野々木 発症から運搬や救出システムの議論をいただきましたが,chain of survival の適切な心肺蘇生法は実施されているのでしょうか?
源河 日本の心肺蘇生法の教育は ACLS から始まったといっていいですね。 消防と日赤が果たしてきた役割は大きなものであることは間違いないのですが, 一般市民だけでなく医療従事者,専門医まで巻き込んだ心肺蘇生法の教育が本格的に始まったのは 2000 年以降だと思います。それが草の根から始まって,本当に広く認知される形で出てきたのは, AHA の心肺蘇生法教育をきちっとできるようになった時期からだと思います。 ICLS(Immediate Cardiac Life Support)もその役割を果たし,救急医学会がそれを認定して, わずか 2,3 年に,多くの専門の先生方,医療従事者がその教育を受けて,しかも高い評価を得ているということはすごいことです。 しかし,それに興味がない方々もまだおられて,実はそれが大多数です。ですから,先はまだまだというのが実感です。
また,教育した効果が実際に現れているのか,そろそろ検証を始める時期に来たのではないかと考えています。
AED の認可も下り,この 2,3 年でかなり普及してきたことは皆さん実感されているところだと思います。 では,これで本当に院内や院外の心停止の救命率が上がっているかというと,やはりまだまだと思います。
それではどうしたらいいかというと,ACLS を一般のところまでというのが最終目標だと思います。 地域を究極の CCU にするためにはどうしたらいいのかということが,AHA のメッセージでしょう。
野々木 市民の BLS 実施率が伸びているのか,今後まだまだキャンペーンが必要なのでしょうか。
森田 高槻では市民に対する心肺蘇生の意識づけ,AED に対する認知度の向上を目標に 3 ヵ月間ほど集中的に「高槻キャンペーン」を行いました。 チラシを配ったり,マイクを持って街頭で話をしたり,広報にキャンペーンの内容を掲載してもらったりしました。キャンペーンの効果を検証していただいておりますが, 倒れた人を見たら心肺蘇生をするかどうかについて調べると,講習を受けた方と比べると,当然キャンペーンに参加されただけの方はレベルが低いわけです。 ですから,一般市民に心肺蘇生,BLS を啓蒙していくには,キャンペーン期間を半年とかもっと長くし,同時に実習を受けていただくように働きかけないといけないのではないでしょうか。 それによって院外心停止の患者に対してどの程度心肺蘇生法が増えたかをウツタイン様式で検証し,同時に蘇生率の検証も必要になると思います。
源河 心肺蘇生法は大事であることを知ってもらう意味でのキャンペーンはとても大切ですが, キャンペーンに参加した人たちが実際に心肺蘇生法をすることは,かなり難しいと思います。 「心肺蘇生をしましょう」というキャンペーンより,「救命のために講習を受けましょう」というキャンペーンのほうがより効果があるのではないでしょうか。
森田 そういう内容も含めていろいろ宣伝していきたいと思います。
源河 キャンペーンを張った結果,講習を受ける人たちがどれだけ増えたのかというデータも出していただけると今後につながると思います。
AHA は 2000 年にガイドラインを出してプログラムをつくりキャンペーンをしてきましたが, 2005 年から BLS のインストラクター・マニュアルに変えました。2000 年から 5 年間のバイスタンダーによる心肺蘇生は増えず,適切に施行できていないというデータがいくつも出ていて,AHA 自体がそれを反省しているのです。 プログラムが複雑すぎ,心肺蘇生法がきちんとできるようになるのではなく,心肺蘇生法の知識をつけることが比較的多いプログラムであったために, バイスタンダー心肺蘇生法が適切に施行できていなかったと分析した。
その結果,2005 年からは,いかにして実際に心肺蘇生法ができるようにするか,“back to the basic”という言葉を使って心肺蘇生法の基本, 心臓マッサージと人工呼吸がきちんとできるようにと実にシンプルにプログラムをつくった。 私も,新しい AHA の BLS プログラムの教育効果に非常に興味をもっていて,どれだけ実証されていくかデータをとってみたいと思っています。 啓発自体も大事ですが,実際に心肺蘇生の講習がいかに気軽に,簡単に受けられるかということも重要だと思います。
森田 市民向けの講習会をプロモーションした経験から言うと,「循環のサイン」の確認やマウス・ツー・マウスがネックになっています。 難しすぎるし 3 時間のコースでは長すぎる。底辺を広めるにはもう少しやさしくしないと,なかなか普及していかないと思います。
野々木 森田先生が中心になって大阪府のすべての院外心停止に対するウツタイン登録を 1998 年から実施しています。世界最大規模で毎年継続して実施していることから,世界から注目されています。 バイスタンダー心肺蘇生法の実施率は 3 割ぐらいですが,非実施例に比べて救命率が高く, 心肺蘇生法と心臓マッサージだけを実施した群の比較では救命率はほぼ同じなのです。
心原性ですが,従来の心臓マッサージと呼吸補助の群と,心臓マッサージだけの群があり,救命率はほぼ同じなのです。 ということは,心肺蘇生法をしない 7 割をどうするかということが救命率を上げるいちばんのポイントだと思うのです。 一般の方には「心臓マッサージだけやってください。AED が来るまで,救急隊が来るまでそれでがんばってください」というほうが効果があるのではないかと思います。
そのデータで介入してバイスタンダーによるデータを上げるとか,心臓マッサージだけしたときにどれだけ救命率が上がるかとかウツタイン登録のデータで明らかになると思います。
森田 2005 年のガイドラインがこれから始まりますから,2,3 年後にどうなるか楽しみですね。
野々木 日本からのデータをきちんと出すことが大事だと思います。 そういう意味で,われわれが学んでいる ACLS,BLS をいかに一般の方々に伝えて実行してもらうかということが重要と思います。 医療従事者はそのリーダーになってほしいですね。
森田 ドイツでは医師の「模範職務規範」というものがあり,「救急に対する社会的な基盤整備をしていることを前提に, その地域で診療に従事するすべての開業医は救急医療に奉仕する義務を負うものとする」となっています。私は,わが国でもこういう法整備を諮ってほしいと考えている一人なのです。 救急の現場で負傷者を支援すべき法義務があれば,当然,救急の現場にも出向いていただけるし,心肺蘇生法もやっていただける。 一般市民には BLS や AED が教えられます。だから,一般の開業医には診療科を問わず最低限それは学んでいただきたい。 勤務医は ACLS までは勉強しないといけないと思います。
瀬尾 ある地方都市では,無床の診療所に除細動器が置いてある率は 2,3%なのですが, いまは AED が出てきたので,知り合いの無床の診療所などでも導入しているところがあります。 普段そういう患者に接しないからこそ,プライマリー・ケア医は BLS をやらないといけないですね。ほかに,寝たきりの患者しかいないような病院なのですが,一所懸命心肺蘇生法を勉強している看護師なども「 私たちは普段そういうことに遭遇しないので,いざというときのために勉強したい」と言います。そういうところのプライマリー・ケアのドクターに BLS,AED を普及させなくてはいけません。
野々木 特殊な技術よりも基本的な BLS と AED のトレーニングが今後絶対必要ですね。
今日は循環器救命医療について長時間にわたりご議論いただき,救命例を増やすために,また予防にいろいろな課題があることがわかりました。 現在,取り組まれていることがさらに推進されること,また,今後改善されていくことを期待してこの座談会を終わります。