■治療学・座談会■
いま新たに注目されるアスピリンの役割
出席者(発言順)
(司会)後藤信哉 氏 東海大学医学部内科学系
梅村和夫 氏 浜松医科大学医学部薬理学
内山真一郎 氏 東京女子医科大学神経内科
太田慎一 氏 埼玉医科大学消化器・肝臓内科

アスピリンの作用メカニズム

アスピリンに特異な抗血小板+抗炎症作用

後藤 日本人の疾病死因をみますと,昔は脳出血,脳卒中が上位を占めていましたが, 昨今では世界のすう勢に沿って日本でも心筋梗塞や脳梗塞といった,動脈系の血栓症,すなわちアテローム血栓症が増加しています。

 アスピリンにはアテローム血栓症の予防,治療に役立つというプラス面と消化性潰瘍や出血性合併症というマイナス面があります。 プラス面の効果が抗血小板効果のみで説明できるのか,抗炎症効果など抗血小板以外の効果が関与しているのかも問題と考えます。

 まず最初に,アスピリンの作用メカニズムについてお伺いします。アスピリンが血小板中のシクロオキシゲナーゼ 1(COX-1)を阻害して, トロンボキサン A2(TXA2)の産生を抑えることはよく知られていますが, 脳梗塞,心筋梗塞の発症予防が,COX-1 の阻害,血小板凝集阻害によると考えて良いか否かから議論して参りたいと存じます。

梅村 アスピリンが COX-1 を阻害することは,広く理解されているメカニズムです。 その酵素の作用も血小板,あるいは血管内皮細胞,その他,部位により阻害の程度が違うといわれていますが, 血小板では低用量のアスピリン,1〜2 mg/kg 程度で十分に阻害でき,臨床試験の結果からも同様のデータが得られています。

 抗血小板作用をもつほかの薬剤と比較しても,アスピリンは心筋梗塞や脳梗塞の再発予防,あるいは一次予防にかなり効果があり, 単に COX-1 阻害だけでは説明できません。なかでも今,最も注目されているのはアスピリンの抗炎症作用です。

 確かに COX-1 はその代謝酵素であるプロスタグランジンも炎症に大きく関与しているのは間違いありませんが, アスピリン(アセチルサリチル酸)は,体内で分解されたサリチル酸が転写因子である NF-κB を抑制することが最近報告されています。

 NF-κB は炎症のキーファクターです。サイトカインの産生や細胞の接着因子の発現の亢進, 動脈硬化の進展に大きく関与していることがわかっていますから, アスピリンは抗血小板作用+抗炎症作用で,その種の病態に直接なんらかの影響を与えて,有効性を発現している可能性があるといわれています。

 ただしこれを in vivo,あるいは臨床で証明していくというのはなかなか難しいと感じています

後藤 梅村先生はアスピリンの心血管イベント発症予防効果が抗血小板作用のみによるのではなくて, 抗炎症作用が関与しているとのお話でしたが,内山先生はどう考えていらっしゃいますか。

内山 COX-1 の阻害薬にはアスピリン以外にもインドメタシンをはじめとする NSAIDs があります。これらの薬剤は副作用の発現頻度についても考慮しなければなりませんが,血管イベント予防という観点から, これらの中でもアスピリンだけが臨床的に効果があるという多くのエビデンスがあります。この点から,アスピリンの効果には梅村先生が話された COX-1 阻害以外の,すなわちアセチル基以外のサリチル酸としての抗炎症作用が関与している可能性があります。

 ただ,常用量の,血管イベント予防に用いられている低用量のアスピリンで, NF-κB の抑制による抗炎症作用を発揮しているかどうかについては,in vitro ex vivo では証明しにくく,依然として謎の部分があります。

 最近の報告によると,NF-κB 以外の核内転写因子に対しても作用があるといわれています。そういう新たなメカニズムが隠れているのかもしれません。

 アスピリンは 100 年以上使われている世界で最も古い薬の一つですが,どんどんエビデンスが出て,新しいメカニズムが報告されている不思議な薬です。 今後の研究でまた新しい事実が出てくる可能性はあるでしょうね。

後藤 太田先生にはアスピリンのマイナス効果としての NSAIDs 潰瘍についてお聞きしたいと存じます。 われわれとは少し異なる視点で潰瘍発症メカニズムを考えておられると思います。

太田 消化器領域では,潰瘍性大腸炎とクローン病の治療薬として使われるアミノサリチル酸が,NF-κB 抑制によって治療効果を発揮する可能性があるといわれています。しかし本来のメカニズムはあまりよくわかっていません。 サリチル酸そのものの抗炎症効果では,NF-κB の抑制が役割を果たしている可能性はあると思いますが, 先生方が述べられたように in vitro での検討は,かなり高濃度でないと作用を発揮しないので, 実際に臨床の場でそれらの現象が起きているのかどうかは若干疑問に思います。

■解明が待たれるアスピリンと血小板凝集阻害薬 GP IIb/IIIa の差異

後藤 アスピリンによる心血管イベント抑制効果はいわゆる血小板凝集阻害効果とは相当異なるのではないかという,その最初の疑問に戻りたいと思います。 梅村先生も開発に関わってこられた GP IIb/IIIa 受容体阻害薬は強力な血小板凝集阻害薬ですが,in vitro の血小板凝集や in vivo の動物実験ではとても効率的に血栓形成を阻害する GP IIb/IIIa の受容体阻害薬が, 心血管イベント抑制という点ではアスピリンに劣ることはどのように理解していけばよいのでしょうか。

梅村 GP IIb/IIIa 阻害薬の臨床第 I 相試験では,ヒトに投与したときの抗血小板作用というのはたいへん強力で, アスピリンに比べればほぼ完全に抑制するという結果が出ているのに,臨床データでは思うほど期待する効果が出ないのです。 確かに,GP IIb/IIIa 阻害薬は血小板の凝集を抑制しますが,血小板活性化のマーカーである種々の分子の発現を完全に抑えるという点では弱いとか, 逆に血小板自体を活性化してしまうのではないかという報告もあり,凝集だけではこの血小板の役割をすべて表現しきれないのではないでしょうか。

 血小板が活性化する,その膜の状態がいろいろな周辺の細胞,内皮,あるいはほかの血液成分になんらかの刺激を伝えることで, いろいろな病態を進展させるという可能性も十分考えられます。もしかしたらアスピリンと GPIIb/IIIa 阻害薬の違いは,そういう点にあるのかもしれません。

後藤 アスピリンの歴史は 100 年以上に及びますが,とても奥の深い難しい薬だということがわかりました。 しかしながら,臨床的なエビデンスとして,アスピリンは心筋梗塞や脳梗塞の再発を 25%程度抑制するとのことで,臨床現場では広く使われています。 とくに私ども循環器内科の領域では,心筋梗塞の再発予防に日本でも 8〜9 割ぐらいの症例はアスピリンが使われています。

■脳血管障害でも使用頻度が高いアスピリン

後藤 一方,心臓に比べると脳ではアスピリン使用が少ないという印象がありますが,脳領域でのアスピリンの使用実態はどのようなものでしょうか。

内山 脳領域でアスピリン使用が少ないというのは,歴史的背景に由来しています。 日本ではアスピリンの効果が一般的になるずっと以前から,チエノピリジン系の薬剤であるチクロピジンという ADP 受容体阻害薬が保険適用となり,導入されていました。そういった経緯から,アスピリン登場後もそれより以前から投薬されている患者さんには,チクロピジンが処方されています。

 アスピリンの保険適用はまだ数年前のことで,これがアスピリンが心臓領域に比べて使用が少ないことの大きな理由です。 承認後は急速な伸びを示しています。とくに承認前は日本では緩衝錠しかありませんでしたが, 今では腸溶錠もあり,これが急速に伸びていて,チクロピジンの使用量をはるかに超えています。 冠動脈疾患よりは使用頻度が低いかもしれませんが,脳血管障害領域においても,8 割近くはアスピリンが使用されているという状況だと思います。

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