■治療学・座談会■
いま新たに注目されるアスピリンの役割
出席者(発言順)
(司会)後藤信哉 氏 東海大学医学部内科学系
梅村和夫 氏 浜松医科大学医学部薬理学
内山真一郎 氏 東京女子医科大学神経内科
太田慎一 氏 埼玉医科大学消化器・肝臓内科

一次予防としてのアスピリン

■臨床試験にみる一次予防

後藤 二次予防としてのアスピリン使用はごく一般的なものになってきました。 では,これまで一度も心筋梗塞などとは縁のなかった人の一次予防としてアスピリンは使えるのでしょうか。 脳にしろ心臓にしろ,まったく初回の発症をアスピリンを飲むことで効率的かつ安全に抑制できるのでしょうか。

 心臓に関しては,過去に Physician's Health Study という調査研究が米国で行われています。これは米国内の医師 2 万人以上を対象に,アスピリン 350 mg を隔日で服用させ,心筋梗塞の発症率の変化をみるというものです。 報告では発症率が半分になったとされ,とても注目されました。ところがその後,同様の調査を医師以外の一般人に拡大してみると, それほどの効果はなかったという結果になっています。こういったことから一次予防は必ずしも推奨される状況になっていません。 脳領域では一次予防としてアスピリンはどのように捉えられているのでしょうか。

内山 Physician's Health Study を含めた一次予防の RCT をメタアナリシスによって解析した APT(Antiplatelet Trialists' Collaboration)の成績があります。 それによると一次予防に関しては確かに心筋梗塞は減ります。 一方,脳卒中に関しては,脳梗塞も若干減りますが脳出血が増えてしまい,出血性と虚血性を合わせた全脳卒中と心筋梗塞という血管イベント, それらによる死亡,その三つを合わせると有意でなくなるというデータがあり, 一次予防の場合にはまったくリスクファクターを有しない健康な人へのアスピリン投与は推奨できないというのが APT の統一見解です。

 つい最近行われた Women's Health Study では,Physician's Health Study とは逆の結果が出ています。女性に関しては,心筋梗塞は減らなかったけれども, 脳卒中が有意に減少しており,その脳卒中の減少は脳梗塞の減少によりもたらされていたという成績です。

 さらに年齢別のサブ解析では,65 歳までは有意ではないが,65 歳を超えた人では,心筋梗塞も脳卒中も減っています。 つまり高齢者では一次予防の適応があるかもしれないということです。

 イタリアでは,PPP(Primary Prevention Project)というスタディでなんらかの危険因子を有する患者さんを対象にアスピリンの血管イベント予防効果を検討しています。 これも一次予防の試験といえますが,そこでは危険因子をもっている患者さんでは有意に脳卒中や心筋梗塞を含む血管イベントを減少することができたということです。 一次予防に関しても,高齢や動脈硬化,あるいは,血管イベントの何らかの危険因子をもっている患者さんには,アスピリンの一次予防効果があるかもしれません。 ただし,これらのエビデンスはまだ十分でなく,ガイドラインで強調するまでには至っていないという状況です。

■性差,個人差,年齢差との関係

後藤 男女の差異,あるいは,個人や年齢差との関係について梅村先生はどのようにお考えでしょうか。

梅村 男女差についてはホルモンの問題,とくにエストロゲンが関与していると感じます。よくも悪くも関与している, 悪いほうに関与している,などいろいろと言われており,動脈硬化,血栓症に関しては最終的な結論は出ていません。

後藤 核内受容体に対しては,それはステロイドと競合的に作用するとか,拮抗的に作用するとか,そういう可能性もあるわけですね。 これもまだ十分に研究が進んでいないと理解していいのでしょうか。

梅村 そう思います。

後藤 太田先生,NSAIDs 潰瘍における男女差はどのようなものでしょうか。

太田 一般に男性のほうが多いといわれていますが,著明な差はないと思います。

後藤 そうすると男女差や個人差,年齢差などを考慮した一次予防の薬物投与は,現段階ではまだ試行段階ということになりますね。

前のページへ
次のページへ