松本 中山先生は日本脳卒中協会の設立に情熱を燃やし,いち早く取り組んでこられました。
中山 日本脳卒中協会は,脳卒中の予防と患者・家族の支援を大きな柱に据えて 1997 年に設立されました。 英国ではすでに 100 年ほど前からあり,米国においても 1920 年代ごろから活動を開始しています。日本は欧米に非常に遅れました。
予防という観点から申し上げますと,疫学的な研究が進み危険因子が明らかにされてきました。 しかし,発病する前の方々に対して医師は無力です。病院に来ない方にいかにアプローチしていくかとなりますと,個々の病院や医師会を中心に健康講座を開く活動などはありますが, 病院単位でそういう情報を発信していくのは非常に難しい。そういう点で,日本脳卒中協会という団体が社会に対し, 脳卒中の危険因子についての知識を普及することは非常に重要なことではないかと思います。
日本脳卒中協会で数年前,危険因子の知識がどれぐらいあるか調査しました。 大阪を中心に高校生,大学生,勤労者,高齢者を対象に調べたところ,危険因子を 1 つ以上正確に答えた方は 4 割しかいませんでした。 正しい知識がなければ,予防することもできないわけです。たとえば禁煙,減塩や肥満の解消,運動習慣といった,生活習慣病でいうところの一次予防を進めること。 そして,たとえば高血圧の場合,40 歳代ではほぼ 7 割が治療を受けていないという調査結果が出ています。 高血圧,糖尿病,高脂血症,心房細動をもっている方に病院に来て治療を受けていただくことは非常に重要な課題だと思います。
中山 そこで日本脳卒中協会では,一般市民を対象に毎年,脳卒中市民シンポジウムを開催して啓発活動を行っています。 また,ホームページ(jsa−web.org)を設け,インターネットを通じて情報発信をしています。 秋田,横浜,山形,熊本に支部があり,高知にも新たにできましたので,支部単位でそういった啓発活動をしています。 脳卒中は冬に多いというイメージが強かったのですが,厚生科学研究「脳梗塞急性期医療の実態に関する研究」(主任研究者山口武典)で急性期の発症状況を調べたところ, 春に少なく夏から増えてくるという結果が出た。そこで夏に入る前に警告を発すべきだということで, 5 月の最後の 1 週間を「脳卒中週間」として啓発を始めました。昨年(2002)からポスターをつくり,今年はさらに「脳卒中予防十か条」をつくりました。 五七五調という日本人になじみやすい形にしています(表1)。
内容は,厚労省の「脳卒中対策に関する検討会中間報告書」に基づくもので,米国の National Stroke Association でつくられた予防ガイドラインとほぼ一致しています。 違いは,米国のものには「脳卒中の危険性を増す循環器の問題がないか,医師に尋ねましょう」という項目があるのですが,わかりにくい。 日本ではそれを抜いて「万病の 引き金になる 太りすぎ」ということで肥満の項目を入れました。 発症時にすぐに受診することが非常に重要ですので,10 番目には米国と同様「脳卒中 起きたらすぐに 病院へ」としました。
危険因子のコントロールによって発症はかなり抑えられるのですが,実際のところ,高血圧の治療によっても 4 割しか予防できません。 逆にいうと高血圧の方の 6 割は降圧治療を受けていても発症してしまいますから, 起こった場合のことはリスクマネージメントの最後として常に考えなければいけません。 今年の脳卒中週間には,これを全国の郵便局に貼っていただくことにしました。 また,この普及のために,ビデオをつくっており,全国の患者の会に配布して,より多くの方々に知識をもっていただくことを目指しています。
松本 脳卒中予防十か条は米国で最初につくられ,ネットでも公開されています。ようやく日本でも提示され,大変嬉しく思います。 一次予防が非常に重要で,二次予防も大事なのですが,その間を埋める意味でリスクがある方には画像を撮っていただき, 1.5 次予防も心がけていく必要があると思います。脳の中にはすでにある程度の変化があるが,まだ戻しうる段階で押し戻す, あるいは進行しないように留めていくことも必要だと思うのです。 これを九州医療センターの岡田先生は「崖っぷち予防」と言われましたが,暗闇のなかで崖っぷちを歩いている方を灯りで照らして落ちないようにすることも大事だろうと思います。 崖から遠い場合はそれほど心配ないとしても,どこを歩いているのかわからないうちに落ちてしまうのは悲しい。