人も治っていません。 この群に当てはまる 50 歳以上の女性は,48 週間投与では非常に治りにくいと思っています。
熊田 理想を言えば,Peg−IFN+RBV 併用療法は治癒を期待する治療なので, 可能なら実施前に治る確率がきちんとわかると良いわけです。 これに関して,欧米からも追試の論文が出て,最近,榎本信幸先生も同じことを支持する発表をされていますが, 全国レベルでデータをまとめる必要があると思っています。
それから,期間の問題があります。長期投与の 72 週が最近話題になっていますが,いかがでしょうか。
田中 late virological response(LVR)の症例を中心に 72 週投与を行っています。 LVR 症例では,投与期間を延長せずに 48 週で終了した場合の SVR 率は約 30%で,これを 72 週に延長すると約 50%になりますので,延長効果はあると考えています。
熊田 最近の発表のほとんどが投与期間を延長したほうがよいとなっていますが,延長するかどうかの判断はどこでされていますか。
朝比奈 たとえば性別,60 歳以上か未満かなど,患者さんの背景因子によって多少違うかと思います。
60 歳未満の男性なら,12 週までにウイルスが消えれば,48 週の治療で 75〜80%の SVR が見込め,延長の必要はないと思います。 一方,高齢女性の場合,12 週でウイルスが消えても,当院の成績では SVR 率は 30〜40%しか得られません。 そういった症例は 8 週までにウイルスが消えていなければ,50%以上のSVR 率を期待するのはなかなか難しいです。 したがって 8 週までにウイルスが消えていなければ,72 週の延長投与を実施してもよいかもしれません。
鈴木 50 歳以上の女性で 12 週までにウイルスが消える確率は約 30%であり,消えた症例でも 48 週間投与で治る可能性は約 60%です。50 歳以上の,12 週でウイルスが消えた女性にどう対応するかは,副作用の状況や患者背景などを,総合的に判定するということになります。
熊田 72 週の投与結果は,全国でもまだ 200 例に満たないと思います。 いずれ,性別,年齢,消失時期などを組み合わせて,投与期間の延長についてのエビデンスを出していかなければなりません。
熊田 ALT 値が 30 U/L 以下,または血小板が 15 万/μL 以上の正常症例は,治療対象になるのでしょうか。
田中 ALT 値の正常例に対しても積極的に治療を行っています。私どもの施設では患者さんの平均年齢が高いので, ALT 値が正常でも,年齢的に治療を待てない人が多いのもひとつの理由です。
鈴木 当院でも ALT 値が正常な症例でも積極的に治療しています。
熊田 C 型肝炎症例は高齢化していますから,治癒が見込めれば,ガイドランどおりに実施するのがよいということになりますね。
熊田 さらに現在,Peg−IFN+RBV 併用療法はオーバーオールで約 50%,あるいは 60%の著効率ですが,治癒しなかったときの治療はどのようにしたらよいでしょうか。
朝比奈 ウイルス駆除ができなかったとしても,IFN の少量,長期の使用によって,肝炎を沈静化させ,発がんの抑止を積極的に行っていくべきだと思います。
熊田 通常の IFN を自己注射していく方法と,Peg−IFN 製剤を使用する方法の 2 つがありますが,どのように使い分けておられますか。
朝比奈 患者さんのライフスタイルなどへの配慮が大きいかと思います。 仕事をもち病院になかなか来られない人で,自分で注射できる方は自己注射がよいと思います。 「夜間に打つと副作用が少ない」と患者さんからよく聞きます。
熊田 Peg−IFN+RBV 併用療法で治らなかった場合,ALT 値がどの程度ならこの対応をするなど,目安についていかがでしょうか。 併用療法で治らないにしても ALT 値が正常なまま持続する症例は,治癒しなかった例の半数程度になります。 発がん予防を目的とした IFN の少量長期療法の開始基準についてお願いできますか。
鈴木 ALT 値が正常値の 1.5 倍以上で持続する場合です。 ただし,Peg−IFN+RBV の併用療法終了直後に AST,ALT が上昇する症例があります。 時間をおかずにすぐに IFN を使用すると意外と効かないことが多いので,IFN 少量長期投与は少し時間をおいてから行ったほうが,有効なことが多いです。
熊田 いま海外ではプロテアーゼ阻害薬が主体で,なかでも Vertex 社の VX−950 は治療効果が高いのではないかと言われています。 まだ公表されていないのではっきりとは言えませんが,VX−950 と Peg−IFN+RBV 併用療法の 24 週投与で難治例の約 8 割は治癒しそうだということです。
Peg−IFN+RBV 併用療法よりも,期間を半分にしても,IFN 未使用例での著効率が 50%から 80%に上がるのであれば, 将来的には 3 剤併用もありうるのではないかと思われます。 ですが,日本ではこれから治験が始まる薬剤ですし,海外のデータをそのまま日本に当てはめられるかどうかも不明です。 また,genotype によって差があることも明らかになっています。
そのほかにポリメラーゼ阻害薬も種々出ていますが,そのあたり,どのように期待されておられますか。
田中 論文できちんと報告されているのは VX−950 です。VX−950 に対する耐性株は投与開始前から存在します。 VX−950 を投与すると,これに感受性のある野生株が減って,その代わりに耐性株が出現するというパターンをとります。 ですから,VX−950 単独でのウイルス排除は困難と考えられています。
VX−950 耐性株でも IFN には感受性なので,VX−950 に IFN を併用すると血中 HCV RNA 量の減少が早くなります。 この併用を 2 週間行った後,さらに Peg−IFN+RBV 併用療法を行うと血中 HCV RNA 陰性化時期が早まり,最終的な著効率も高くなることが期待されています。
朝比奈 プロテアーゼ阻害薬である VX−950 に関しては,Peg−IFN と RBV 併用療法の初期の 2 ないし 12 週間に, この VX−950 をさらに併用することで,熊田先生がおっしゃったように,特に genotype 1b に対して高い著効率が得られており,期待できる治療法だと思います。
さらにシェリング社のプロテアーゼ阻害薬のほうも,3 剤併用で良い成績が出ているという情報もあります。 こちらの薬剤は長期投与を米国においては FDA(食品医薬品局)が認めているので, Peg−IFN と RBV とともに 3 剤で 24 週ないしは 48 週治療するというプロトコールが可能なようです。 こちらの治療法も期待できると思っています。
熊田 今後は,日本に上陸したプロテアーゼ阻害薬を最大 12 週使用した後に Peg−IFN と RBV を 24 週併用投与する方法と, プロテアーゼ阻害薬を含めた 3 剤を長期間使用する方法の 2 つが期待できそうだということですね。 日本こそ早く新しい薬剤を使いたいのですが,いまのところ他の薬剤で日本に上陸しそうなものはなさそうです。
C 型肝炎症例は年々高齢化するわけで,最近話題になっている血液製剤,フィブリノゲン製剤による C 型肝炎の因果関係も非常にはっきりしてきました。 早期の治療開始という点では,厚生労働省をはじめとした啓発活動が必要ではないかと思います。本日はありがとうございました。