■治療学・座談会■
ウイルス性慢性肝炎治療の現状と今後
出席者(発言順)
(司会)熊田博光 氏(虎の門病院 肝臓センター)
田中榮司 氏(信州大学医学部 内科学第二講座)
鈴木文孝 氏(虎の門病院 肝臓センター
朝比奈靖浩 氏(武蔵野赤十字病院 消化器科

B 型肝炎の治療成績と今後の展開

■ 有効例が判明したインターフェロン治療

熊田 本日は,ウイルス性肝炎治療の分野でリーダーシップをとっていただかなければならない先生方 3 人にお集まりいただきました。 2000 年以降,B 型肝炎,C 型肝炎において,毎年のように新しい薬剤が認可されており,現状では治療法の確立が議論になっています。 本日は,ウイルス性慢性肝炎の治療成績と,これから上市される薬剤もありますので,今後を展望していただきたいと思います。 田中榮司先生,B 型肝炎に対するインターフェロン(IFN)療法の成績はどのようになっているかを,お話ししていただけますか。

田中 1986 年に B 型肝炎の IFN 治療が開始されてしばらくは, 4 週間投与が IFN の標準的な使用法でした。主な対象は e 抗原陽性の活動性肝炎症例でしたが,自然に e 抗原が消失するのが約 10%に対し, この IFN 治療で e 抗原が消失するのが約 20%であり,e 抗原消失を促進する効果があるとの評価だったと思います。 ただし,IFN の 4 週間投与が有効な症例は,本来自然経過で e 抗原が消失しやすい症例に限られており,満足できるものではありませんでした。

 最近は IFN の 6 ヵ月投与が可能になっています。主に,35 歳未満で ALT 値が高い症例で使われており,このような症例では比較的良い効果が得られると思います。

熊田 日常診療では,4 週間,半年,場合によっては半年以上の投与が行われていると思います。 B 型肝炎には複数回投与できますが,鈴木文孝先生,期間別の治療成績はいかがですか。

鈴木 虎の門病院のデータでは,e 抗原陽性症例における 6 ヵ月投与の著効率は 20%です。 有効な人は 35 歳未満の症例に多く,ウイルス量が比較的少ない時期あるいは ALT 値が高いときに治療を開始した症例に有効であることが明らかになっています。

 また,6 ヵ月以上の IFN 治療の成績もありますが,1 年投与で著効率は 31%でした。 有効例は開始時の HBV DNA が低い症例と,投与時または投与終了後に ALT 値がリバウンドした症例でした。

 さらに,IFN 投与中に e 抗原の陰性化が得られる治療開始時の因子について多変量解析してみますと, AST 値が 100 U/L 以上,HBV DNA 量が 6 以下という因子が選ばれました。このような症例を選ぶと,非常に有効だと思います。

熊田 4 週間よりは半年間の投与が少なくともよいということですが,海外では 1 年投与が主流です。 朝比奈靖浩先生,投与期間についてはいかがですか。

朝比奈 やはり長いほうがよいと思います。

熊田 日本でも現在,ペグインターフェロン(Peg−IFN)アルファ(α)2a の治験が行われています。 わが国でも将来的には,C 型肝炎と同様に B 型肝炎も 1 年程度の投与が基本になると考えられますね。

 ところで,B 型肝炎ウイルス(HBV)にも,C 型肝炎ウイルス(HCV)と同様に遺伝子型(genotype)があります。 genotype 別の治療法の選択について,どうお考えでしょうか。

朝比奈 確かに,IFN に関しては,genotype によって効き目が違うという報告が出ているかと思います。 日本の場合には genotype B と C があり,B のほうが効きやすいようです。

 欧米の成績では,genotype A と D があり,D のほうが有効でした。やはり genotype 別に IFN の有効性に差があると思います。

熊田 日本では残念ながら,いまだ保険診療で genotype は測定できません。 現在,治験が行われていますが,治療効果に関わるのであれば,genotype の測定は不可欠だろうと思います。

■ ラミブジンの登場

熊田 IFN の適応が現在のガイドラインでは 35 歳未満になっています。 35 歳以上には核酸アナログ製剤が推奨され,ラミブジン,アデホビル,エンテカビルの 3 種類が使われています。ただ現在,アデホビルは単剤では使えません。 しかしアデホビル単剤の治験も終了し,成績もラミブジンよりアデホビルのほうが良好でした。 将来的には単剤投与が可能になるはずですが,この 3 剤をどう使い分けていくか,いかがでしょうか。

田中 専門医の意見が一致するのは,初回投与の薬剤はエンテカビルだということです。 問題になるのは,すでにラミブジンで治療されている症例への対応です。 ガイドラインでは 3 年をひとつの区切りにして,ラミブジンを 3 年以上投与された症例には耐性株陽性の可能性が高いので薬剤は変更しない。 3 年以内であればウイルス量や耐性株の有無を検査して判断することになっていると思います。

 このガイドラインは優れたものですが,実際の診療ではいろいろな選択が可能だと思います。 私自身も,ラミブジンの使用期間が 3 年以内でも,エンテカビルに切り替えず,そのままラミブジンを使用している症例は少なくありません。 もしラミブジン耐性が出たらアデホビルを併用して対処しています。 これは,ラミブジン単独でも長期にコントロール可能な症例が少なからず存在することや,エンテカビルの価格がラミブジンに比較し高いことなどが理由です。

鈴木 核酸アナログ製剤未使用の症例にはエンテカビルが最もウイルス量の減少が良いですし,耐性ウイルスの出現率も低いので,第一選択になると思います。 やはり問題はラミブジンを投与されている人です。この答えは,切り替え症例のデータがもう少し集まらないとわかりません。

 ただ,ラミブジン投与が 3 年以下でウイルス量が 2.6 未満の症例は,エンテカビルになるべく切り替えるようにしています。 この 2.6 未満が続いている人は,e 抗原の陰性例が比較的多いですし,もし耐性ウイルスが存在するにしても,エンテカビルで耐性の出る確率は比較的少ないと考えています。

熊田 ラミブジンの変異株は,3〜5 年の投与で多い施設で約 60%ですね。逆に 40%は長く使っても変異株が出ていない。 コストパフォーマンスからはラミブジンのほうが安価で,副作用も意外と少ない。 そうであれば,変更しないでもよい 40%の症例を見分けることができればよいのですが,いかがでしょうか。

朝比奈 私たちのデータでは,ラミブジン投与開始後,最初の 5 年間はラミブジン耐性株の発生頻度は年数を経るにつれて増えてきますが, 5年を過ぎると新規の耐性株出現の頻度が減ります。 ですから,3 年以上服用していて DNA が 2.6 未満で落ち着いているような症例はあえて変更する必要がないと考えています。 厚生労働省の研究班の考えとも一致し,妥当なガイドラインが示されたかなという実感をもっています。

熊田 そのあたりを遺伝子学的に解明するメドはあるのでしょうか。

鈴木 ラミブジンの最大の問題点は,長期服用により変異が起こり,それが YMDD モチーフ[polymerase reverse transcriptase 領域の 204 番目のアミノ酸であるメチオニン(M)がバリン(V)あるいはイソロイシン(I)に変異]以外の場所にも多彩な変異を起こすことです。 そのような場合,アデホビルを併用してみたらアデホビル耐性の変異がすでに出ているという症例も散見されます。 その変異の頻度が,ラミブジン単独で長期服用のケースと,エンテカビルの長期服用の場合とでどのように違うのか,将来解析したいと思います。

■ アデホビルの登場

熊田 たとえばラミブジンの耐性株にエンテカビルを使うと,今度はエンテカビルの耐性株が出るということが,日本でも徐々に増加しているようです。 日本でもいずれはアデホビルに変更せざるをえなくなるでしょう。

 ラミブジンの変異株に対する治療法は,現状ではラミブジンとアデホビルの併用療法しかありません。 アデホビルの単剤投与が認められた際には,どのように変わるでしょうか。

朝比奈 ラミブジン耐性株に対してアデホビルに切り替えた症例と, ラミブジンを継続しながらアデホビルを追加した症例とを比較した論文(Hepatology 2007;45:307−13.)がありました。 それによると,アデホビルを追加した症例ではウイルスのブレークスルーを認めませんでしたが, アデホビルにスイッチした症例では 21%にアデホビル耐性株によるブレークスルーが認められたというデータだったかと思います。 したがって,切り替えるよりアデホビルを追加する 2 剤の併用でいったほうがよいのかなと考えています。

田中 朝比奈先生と同じ意見です。文献的にも理論的にも 2 剤併用のほうが耐性ができにくいと思います。ただし,価格の問題は残ります。

熊田 アデホビルとラミブジンの併用時,アデホビル耐性の頻度はどうなのですか。

鈴木 ラミブジン耐性ウイルスによる肝炎に対してアデホビルを使用した 132 例の解析では, ラミブジンとアデホビルの両剤に対する耐性ウイルスを認めた症例が出ています。 2 例では,ラミブジンを切り替えた時点ですでに 181 番目の変異が入っていたため,アデホビルの効果が十分得られませんでした。 また 2 例は,併用投与中に,両剤耐性のウイルスが出現しました。 1 例は開始時 181 番目の変異を認めましたが,耐性ウイルスの量が少なかったためか,アデホビル併用でウイルス量は低下しました。 合計 5 人ですので,確率的には約 4%の出現率です。

熊田 エンテカビルの核酸アナログ未使用例(ナイーブケース)での耐性出現率が,3 年で 3%程度と言われているので, アデホビルやエンテカビルの使用により新たな耐性ウイルスの出現頻度はかなり低下していますね。

鈴木 またラミブジン耐性ウイルスによる肝炎に対してアデホビルを使用した場合 3 年目の時点で 80%以上の症例で DNA は陰性化しますので,非常に強力な治療だと思います。

■ エンテカビルの登場

熊田 エンテカビルは治験期間が 1 年だったので,変異株は出現しませんでした。 海外の成績では 2 年でもほとんど出ていません。 日本では,変異株は 2 年目あたりからそろそろ出はじめ,約 3 年で 3%というデータがナイーブケースです。 その後,投与から 4 年,5 年とたった時点をどのように予想しておられますか。

朝比奈 やはり核酸アナログ製剤であるエンテカビルもラミブジンと同様の変異を惹起する耐性プロフィールをもっているので, 変異の起きることは予想されます。 そのため,徐々にではありますが,3 年で 3%なら,5 年ではその倍ぐらいになると思っています。 変異を起こすまでに時間がかかるのは,ラミブジンと比べ,ウイルスを抑え込む力が非常に強いからだと思います。

田中 使用期間が長くなると,当然,耐性株が増えてくると思います。 ただし,ラミブジンでもそうであるように,ある程度以上の長期になると,新しい耐性株の出現は少なくなるのではないでしょうか。 このような症例では,おそらく,核酸アナログ製剤を使わなくても,ウイルスがあまり増殖しない状態にあるのではないかと予測しています。

熊田 耐性出現率が 5 年で 2 倍になったとしても 6%ですから,エンテカビルを第一選択にするのはよいと思います。 アデホビル単剤治療の長期成績も,実は国内にはまだないので,ぜひ知りたいところですね。

 しかし,35 歳以上の症例には核酸アナログ製剤を使用することになり,平均寿命まで 40〜50 年服用しなければなりません。 投薬を中止してもよい場合を見分けることは有用かと思いますが,研究はどこまで進んでいるのでしょうか。

田中 核酸アナログ製剤の投与を中止してよいかどうかの判断は,血中のウイルス量だけでは不十分で, 肝細胞中に残っているウイルス[HBV covalently closed circular(ccc)DNA]量を知る必要があります。 ただし,これを直接測定するのは難しいので,私たちは,肝細胞中の HBV cccDNA 量を反映するマーカーとして HBV コア関連抗原を報告してきました。 この測定系は,現在,製造承認がおりたところで,保険適用は申請中です。

熊田 近い将来,通る可能性があるということですね。コア関連抗原と肝組織内の cccDNA との関連はどのようになっていますか。

鈴木 虎の門病院で検討したところ,肝組織内の cccDNA と,コア関連抗原は非常に良好に相関していました。

熊田 すると,組織内の cccDNA が非常に少ない,つまりコア関連抗原が低く 4 以下の症例では,ウイルスが相当抑えられている。 特に変異株が出やすいラミブジンの場合には,いったん中止するといった選択肢もありうる。それが,エンテカビルの長期投与の場合にも適用できるというわけですね。

田中 おそらく同パターンになると思います。

■ B 型肝炎治療の今後

熊田 海外ではテノフォビル(tenofovir),テルビブジン(telbivudine:LdT),クレブジン(clevudine)といった薬剤が使用されていますが, そのデータでは,tenofovir がいちばん耐性は少ないと推定されています。 ただ日本では,エンテカビルが発売になって間がなく,大きな問題もなく順調ですので,新たな薬剤の導入はなかなか難しいと思っています。

 ただ,多剤耐性の問題があり,ラミブジンを使用し変異株が現れ,次にアデホビルを使ってその変異株が出て, 今度はエンテカビルを用いたらその変異株も出現したときに,次の選択肢として,特殊な薬剤は使えるように残していなければいけないと考えています。 それから,IFN と核酸アナログ製剤の組み合わせに関するエビデンスもほしいです。

 ともかく B 型肝炎は,核酸アナログ製剤の登場によって抑えられる確率が非常に高くなったことには間違いないと思っています。

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